ひさびさ登場、生徒会
簀巻きだった男が、病室で明山のお見舞いをしている頃。
ある一人の少女が高級そうな馬車に揺られながら国市へとやって来た。
その馬車の近くを何人もの護衛係が、まるで尾行をしている様に後を追っている。
町の人々はそんな事を目にも止めずに歩いていた。
その馬車に乗っていたのは、金色の髪の少女と側近が一人だけである。
その少女は、期待に満ち溢れた表情で馬車からの景色を眺めている。
「王女様いったいこの町に何の用事なのですか?」
何も聞かされずに王女の命に従っていた側近が、王女様へと質問を口にした。
王女様はその側近へ返答を申し上げる。
「それは内緒です!! これは誰にも言っちゃ駄目なのです。お城の者には例え誰であろうと秘密なの」
「ハッ、申し訳ございませんでした」
「それでいいのよ」
その後はお互いに会話が進まない状況に至った。
そんな静かな雰囲気になった馬車の近くを黒い制服の男女が歩いている。
「はぁ、わがままな王女様だ。なんでわざわざこんな町に来るんだろうな」
「なにか用事があるんでしょ~。嫌なら帰っていただいて構いませんよ副会長。…というか帰ってくれません? 手柄欲しいんで」
「一言えば二十罵倒が返ってくるな。
全く、お前はいつまでたっても変わらないなぁ」
馬車を歩道から尾行して護衛しているのは、あの懐かしい生徒会 副会長 山上と書記 八剣。
「しかし、護衛なんて意味あるんですかねぇ。王女を狙うなんて、国に戦争吹っ掛ける様なもんですよ」
そう言いながら八剣はドリンクをチュウチュウと啜っている。
「お前こそ、やる気がないなら任務を降りろよ。手柄は貰うがな!!
まぁ、戦争吹っ掛ける様な悪人なんてうじゃうじゃいるだろうよ。だが、そのための連盟共だ。あいつらが目を光らせている内は悪人共も動きづらいだろうな」
山上は八剣が飲んでいるドリンクの事を気にしながらも、馬車の監視を続けている。
「でも、その連盟も…。
この前の事件で信用が無くなって世間は今、謎の 金色のオーラ の事で頭がいっぱい。今や破産寸前の付喪連盟。笑える冗談だって(笑)」
「いや、笑えねぇよ」
笑いをこらえている八剣に対して、山上の真面目なツッコミが繰り出された。
そう、二人の話した通り。
先日の大悪魔の討伐劇にて、全く活躍する事が出来なかった冒険者連盟と付喪連盟は今や信用を失ってしまった。
更に、大悪魔によって明らかになったスパイがいるという疑惑。
そして、大悪魔を倒した金色のオーラの戦士の謎。
───紅の食卓 の無くなって平和になったはずの国は今、混乱に巻き込まれているのだ。
その点に関しては奴も悪魔としての仕事を、死後にも遺していった。
彼も立派な魔王軍幹部であったのだろう。
「……という事はこれからもっと仕事が増えちゃいますね。出世チャンス!!!
今こそ私が一番になる時なんでしょうかねぇ」
八剣はそう言って微笑むと、手に持っていた空になったコップを、遠くにあったゴミ箱に向かって投げる。
空になったコップは見事ゴミ箱に入った。
その事で自慢したそうな表情でニヤついている八剣を、山上は気にも止めずに馬車を追いかけていった。
「──おい、八剣。生徒会長はどうしたんだ?」
先程から生徒会長の姿を見ていない事に気づいた山上は、辺りを見渡して探すのだが全く見つからない。
一般人に隠れて見えなくなってしまったのだろうか…と山上は思っていたのだが。
「ああ、生徒会長ならあそこでドリンク売ってますよ」
そう言って八剣が指差した先には、沢山の行列ができている。
ツピキクドリンク等という旗を掲げた出店。
そして、その先には生徒会長である大台ケ原がドリンクを売って商売をしていたのだ。
「はい、いらっしゃい。はい、こちらですね。ありがと………あっ!!
山上と八剣~。
凄いだろ? これで俺たちはもう依頼を受けなくても生活していける。
ほら、お前らもどうだ?
