ただ誰かとしゃべりたい
カフェから離れた公園のブランコに俺は腰かけて緑茶を飲んでいる。
店に入るなり、たくさんの動物達を見せられ驚いたにも関わらず、竜を見たという事で今までのこの世界の常識が分からなくなってしまったのだ。
そして仮病を使い逃げ出してきた。
「はぁ、何で竜がいるんだよ。ここは人間と付喪神が共存する世界じゃなかったのか?
確かに竜を見れたのは嬉しいけど………。こんな早くに出てくるものじゃないだろ。こんなにあっさりと考えていたことが解決するとは思わなかったぜ」
竜がいるなら獣人などのRPG的な異世界物語が俺を待っているだろう。
しかし、そうなると疑問が湧いてくる。
「だが何で人間と付喪神が共存する世界に竜がいるんだ?
明らかに付喪神でもない。生きている感じだったが?」
「それは本来付喪神がこの世界にはいなかったからだ」
おっと、誰かが俺の愚痴を聞いていたようだ。
向こうから一人こちらに近づいてくる。
フードを被って顔はよく見えないが、また明山の知人なのだろうか。
「何だ? 誰だお前は? 」
俺はそいつの事を知らないので、声をかけてみることにした。
「もう忘れたのか?」
そう言って、そいつは被っていたフードを取ってその素顔を見せてくる。
藍色の髪をして男か女かよく分からない顔をしていたが、一目で強者だと分かるほど圧があった。
「お前は…!?」
俺は驚いた。まさか真っ昼間にこの人に話しかけられたのである。
向こうはどうやら俺の事を知っているらしい。
「久しぶりだな。まさかまた会うとは………」
「本当に誰だ? お前は?」
一瞬寒い風が俺達の間を吹き抜ける。
「俺だよ!! ほら森の中で会っただろう?」
こいつは人違いをしている。
それははっきりと分かることだった。
俺が森で会ったのは、ウサギ、スライムと黒と黒マントの男くらいしかいない。
しかし、この男は黒マントもしていないし、こんな格好をした奴とは会っていない。
「人違いだと思いますよ。貴方の事は見覚えがありませんので………」
そう言って不審な者との会話を避けようとしたのだが…。
向こうはそう簡単には引き下がらない。
「俺だよ。俺」
男は俺の袖を掴んだまま、引き放そうとしないのだ。
流石に俺もここまでしつこいと怒る。
「だから見覚えがないって言ってるだろ。いい加減にしろよ。警察呼ぶぞ」
男は一瞬怯んだが言い返してきた。
「警察? そんなもんこの元八虐の一人であるブ……。『ブロードピーク』様に効くわけがねぇだろ。なぁ、お前は本当に俺の事忘れたのか?」
「八虐? あーーーー、お前か。黒マント着てた」
そう言うと男は嬉しそうに笑顔で答える。
「そう黒マント着てたやつだ。お前らに呪いをかけただろ」
思い出してくれた事がよほど嬉しかったのだろう。
ニコニコの笑顔で俺に話しかけてくる。
だが、呪いについては少し恨みがあったので、
「あー、あの俺らにボコボコにされてたスライム野郎か。苦労し、捨て台詞まで吐いて呪いをかけたのに、あっさり解除されたかわいそうな黒マントのやつか」
…と煽ってみた。
すると、その挑発を受けるかのように、反論するブロードピーク。
「ちなみに言っておくが、俺の能力はスライムを召喚するって能力じゃないぞ。だが、今からあの戦いの続きをしてもいいんだぞ明山」
こいつとはいつか決着をつけたいと思っていたのだ。
絶好のチャンス到来である。
だが、俺はその前にこの男に聞きたいことがあった。
「いいぞ上等だ。でも、その前にお前どうしたんだよその格好」
前回の黒マントとは違う。もしかして、奴の私服なのだろうか。
男はあんまりその事については話したくなさそうだったが、
「実はな」
ブロードはこうなった経緯を話し始める。
どうやら、ブロードピークは前から八虐を止めることを考えていたらしく、俺と出会ったのが八虐としての最後の仕事の日だったようだ。
