鏡世界も救ってやろう
「───なるほど、未だに信じられないが、だいたい分かった。安心しろ、付喪神なら俺は少しだけ知っているんだ。その奴ってのを倒すんだな」
俺はその奴とかいう男を倒すことにした。
奴を倒せば元の世界に戻る方法が分かるかもしれないと考えたからである。
「本当に倒そうと言うのかい?
挑んだ奴らはみんな戻ってきていないのに」
「ああ、正直に言うとどうやら俺もこの世界の住人じゃないだろうし。元の世界に戻る方法が分かるかもしれないからな」
「そうか。本当にありがとう。着いてきてくれ。私が今から奴のすみかに案内しよう」
そう言って手招きをしていてきた山口の後を俺はゆっくりと歩いて追っていった。
「なぁ、山口?
その……お前の他の仲間はどんな奴らだったんだ?
まぁ、単なる興味本位で聞いてるから、答えなくてもいいが」
まっすぐに前を向きながら歩く山口に、俺は質問する。
この世界が反対なら、あいつらも存在していたはずなのだ。
失ったであろう仲間の話を言わせるのは悪いことだとは思ったのだが。
それでも俺の仲間達はこの世界ではどのような人だったのか気になってしまう。
「そうだね。私はこうなる前までは、パン屋さんで働いていたんだ。そのパン屋のパンはとても素晴らしくてね。ふわふわの食感が絶妙に美味しいんだ。そんな素晴らしい働きがいのある日々だった。こんな事になってからも、私はバイト仲間だった彼らと戦った」
山口の話によればどうやらこっちの世界では、付喪カフェではなくパン屋だったようだ。
俺は自慢げに仲間の事を話してくれる山口の話を何も言わずに聞き続ける。
「店長はかっこよい大人の理想みたいな人で、みんなに優しい人だった。実は、私には3人のバイト仲間がいてね。福島さんというバイト仲間の長い黒髪の女の子は、いつも真面目で頭も良かった。福岡君というバイト仲間の白髪で元気ある少年は、素直で自分から行動できる様な頼れる人だったんだ。
みんなとてもいい人達だったよ」
そう言って、空を眺めながら物思いにふけっている山口。
彼らとの別れを思い出しているのだろうか。
「そうか。ごめんな。辛い事を思い出したか?」
「ああ、思い出したよ。でも、いいんだ。
こうして彼らの事を他人に伝えることができたんだから。
一番辛いのは忘れられる事だから。これで彼らはまだ人の胸に生き続ける」
「なんか、本当にごめん」
彼の話には店長と黒と英彦の様な人の事が語られたのだが、俺と駒ヶと妙義と簀巻とマオとヨーマの話は出てこなかった。
やはり、ここは俺たちの世界の平行世界らしい。
付喪神がいない世界には、付喪神と共存している世界の俺はいないようだ。
まぁ、何故この世界でも英彦の様な人がバイト仲間になっているのかは分からないままだが。
細かい事は気にしないでおこう。
俺と山口がしばらく廃墟の町を歩いていると、山口は急に立ち止まった。
「着いた。この先にある神殿の中に奴はいる。
その……今ならまだ奴も私達の事に気づいていないでしょうから。
引き返すなら今ですよ」
目の前にそびえ立っている神殿。
歴史の教科書などで見た様な物に似ていたが、その大きさはこちらの方が大きく見える。
だが、パルテノン神殿にそっくりな型式だ。
その神殿を二人は今、その神殿を遠くから双眼鏡を使って覗いているのだ。
「俺は目の前にチャンスが現れたらどんなことがあっても拾いに行く性格でな。俺は後悔したくないんだ。今、やりたい事を全力でやる。二頭追うものは一頭も得ずっていうことわざが俺は嫌いなんだよ。やるなら全て手にいれる。
チャンスも運も勝利もな」
そう言って、俺は財布を取り出して百円を手に握りしめると、メガネをかけて構えを取る。
「『百円ショット』」
そう叫びながら手に持っていた百円玉をおもいっきり神殿の方向へと投げ飛ばした。
百円玉は凄い速さでまっすぐに神殿を目指す。
そして、神殿にぶち当たって崩れ落ちる神殿の瓦礫の中に姿を隠した。
「!? 君は何者だ。君の名前はなんだ?
