旅行先はヒート、デッド、ハード
元魔王城に最も近い町シュオル。
かつては魔王へと挑む冒険者を最後に見送る町として、また魔王軍から国々を守る最後の砦として活躍していた。
しかし、魔王の所在が分からない今は、ただの観光スポットとして存在している。
例えば、魔界龍の骨墓、謎に包まれた遺跡(仮)、終末の瓶…等のような奇妙なモノばかり。
機会がある方は是非行ってみてはいかがだろうか?
また、昔の名残からか。
その元魔王城の周辺の生命体は皆レベルが高く、旅人に恐れられていた。
─────────
馬車旅。
そう馬車旅である。
前の世界ではあまり経験しなかった馬車旅。
ここはとある馬車乗り場。
そこに6人の男女が馬車に乗りたそうにワクワクしながら順番を待っている。
黒、英彦、妙義、簀巻、鈴木さん、そして俺の6人。
「なぁ、付喪カフェのメンバーで行くなら店長は誘わなくて良かったのか?」
一列になって順番を待っている中、妙義は一つ前の最前列にいる黒に話しかける。
「それが誘ってみたんだけどね…。店を見ておきたいからって…断られちゃって~。
ヨーマとマオからは連続毎日バイトするからダメって。駒ヶからは返事なし」
黒の説明を聞いていると、頭の中でガッツポーズをしながら、コーヒーを入れているキメ顔の店長の姿が目に浮かんでくるのは何故だろう。
すると、店長の確認を取った妙義は、今度はこちらの方を向いて、哀れな物でも見るかのような目を向け、
「そうか、ならいいが。
そういえば、お前らは本当に今日来て良かったのか? 何か用事とか」
その目線は明らかに俺と鈴木さんの方に向いている。
「「やっぱ…………いいえ、もうだ…大丈夫です」」
俺たちは真っ青な表情を浮かべながら、彼女の質問に答える。
黒が誰にも気づかれない様に邪悪なオーラを放ち脅してくるのだ。
「これ以上は人数を減らしたくない」という感情がもろに飛び出してきている。
もし、ここで離脱するなんて言えば、彼女は般若の形相になり、この世から離脱させられてしまうかもしれない。
そんな事を考えていると、遂に馬車の順番が回ってきた。
「さぁ、付喪カフェの御一行さん。どうぞどうぞ」
商売上手そうな馬借さんは馬車の扉を開く。
行き先はシュオル。
馬車はありとあらゆる所が傷だらけ、
ついでに馬借さんの顔の半分は大きな爪痕の傷がくっきり……。
そんな中でも、目の前の4人は到着が楽しみそうに馬車の中に乗り込んでいく。
「お二人さん乗らないのか?
せっかくの地獄への旅始めなんですよ?
トラウマレベルの旅を楽しめますからぁ」
どうしよう。とても冗談に聞こえない。
「ねぇ~早く行きましょ?」
黒が待ちくたびれて、早く来いと急かしてくる。
しかし、俺は自分の身の安全の為に戦わなければいけない。
相手がどんなに強い奴だろうと、男が簡単に投げ出してはならないのだ。
「もしかして忘れ物とかしてきてない?
だから、乗るのに手間取ってるの?」
そんな旅を楽しみにしている般若……いや、黒は旅行の幹事としての役目をそれなりに果たしているようだ。
チャンスはここが最後。
これを逃せば旅行という名の気苦労ツアーまっしぐらである。
「安全を忘れまッ………ハッ!!
いやあった。うん、忘れ物無し」
「愛を忘れまッ……ハッ!!
いやあった。毎晩、連絡をとればいいからね…。ああ~、お土産何にしようかなァァァ」
俺たちは黙って馬車に乗り込んだ。
さぁ、今回も気苦労ツアーが待っている。
異世界での旅行は危険が伴う。
元の世界の人だって、昔はあらゆる危険を覚悟しながら遠出をしてきたのだ。
もちろん、この世界で何事もない旅等ない。
あれは、馬車が出発して1時間後。
「なんでよォォォォ!?!?!?!?」
外の光景を見ながら泣きじゃくる黒。
旅行計画とは予想外の出来事が起こってしまい、彼女の幹事としてのプライドは下がってしまったようだ。
広野を走る馬車は全速力で、大きな土煙から逃げている。
その馬車をガシャガシャと足音をたてながら迫ってくる物体。
それは巨大なシャベルの様なモノでこちらに手招きをしながら追いかけてくる。
簡単に言えば屑鉄でできた蟹。
おそらくあのシャベルからして、ショベルカーの付喪神だろうか。
そいつがなんの目的があってかは知らないが、俺たちの馬車を追いかけて来るのである。
そんなピンチな状況で、馬車の中では……。
「だから、俺は行きたくなかったんだ。
始まって早々これかよ!!!
護衛でも雇っとけばこんな事にはァ!!」
「本当に…明山さんの言う通り。トラブル起こりましたね………。
死ぬんだ死ぬんだ。
はあぁ~最後に彼女が欲しかったなぁぁ~」
「うっ~ん、私の剣で伐るか。それとも親父に頼んで兵器でも飛ばしてもらおうか。
どっちも良さそうだが兵器の方が楽か?
でも、親父に頼むと、男友達も一緒に旅行だとバレてしまうな……………」
「こんな事があっていいはずがない。何か策を考えるのだ。頑張れ私。このままでは殺される」
「昼間に行動してるって事は暴走か。ダメだ死ぬ。
はぁ、良いんだ。
どうせ生きてたって生き地獄なんだから。
早゛く゛僕゛を゛連゛れ゛て゛い゛っ゛て゛く゛れ゛ェェェェェェ!!!!」
馬車内は大混乱。
そんな中でも落ち着いているのは、馬借のおっちゃんだけだ。
まっすぐ正面だけを見て、馬車を走らせている。
きっとこんな状況もいつもの事なのだろう。
あの顔の傷からは長年の戦士的な雰囲気を感じる。
「どうするんだ? 馬車のおっちゃん」
「この道のプロはどうするのか」と気になって馬借のおっちゃんを見ると……。
「フッ、この俺の馬車を襲おうってか?
いいねー血が躍るねぇー。上等だぁ。
俺の愛馬とどっちが速いか。命を賭けたデットレースと行こうじゃねぇか」
どうやら、この馬車の中で冷静なのは俺以外にはいないようだぁ………………。




