俺が戦わずして誰が行く
レースは未だに続いている。
追い付かれると、あの巨大なシャベルで馬車を抉り取られてしまうのだ。
本来出さないスピードで馬を走らせても、あの付喪神との距離が離れない。
何とかしてあれとの距離を離さなければいけない。
「しょうがないな。こうなったら、俺がやるしかない」
今、冷静な俺が囮になってこの馬車から、あの付喪神の注意を逸らすしかない。
「ちょっと、まさか囮になる気?」
すると、さっきまで泣いていた黒は気持ちを落ち着かせ、俺の方を心配そうに見る。
「ああ、ちょっと行ってくる」
「無茶よ。仮に注意を逸らせたとしても、どうやって合流するの?」
確かに旅行先の位置を知らない俺は、この広野にひとりぼっちとなってしまう。
「…………」
だが、他の策なんて考えていなかった。
今はこいつらの身の安全の方が大切だから。
何も答えない俺に、全員が押し黙る。
確かに今、この中であの付喪神を止められそうなのは俺しかいない。
あの二人は力は持っているが、何かしら理由があるのだろう。
それならば、今なんの理由もない俺がやるしかないのだ。
俺は自身の財布を自身のバックから取り出すと、そこから数枚の小銭を取り出して、二つとも両手でしっかりと握る。
「じゃあな。行ってくる」
そして、俺は皆にガッツポーズを決めた後、後部の扉を閉める。
「まったく、今回の旅行でこう言うトラブルは終わりにしてほしいんだがな」
俺は頭を抱えて、後ろから追いかけてくる付喪神を見つめる。
付喪神は返事をするかのように錆び付いた機械音を鳴らす。
その音はどこか寂しく聞こえる。
「泣いてるのか?
もしかして、そんなに自分の死が怖いか?」
暴走した付喪人は今は殺す以外に手はない。
あの付喪神も元は人間だったのだろう。
その面影はどこにも無く、魂を喰らう化け物に変貌している。
「付喪人だったんなら、お前も分かるだろ?
悪いが討伐させてもらうぜ」
そう言うと俺は走っている馬車から飛び降りようとする。
その時、馬車が少し揺れた。
小さな小石にでも躓いて一瞬揺れた。
馬車に乗っているんだ。揺れるなんて当たり前じゃないか。
そう言われるのは分かっている。
俺だって分かっていた。
先程手に持っていた俺の財布。
馬車の揺れで一瞬だけ、手を離してしまった。
揺れるなんて当たり前の事なのに、ビビってしまったのだ。
「あっ………」
目の前に地面へと落ちていく財布が見える。
ポサッ。
そして、地面に落ちた財布は、あの付喪神に無視されて踏み潰されてしまった。
なぜだろう。急に恐怖を感じ始めた。
「…………」
俺は静かに馬車の中を見る。
しかし、誰も目を合わせてくれない。
必死に助けを乞う表情を見せるが、誰も気づかないフリをして床を見つめている。
「……………」
「「「「「……………………」」」」」
仕方がなく、俺は音もたてずに静かに馬車内に戻ると、自分の再び席に座った。
俺が席に戻ってしばらくすると、馬借のおっちゃんは冷や汗を流し、自信無さそうにこう言った。
「お客さん、悪いが覚悟しててください。
運が悪かったら死んじゃいますんで……。
大丈夫です。私も死にたくないですから」
すいません。本来は俺たちが戦わなきゃいけないのに役にたてなくてすいません。
俺の心は謝罪の気持ちでいっぱいだった。
もう後は馬借のおっちゃんの腕しだい。
6人分の期待を背負う馬借のおっちゃんは馬を操り、そして7人分の命と自身の物を賭ける馬達。
彼らのこれまでの経験が、運が自分達の未来を左右する。
走る。走る。走る。
昼間の太陽に照らされながら、広野を全速力で走る。
馬は長時間全速力で走り続けていたので疲れを見せ始める。
このままではらちが明かない。
そう思っていたその時。
「『勇者の気高き突風』」
遠くから小さな声が聞こえた。
若い少女の声。
ブオンッ!!!
そして、空気を斬る様な音が聞こえる。
遠くからこちらに向かって放たれる剣の斬撃。
「ギアャャガガガガガガガガガガ」
小さな部品のばらけ散る音。
機械音の様な錆び付いた断末魔。
外にいたショベルカーの付喪神は真っ二つに切り落とされる。
悲しそうに悔しそうに叫び声をあげる付喪神は抗うかのように眠った…………。
鉄屑の地面に落ちる音にビックリした馬車は急に止まった。
馬車が止まった。
これは死を覚悟して付喪神に殺される訳ではない。
「なっ、とにかく、黒」
「なっ、なにかしら? 明山」
助かったのだろうか。
俺は黙り込んでいた黒に、注意しべき事を思い出した。
「例え、予算が少ないからだとしても……。
もう二度と護衛を雇わないという選択肢はするなよ」
「分かってるわ。それよりも早く外に出ましょ」
馬車の中にいた者達はこの状況が理解できておらず、何事かと興味本位で外へ出てみる。
誰が、どこから、どうやってあの付喪神を倒してしまったのか。
俺は辺りを見渡すが、広大な広野には人の姿はない。
すると、英彦は何かを見つけたようで、遠くの方を指差している。
「あっ、明山さん。あれなんですかね?」
彼の指の先には、こちらに向かってくる別の馬車が……。
なんだろう。あんな馬車を俺はどこかで見た記憶がある。
その見覚えのある馬車の上には、剣を持ち、白いドレスを来た少女が立っている。
もしかして、彼女があの距離から付喪神を倒したのだろうか。
「明山さーーーーーーーーん」
そんな見覚えのある少女は、俺の名を呼び、手を大きく振ってくる。
勘違いではない。
遠くて顔を見ることが出来ないが、確かに俺を知っている様子だ。
あんな少女をどこかで…………。
「はっ!!!」
思い出した。
あの金髪の少女の事をこの国の国民なら誰もが知っているあの人を………。
あの少女と俺が知り合いだという事は簀巻しか知らない。
言ったら妙義に殺されるからだ。
次回、修羅場…明山散る(予定)