どんな魔法を使った?
ここまでの化け物。何故名を轟かせていない?」
どうやら目の前で起こった光景を山口は信じることが出来ていないようだ。
訳も分からないまま、俺は質問攻めをしてくる彼を見て思った。
異世界チートってこんな感じなんだな。
「実を言うと、私は今、死にに来たんだ。
せっかく助けてもらった命だけど。
最後に奴を引きずり下ろして死ぬのも悪くない。そう思ったんだよ。」
山口は手に持っていた双眼鏡を地面に落とす。
涙を堪え下唇を噛みながら、彼は崩れてしまった神殿の跡をまっすぐに見つめていた。
「本当はどこで死んでも良かった。
罵倒されながらでも、無惨に死んでも、消え去る様に眠っても。
別にどうでも良かった。死は死だからね。
私の生き別れた妹もきっと死んじゃったから。会えると思ったよ。それなのに……」
山口は俺に何かを言いたそうな表情を浮かべたが、こちらを見ることはしなかった。
「何故、君は希望を生んでしまったんだ。
もう一人は耐えられないのに。もう耐えられないのに。
また私は死から逃げた。
私だけが生き残った。生き延びてしまったあの日のように私は死を避けてしまった」
彼は必死に感情を堪えながら俺に向かって心から叫んでくる。
自分の過去の出来事を……仲間との別れを悔やんでいるのだろう。
後悔という渦に心を呑み込まれながら、山口は立ち直る事が出来なかった。
希望を生み出したお陰で、生きたいという欲望が生じてしまったのだ。
自分自身の事を悔やみ続ける山口を見て、俺は同じく神殿を見つめながら彼に語りかけた。
「────良いことじゃないのか?
自分だけが生き残るなんて。
だって、お前は生きてるんだ。
でも、自ら死ぬのはダメだ。
逝ってしまった魂の意味がなくなる。
お前は今、あいつらの本当はあった分の人生を歩んでいるんだ。
きっとお前はあいつらに生かされたんだよ。
自分の分もこれから生きて欲しいから。
お前に願望という罪を負わせてくれたんだよ。
お前は一生、その罪を背負って償わなければいけない。
その罪を果たすのが、お前の賠償だろ?
今のお前は背負ってもいない。自慢にもならない。語る必要もない。
そんな奴の見上げ話を喜ぶと思うか?
どうせなら、ハラハラドキドキの武勇伝を語ってやるべきだ」
その台詞を聞いていた山口は、ふと昔の事を思い出していた。
いつものようにみんなでバイトをしていたある日。
仕事終わりにみんなでレストランに寄って盛り上がった個人の思い出話や目標。
みんな、自分の事を自慢げに楽しそうに言い聞かせていた。
それはとても平和で和やかな時間だった。
「………なぁ、本当に殺ってくれるのか?」
「ああ、もちろん。そうしないと帰れないかもしれないからな」
山口は二、三度深呼吸をして自分自身を落ち着かせる。
そして、やっと俺の顔を見て話をしてくれた。
それも生きる希望に満ち溢れた表情で……。
「ならば、任せたよ。えっと、君の名前はなんだい?」
「俺は付喪カフェ金曜日バイトリーダーで、数々の魔王軍幹部を葬りし者。
そして、鍵の獲得候補者であり世界を救う予定の付喪人だ。
その体に俺の名前を刻み付けな!!!
俺の名前は明山平死郎だぁぁ!!!」
俺はそう叫ぶと、崩れ落ちた神殿に突入するために走った。
鏡野郎を倒して元の世界に帰るために……。
この世界のあいつらの仇を打つために……。




