初めてのお忍び
さて、王女様は無事に病院内へとたどり着いたのだが。
「──そういえば、あの人はどこの病室なの?」
どうやら王女様は患者の誰かに用があってわざわざ訪れたようだ。
だが、事前に調べることを忘れていたらしい。
病院の職員に聞くと言う事も可能なのだが、それではお忍びで来たことがバレてしまうのだ。
「どうしよう。お医者さん達に聞いたらお父様にバレちゃうかも。でも、分からないし」
王女は廊下の中央で頭を抱えて悩んでいた。
そもそも、この格好を誰かに見られでもしたら、それこそ王女だとバレてしまうのだ。
王女にとっては生まれてはじめての無断行動なのだ。
「こんな事なら、お父様に許可を得るべきだったかしら。
いや、ダメよ。そんなことしたら怒られる。
はぁ、誰か王室に連絡しないような。
連絡する暇もなく忙しくて、する方法も持たないような貧乏で、世間から離れている。無関係そうな人はいないかしら」
王女様は壁にもたれ掛かりながら、ため息をついている。
王女様はもう連絡されてしまうのも覚悟で受付へと歩き出す。
その時、王女様に声をかけてきた男がいた。
「おっ、あの時のお嬢さんじゃないですか。お久しぶりです」
彼はそう言って驚くこともなく王女様に近づいてきた。
どうも、王女様のことを王女様と理解していない様子だ。
明らかに世間から離れて生きている男である。
いつもならこんな無礼な男は側近が追い払ってしまうのだが。
今はいない。
王女様の邪魔をする者は誰もいないのだ。
「あの時の簀巻さん!!!
ちょうど良いタイミングです。
あのお願いがあるのですが」
もうこの男に頼るしかない。王女様はそう思って男に話しかけるのであった。
とりあえず、廊下に置いてあった椅子に座り、王女様はこの場に来た目的を一通りその男に話した。
「なるほどな。お見舞い。それで、そいつの名前とか分かります?」
「それが、一瞬顔を見ただけの人だったので」
情報量が少ない事を申し訳なく思いながら王女様は俯きになった。
「──うーん。じゃあ特徴とか分かるかい?」
「あっ、特徴なら分かりますよ。えっと、目が死んでるような欲望を求めているような目で……。頭がちゃらんぽらんしてそうなのを表すような黒髪。それといってカッコいい訳でもなく普通の顔の立派な男性です」
王女様の言った特徴は明らかに悪口に近いものなのだが。
話を聞いていた男には、思い当たる人がいるらしく。
「思い当たる人が一人いるんだけど……。行ってみる?」
「はい、もちろんです!!」
これで合ってたらそいつに悪いな…なんて思いながら、簀巻は王女様を連れて元来た道を戻っていった。
そして、簀巻は王女様を思い当たる男のいる場所まで案内する。
「──そうか。うん。分かった。それで俺の所に来たんだな。よし、表に出ろ簀巻!!」
「待ってくれ、お前だってさっき、俺の印象最悪だったじゃん。それに違うって可能性もあるだろ?
落ち着けって……。それに廊下にはそのお嬢さんがいるんだ。喧嘩は見せられない」
そう、やって来たのは明山の入院している病室。
つまり、俺の病室である。
彼の思い当たる節が俺だったというのは悲しいことだ。
俺が退院した時が楽しみだよ……。
だが、まだ俺がお嬢さんの探し人と決まった訳ではない。
まだ俺の印象が悪いと決まった訳ではないのだ。
「まぁ、会うだけなら良いぞ。そのお嬢さんも人探してるだけだし。俺じゃない可能性が高いわけだからな」
「そうだよ。お前じゃない可能性が高い。じゃあ、呼んでくるよ」
そう言うと簀巻は、ドアを開いた。
ドアの先にいたのは金髪でロングヘアの美しい少女。
お姫様の様なドレスを着て……………。
いや、これはさっき…。とにかく、少女がいた。
少女は俺の顔を見たとたん、その紅の瞳を輝かせて内心喜んでいるように見える。
「会いたかったです。本当にここにいるなんて」
そう言って少女はゆっくりと病室に入ってくる。
だが、会いたかったと言われても俺には会った記憶がないのだが。
いや、この少女をどこかで見たことがある気がする。
たしか、護衛の時?
いや、そんなことは後回しで構わない。
問題は俺の印象が悪いという真実だ。
はぁ、何で明山平死郎の体に入っちゃったかな。
俺は久しぶりにこの世界に来たことを後悔した。
「じゃあ、僕は失礼するよ。あとは二人で……」
こんな残念な再会を見て、この場から逃げようとする簀巻を止めようとは思ったが、少女と二人っきりで部屋で話をするのも良いかもしれない。簀巻はちょうど少女と入れ替わるように病室を立ち去っていった。




