とある男の趣味
場所を移動した先は美しい海が見えて、一つのベンチだけがある断崖絶壁であった。
その後ろにはアスファルトの道を挟んで森があり、鳥やセミの鳴き声が響き渡るのだ。
ここは一部の観光客しか知らない隠れスポットで、その場所で愛する人と一緒に夕日を見ると幸せになると言われているらしい。
「キャァァァァァァ!!!」
そんな素敵な観光スポットに悲しそうな女性の悲鳴が響き渡る。
「なんなの? あんたはねぇ。なんなのさ?」
その悲鳴をあげた女性は、手にもっていた高級水着の入った紙袋を地面に落としてしまった。
「見てしまったか。
まずいなァ~。非常にまずい。しまったなぁ。
はぁァ、君は運が悪かったようだね」
私のこの行為を見られてしまった。
やはり、二人組の女性を誘ったのはまずかっただろうか。
まぁ、予定とは違ったが焦る心配はない。
私はそう自分に言い聞かせて、震えている彼女の元に近づいていくと……。
「来ないで、来ないで、そこから動かないで!!!」
女性は腰を抜かし恐怖に震えながら、私に敵対心を抱いているようだった。
このまま近づいても良かったのかもしれないが、これ以上刺激するのは避けた方がいいだろう。
そう考えて私は彼女の目の前で立ち止まる。
「フッ~、私はね。国市に住んでいる一般人さ。もちろん、金持ちというわけでもないんだ。
睡眠時間や食事はいつも欠かさず行っている。
健康的だろ?
苛立ったり、不健康のまま趣味を楽しむ事はできないからね。
健康は大事なんだよ」
「それがなんなのよォォォ!!!」
私の話を聞かないほどに逆上しているのだろうか。
まぁ、普通なら目の前で知人があんなことになっているのを見ればそうはなるよな。
「ただ、この行為の理由を説明しただけだ。そんなに怯えなくても良いじゃないか?
それほど怖いかい?」
「嘘よ。これは夢でしょ? 私は夢を見ているのよね?」
女性は目の前の光景を信じることができないようだ。
目の前で転がっているあの女性の頭。
周囲は血で真っ赤に染まり、肉片がバラバラと散らばっているのだ。
「まずは私の質問に答えてくれてもいいんじゃないか?
まぁ、良い。私はね。人が破裂して、血が舞う光景が好きなんだ。特に音がいい。
恐怖に絶望した顔から痛みで気絶する瞬間も……。
あっ、そういえば君の名前って何かな?」
そう言って優しく彼女の名前を聞き出そうとしたのだが、
「ヒィィィィィィ!?!?!?」
「あの会話くらいしてくれないかな?」
彼女の表情からして優しく言ったのは、逆効果だったらしい。
名前が聞き出せなくなってしまった。
「も~、はぁ、君が悲鳴をあげるまでの少しばかりの時間だけだが仲良く過ごそうじゃないか。
別にもう君は召されているんだからね。
落ち着いて落ち着いて。
まったく、私を見習ってほしいものだ。
今から人殺しになんの躊躇もしていない私を……」
私はまるで子供をなだめているように接してみる。
こんな事で本当にいいのだろうか。
私の趣味としては良いのだが、いつどこで誰が見ているかは分からないのだ。
確かにどんな奴が襲ってこようと私には弱点がないが……。
暗殺部隊や警備隊に狙われでもしたら大変なのだ。
しかし、早めに終わらせるのは惜しいことだ。
「たっ、助けてください。おっおっお願いします」
いい顔になってくれたじゃないか。
もちろんこの顔を見てもかわいそうだの…見逃してやろう…など考える私ではない。
だが、このハイエナに喰われながらも助けを信じるシマウマの様な表情。
その表情に免じて数秒だけ生かしてやるのもいいかもしれない。
「ダメだよ?
そんな助けるなんてするわけないだろう?
様子を見に来た君が悪いんだ。
でも、その可愛い表情に免じて良いことを教えてあげよう。せめてもの餞別代わりだよ」
私は彼女にだけ特別にあいつを見せてやる事にした。
本当は誰にも見せないつもりだったのだが、今から死ぬこの女にはいいだろう。
そう考えたのだ。




