簀巻
時は回想から現在に戻る。
周辺の人がいなくなったようで、2人しかこの道にはいない。
店も閉まった路地道に簀巻と鈴木はいた。
「ハァ…ハァ……………」
簀巻の顔から冷や汗が流れ落ちる。
すべての過去を思い出した彼の足はその衝撃を和らげようと震えている。
「だいじょうぶかい? 何を思い出したんだい。簀巻君?」
「ッ!? いやええ……。まぁ、なんでもないですよ」
簀巻はまるで見たくも無いものを見てしまったかのように、鈴木の顔から視線をそらす。
「なぁ? どうした?
何を思い出したのかな?」
「…………」
鈴木の問いに簀巻は返答せず、黙り込む。
しかし、簀巻は少し前に進むと、道の真ん中で止まり、後ろにいる鈴木に向かって口を開く。
「ねぇ……鈴木さん」
「どうしたんだい? 簀巻君」
「昔この街に来たことがあるんですよね?
いつですか?」
「どうしたんだよ。アハハ急にそんなことが聞きたくなったのか。
う~ん、そうだね~。私が来たのは数年前だと思うけど……」
「少年の時ですよね?
まだ若いときに……」
「──そうかもしれないな~よく分かったね~。君はまるで名探偵の様じゃないか。何も言ってないのに、時期を当てるとは」
「……なんでこの街に来たか。覚えてますか?」
「う~んそうだね。たしか家族旅行でこの街に観光旅行に………」
「────へー真夜中に?」
「はぁッ!? いやいやいや、そんな訳ないだろ?
家族旅行だぜ?
確かに街に着いた時間とかはあるかもだが、観光旅行で真夜中ってのはさすがに………」
「ですがね………いたんですよ。
僕の記憶の中に顔はちがうけど、貴方に似たオーラを発している人がね。魔王軍の幹部と一緒に………」
「人違いだろ? だいたい、なぜ子供の私が真夜中にこの街に来なきゃいけないんだい?」
「いや、残念ですが。
オーラってのは個人によって特徴が出ます。そして、日時も時刻もハッキリとわかってるんです。水晶玉でその少年の未来でも見せましょうか?
はたして、 いったい何が写っているんでしょうね!!!」
「ッ!? 君は私を脅すつもりかい?」
「本当ならこんな事はしたくないんですけどね。魔王軍と関わりがある疑惑がある貴方を見逃すわけにはいかないんです。
僕の役目は父さんの復讐を果たすこと。
お願いです。真実を教えてください。
魔王軍に関係があるんですよね?
何故ですか?」
「…………」
「鈴木さん教えてください!!!」
言い寄られてしまい、鈴木は冷や汗を流しながらどう言えば良いか考えていた。
「あぁ……私は完璧だった。証拠もなく事を済ませてきた。
ガッカリだよ。まさか君の能力と記憶が追い詰めてくるとはな」
鈴木は諦めたような表情を浮かべて、簀巻に話しかける。
「それって?」
「本当に君には敬意を評するよ。そして、残念だ。私はあの付喪カフェでの日々を気に入っていたんだけどねぇ~」
鈴木は表情も変えずにむしろ開き直って彼に話しかける。
簀巻は片手を後ろに隠してナニカをした後、再び彼の話に耳を傾けた。
「はぁ~、そういえば私の作るコーヒーはまだ人気がでなくてね。どうにも店長のように素晴らしい物は作れない。
みんなからマズイ、想像とちがう、COOLだけど出来ない所が逆に萌えるとか言われるからね。店長に教わって頑張っているんだ」
「????」
「──だから、これからもあそこにいなければいけない。残念だが、私の正体を知られてしまった以上、君には消えてもらわなければならない。
私の居場所を守るために君にはいなくなってもらうよ。もちろん行方不明としてね」
そう言った鈴木の背後から現れた1つの物体。
それはスポンジマンであった。
「君がそこまで言うんだ。こいつの事は記憶にくらいあるだろう?
あのときだとあれは君のお父さんかな?
彼が破裂した所は見ただろう?
息子の君にも同じ目にあってもらう」
「なんで……なんで…こんなことを?」
簀巻は震えながら彼に質問する。
その眼は彼を軽蔑しきっている眼だ。
「ふふふ、趣味に理由があるかい?
個人が楽しいと思う事やハマった事は趣味じゃないか。
私はただ人の破裂した感触や表情や断末魔が好きなだけなんだよ。ハァ…ハァ…ハァ…」
「なんて人だ。狂っているイカれてる」
「そう汚い物でも見るような目はやめてくれないか?