そして無事退任し、その後いろいろな仕事をしようと面接を受け回ったが元八虐だということで、怖れられてどこも失敗ばかりですぐにクビになった。
今は新しい仕事を探している途中だと言う。なんだかかわいそうな話だ。
「ふーん。仕事なくて暇だったから俺の独り言につっかかってきたのか」
俺たちはまるで仲の良い友達の様に、二人でベンチに座って話していた。
「別に話かけなくてもよかった。ただ最近この公園には誰も来やしねぇんだ。誰とも話してないから話し相手が欲しかっただけだよ」
確かに、今の時間は3時くらいだが、子供も大人もお年寄りも誰もいない。
すると、ブロードはベンチから立ち上り……。
「じゃあな明山。今日は話し相手になってくれてありがとうよ」
「おい、待てよ。話はまだ終わってねぇだろ。さっき言ってた本来、付喪神がいなかったってどういう事だよ」
すると、ブロードは驚いたような顔をして、
「お前もしかして? 冗談かと思ってたぜ。まさか外国から引っ越してきたのか? なに当たり前のこと聞いてるんだ」
そこで俺はいつも通りの記憶を失った設定を繰りだした。
すると、ブロードピークの反応はいつもの一般人がするような反応とはまったく違い。
「はぁ? そんな嘘臭い話信じるわけないだろ。だが、まぁいい教えてやる。」
その返答に俺は驚きを隠せなかった。
記憶を失った設定を信じてくれないなんて、この世界に来て初めての事だったからである。
今までにこの説明をして疑ってくるヤツが他にいただろうか?
いや誰もいなかった。
誰もが信じて疑わなかった事をこいつは疑ったのだ。
驚きを隠せないでいた俺を無視して、ブロードは話を始めた。
「『この世界は別名、付喪神と人が共存している世界となってしまった。』
これはとある神話に書かれていた言葉だ。この神話には沢山の話がまとめられていてな、神々やモンスター、世界の始まりから終わりの話なんて物もある。
その話の中に異世界の番人っていう話があってな」
その後、俺は三十分近くブロードの話す物語を聞いていた。
まさか一つの話にここまで時間がかかるとは恐ろしい神話である。
話の中身を簡単に説明すると、昔この世界に付喪神がおらず、人と神々とモンスターや動物達がこの世界で暮らしていた時代。
一人の人間と三びきのお供が神々の住まう土地で働くことになった。
その仕事はこの世界の生態系を維持するために異世界から来る生き物をこの世界に侵入させないようにするものだった。
しかし、ある日…その人間は仕事をサボってしまった。
もちろん異世界から生き物達は番人がいないことをいいことに入ってきた。
こうして付喪神、悪魔等がこの世に放たれた。
その後、その人は責任をとらされて罰を受けることになったらしい。
その罰についてもはや知る物語もいない。
……というような話だった。
正直明らかに作り話感がプンプンしている。
ブロードは恐らく俺をバカにしているんだろう。
正直俺は神話なんて信じていない。
正直、このままこんな長い話を続けられたら面倒だと俺は思いはじめている。
これは俺の嘘偽りのない心境である。
「なっ、なるほどね~、そんな事があったのか。いやー、ブロード賢くなったぜ。ありがとうよ」
すると、ブロードは少し顔を緩ませて、
「ふん。別に構わない。今度こそじゃあな」
立ち去るブロード、しかしそいつは魔王軍幹部であった元八虐。
俺はまた変なやつと知り合いになってしまったのかもしれない。早く元の世界に帰り、人間関係に困らずに平和に暮らしたい……と再び思った。
俺はベンチでお茶を飲みながらブロードを見送っていると……。
その時は一瞬だった。
ブロードがまるで魚が釣られたときのように引っ張られ視界から消えたのである。
「ぶっはぁ、ゲホゴホッ!?!?」
俺は驚きでお茶を吹き出してしまう。
先程まで目の前にいた奴がいない。
ブロードが消えた辺りに行っても姿を見つける事はできない。
突然、目の前で人が消えたのだ。




