魔王の復活
「こ……これは?」
蔵王はそう言うと垂れてくる液体に触れてみる。
それは赤く温かい。
蔵王の口から垂れ始めた液体。
そして全身を巡る痛み。
内部からグチャグチャにかき混ぜられた様な激しい痛み。
その苦しさに蔵王は思わず膝を付いてしまった。
魔王の兄はゆっくりと蔵王に近づくと、見下すような目付きで彼を蔑んだ。
「どうだ? 我の魔法の威力は?
全身を見えず触れられない斬撃が敵の内部をズタズタに切り裂く。心臓も肺も腸も胃も神経も……。脳以外の中身はボロボロになる。これが我の付喪神と合わせた魔法」
「…………………」
「フハハハハハハハハ!!!!」
バタン。
その笑い声を聞きながら地面に倒れ込む蔵王。
彼はもう身体を思い通りに動かすことは出来ないだろう。
脳付近以外の全身の神経を切り刻まれたのだ。
「…………………」
地に這うその人は怨めしそうに魔王の兄を睨む。
「そうだな。ジワジワと死ぬのを見るのも酔狂だが。
我は忙しい。貴様の心臓を一突きといこうか?」
魔王の兄はそう言うと巨大なハサミを閉じて、まるで剣のように蔵王に突き刺した。
「ゴフッァ…………」
巨大なハサミは蔵王の心臓を貫通し、彼は吐血した。
床に広がっていく血。
蔵王の眼孔は必死に魔王の兄を見つめていた。
そんな無惨な敗者に対して魔王の兄は何も言わずに振り返る。
このまま、この男が死ねば魂が飛び出してくる。
それまでの時間はせめて恐怖を覚えさせて殺すよりは、静かに冷静に死んでいかせようという魔王の兄なりの慈悲であった。
「見られながら死ぬのは屈辱的で辛かろう?」
確かにこのまま死ぬのは辛い。
敗者を見るような目で看取られるのは辛い。
しかし、彼は心臓を失った真実を分かってはいても諦めていないのだ。
だが、運命には逆らえない。
彼の意思とは裏腹にだんだん眼孔は下がっていき、まぶたを閉じて眠ろうとしていた。
「っ……………………」
魔王を倒して世界を救いたかった男の一人が……。
今、その生涯を遂げた。
「──まったく、これ以上蘇ろうとは思わなかったのだがな」
男は心臓部分に大穴を開けていても、ゆっくりと立ち上がる。
「なぜだ? 貴様は心臓を潰し、身体の神経をズタズタにしたはず」
魔王の兄にはこの光景を見るのが初めての出来事だった。
目の前にいるこの男はなぜ立っているのか。
男は絶対に死んでいるはずである。
「フッ、そうだな。不死身ではない。
これが────によって起こっているモノの1つだ。いや、アレの力によって動いていると言うべきか?」
もちろん、男の心臓はすでにない。
この原理はまったく分からないが、“アレ”と呼ばれる────によって動いているのだろう。
「なるほど。貴様の魂は素晴らしそうだ。
悪いが貴様にはアレとの関係を切ってもらう。
最も強制的に切らせるのだがな」
魔王の兄はそう言うと再び大きなハサミの刃を開いた。
すると、男は魔王の兄の台詞を聞いたときにため息をついている。
「そうか。お前の能力は断ち切ることも可能なのか?
ならば、もうお前に2度目は通用しないな。
まったく、あの本とは違う通りに進んでいる」
蔵王はそう言うと床に尻をつけて、座禅を組む。
そして、ポケットから小さな箱を取り出した。
「カンニングペーパー通りに問題は解けないか。学ばせてもらった。
────の為の計画もこれで終わり。
なぁ、魔王の兄よ。
せめて、最後の晩餐はさせてもらうぞ」
彼は小さな箱から角砂糖を1つ取り出すと……。
それを口にいれて食べ始めた。
ジャリジャリと砂糖を崩しながら、彼は最後の晩餐を食している。
「フッ、鍵の獲得者が何を胸に鍵と出会うか。私は深淵の奥底から見守るとしよう」
角砂糖を食べ終わった蔵王は、もう逃げられない…変わらない運命を受け入れた。
このまま逃げても彼と“アレ”との関係は断たれてどっちにしろ死ぬのだ。
「さらばだ。皆と政剣。そして駒ヶ回斗」
蔵王は最後に駒ヶのいるであろう方向を向いて、遺言を言うと……。
魔王の兄は魂を手にいれるために、“アレ”と蔵王との関係を断ち切った。
目の前にあるのは関係を断ち切り、首を落とされた死体。
そして、我が手にあるのは1つの魂。
「遂にやった。これが最後だ。我が妹よ。再び蘇るのだ」
魔王の兄はそう言うと、自らの手にあった魂をカプセルめがけて投げつける。
魂は駒ヶと金剛の真上を飛びながら、目的通りカプセルの中の少女の身体に入って消えた。
その時、カプセルがグラグラと揺れ始め、中の液体が激しく動き始めた。
カプセルにヒビが入り始めて、中の液体が床に広がっていく。
そして、完全にカプセルの中から液体が流れ出ていくと……。
少女は自らの足で立っていた。
目をパチパチと瞬きしながら、今の状況を理解しようとしているのだろうか。
それとも自らの兄をその白眼で探しているのだろうか。
彼女の髪は少し黒が交ざっており、目は片方が白眼でもう片方が緑色。
「………………?」
久々の目覚めなのか。彼女は何も言わずにカプセルから出てきた。兄とはまた違った異様で邪悪なオーラ。目の前に現れた虚悪に駒ヶの身体は震えている。
「祝え、金剛。
遂に我が妹が復活……再誕した。自らの肉体で歩いているのだ。
これで刻は近付いた。
我ら魔王が復活したのだ。フハハハハハハハハ!!!!!」
二階から魔王の兄の嬉しそうな笑い声が響く。
魔王のもう片方……魔王の妹が遂に復活した瞬間である。