これでも魔王軍に関わる前はちゃんとした子供だったのだから。昔はこんな風に簡単に命を奪うことさえできなかったんだよ?」
鈴木がそう言った瞬間である。
「ブギャッ!!!」
近くの道を歩いていた、先ほど王レベルの2人組に喧嘩を売っていた男が破裂する。
「誰も彼の死因を知らない。これが私の殺しのやり方さ。証拠もなく殺す。
そして、殺した瞬間に契約した付喪神から体に伝わる衝撃。
これもまた好みなんだよ」
どうやら鈴木は無差別に人を殺しているようだ。
彼のスポンジマンの能力を使って体内で水分を吸収し破裂する。
それが彼の付喪人としての能力であった。
「私は本当に君を殺したくはないと思っているんだ。でも、君は知ってしまった。
私の正体を能力を……。だからもう終わりだ」
そう言って鈴木はゆっくりと簀巻に近づく。
簀巻は恐怖で真っ青になりながらも、自身の足をここから逃げようと少しずつ少しずつ動かしていく。
「確かに僕はここで死ぬかもしれない」
「いや、死ぬんだ。これは変えられない結果であり運命なんだよ。
神に定められた君の命はここで潰えるんだ」
「──でも、残念ながら証拠は残るんですよ」
「────なに?」
簀巻からの返事に一瞬犯人の足が止まる。
「僕が死んで伝える者がいなくなったとしても、貴方に僕の水晶玉は壊せないし、記録は残る。
そして、誰かがこの水晶玉と契約し真実を知るんです。貴方はもう一生追っ手からは逃げられない。
貴方はもう終わりだ。
だって、こんな付喪人1人の能力と記憶だけでここまで真実を知られてしまったのですからね!!!
そして、僕は地獄で貴方が追い詰められるのをお父さんと一緒に嘲笑ってやりますからね!!!」
簀巻はハッキリと思いの丈を言い放つ。
どうせ死ぬしかないのなら、最後は打ち負かして死にたいと考えたのだろうか。
彼の心には、みんなとの別れを悲しむ気持ちもあったが、それ以上に彼らに跡を託したい…という気持ちもあったのだ。
もちろん、この挑発染みた遺言は鈴木の心に怒りを灯した。
「そうか、ならばそろそろ、貴様の肉体を吹き飛ばしてやる。
さよならだ簀巻君。殺れ膨張しろ!!!」
鈴木がそう言った瞬間、簀巻は体に異常を感じ取った。
喉が渇く。
そして、お腹の中の水分を吸収し膨れ上がってくるナニカの存在を感じ取った。
どうやら、簀巻の身体には既にスポンジマンが待機していたらしい。
内部から内蔵を押し退けられる。
痛みは感じる。
内蔵を圧迫される痛み。
これが殺された何百人と経験してきた苦しみや痛み。
神出鬼没正体も犯行も不明の殺人犯が与えてきた恐怖。
怖い。でも、もう死ぬしかない。
簀巻は今にも破裂しそうな身体で空を見上げる。
走馬灯がよみがえって青空がよく見えない。
生まれた日々のこと、家族との生活、母親を失った日、父親との生活、少年時代、父親との別れ、付喪神と真ルイトボルト教の紋章を使った時、明山との出会い、付喪カフェのみんなとの幸せ、可憐な少女との出会い…………。
走馬灯は彼の人生を映し出す。先ほど見たばかりのものばかりだ。
でも、もう青空なんて見れなくてもいい。
簀巻には見るべき思い出がある。
明山、黒ちゃん、英彦、店長、ウサギ、妙義、駒ヶ、鈴木、死神ちゃん、マオ、ヨーマ。
彼らとの楽しかった思い出がある。
彼らの未来への道を見守るという想いがある。
あとは若い者に繋げる。
この趣味で弄ぶ行為を終わらせる。
それが彼の最後の願いであった。
「みなさん受け取っていてください。届いてください。僕の想いを恨みを……明山さんあ゛と゛は゛頼 ッ!!!」
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「……残念だよ。でも君の事は忘れない。同じ職場仲間としてね。本当に楽しい日々だったからね」
1人になった道に、鈴木とスポンジマンは立っている。
スポンジマンの身体からは、新鮮な生き血がポタポタと涙のように地面に落ちていく。
「さて、そろそろ出てきてくれてもいいんじゃないかい? こっちはもう別れを済ませたからね」
鈴木が後ろを振り返ると、そこには2人組の男女が立っている。
どうやら、彼の犯行を知ってしまった目撃者のようだ。
軍服姿の女性に、目付きの悪い男性。
「そこのお兄さん。あんたには悪いけど、即刻刑に処させてもらうけんね。念仏でも唱えとき」
「この状況どう見ても、てめぇの仕業だな?
そして、この殺し方……ようやく会えたぜ。くそ野郎。
家族の仇とらせていただこう」
2人組の男女からは、なんだかとてつもないオーラを感じる。
どうやらただの目撃者ではなさそうだ。
だが、鈴木との面識はない。
彼の居場所にいるような大切な存在ではないのだ。
「チッ、感動的な別れがもう終わりか。
まぁ、お前らに時間はかけない。
私には我が仲間の墓をたてる時間がいるからね。
それが私から彼への最後の世話になった礼だから」
そう言うと鈴木は不敵な笑みを浮かべ、獲物を見るかのような視線で2人を見つめていた。