一杯三百円!!」
ドリンクを販売していた大台ケ原が、二人に気づき、手を振っている。
大繁盛で黒字になった大台ケ原の屋台は現在2時間待ち。
きっとそれほど美味しいのだろう。
少しくらいならと欲に負け、護衛中にも関わらず山上も行列に並ぼうとしたのだが。
2時間待ち…2時間待ち…………。
「何してんだこのバ会長がァァァァ!!!」
「Huguxuxaxaxaxaxa!?!?」
山上のドロップキックが、大台ケ原の顔面に繰り出されてしまい、大台ケ原は蹴り飛ばされてしまった。
「──まったく、少し出番が無くなっただけで……。何やってんだこのバ会長は」
山上と八剣は再び、馬車の護衛任務を再開し始めた。
今度はちゃんとあの馬車から目を離してはならないと、山上は馬車だけを見て歩いている。
二人の後ろには大台ケ原が、まるで蓑虫の様に糸で縛られて引きずられていた。
「─まぁ、最近恋してる女に会えていないらしいから。イライラが貯まってたんだ。いろいろと大変なんでしょうねぇ」
八剣は引きずられている大台ケ原を見ながら、彼の心境に同情の意思を見せた。
しかし、大台ケ原は同情されたなど、気づいてもいない。
彼は今、気絶中なのだ。
しかもドロップキックを食らった時よりも顔の怪我が重傷になっている。
もちろん原因は紐で引きずられて四方八方にぶつかってしまった事なのだが。
その犯人は、彼がそんな状況だと言う事に気づいてもいないのだ。
大繁盛ドリンク店からしばらく馬車を追いかけていると、馬車はとある病院の前で停車した。
「──ねぇ。副会長。馬車が止まった」
「ああ、気を引き閉めろよ。馬車から王女がおりた瞬間が危険だ」
三人は馬車へと駆け寄ると、辺りを見渡して怪しい者がいないか監察し始めた。
そして、副会長が携帯を取り出して覗き込むが、どうやら周囲に配置させておいた生徒会役員たちからの連絡も来ていないようだ。
これで周囲の安全は保証できている。
「側近殿。御安心ください。周囲に危険人物はおりません」
山上はその事を側近へ申し上げる。
すると、側近は山上にこう言いはなった。
「いや、いるだろ。自分の上司を紐で引きずって町を歩く暴力的な危険人物が!!」
そう言って側近が山上を指差す。
その時、どこからか数名の兵士が音もなく現れて山上を連れて遠くへと歩いていく。
「えっ…? おい、なんだよ。お前ら何者…ちょっ、待っ…。俺は王女様の護衛だぞ!!!
おいおいおい。なぁ、ついでにドリンク店に寄っ……………!!!」
山上はそのまま角を曲がって見えなくなってしまった。
そして、ターンは八剣へと移る。
「申し訳ありませんでした。あの副バ会長が大変失礼な事を……。ですが、御安心ください。この生徒会副会長 八剣が安全を保証します。さぁ、どうぞ。マナスル王女様。あと、側近」
気を取り直して八剣は、清々しい程の笑顔で、側近を見上げる。
側近はその行動を怪しみながらも、馬車のドアを開いた。
そして、中から現れたのは金髪でロングヘアの美しい少女。
お姫様の様な美しい白いドレスを着て、光を反射する純粋な紅色の瞳。
どこに出しても変じゃないお嬢様がそこにはいた。
八剣は、その王女様から出るオーラに目をやられそうになり、思わず視界を手で覆った。
そんな事を気にする事もなく、王女様は馬車から降りて、地面に足をつける。
そして、王女様は近くにいる者全てに命を下した。
「みんな、私を一人にさせてください」
その時、
フフフッ…これで私の評価は上々、そうよ。どんな時でも一番になるのは、この八剣なのよ。いずれはこの頭の固そうな側近の代わりを私が勤めるってのもいいかもしれない……などと八剣が考えていた事は夢に終わってしまった。
八剣の小さな野望が砕け散った瞬間である。
王女様は独りになることを望んでいるのだ。
逆らっては何があるか分からないのだ。
八剣はそのまま、トボトボと山上が連れ去られた方向へと歩いていく。
「王女様、この者は何か嫌なことを考えております。お気をつけください。おい、走ってこの場から立ち去られよ。王女様の命に叛く気か?」
側近は八剣を睨み付けながら、シッシッっと手を彼女を追い払っていた。
そんな側近に向かって、王女様は小さな声で呟く。
「あなたもですよ。私はこの場の全員に言ったのです。静かに向こうで待ってなさい」
「!?」
側近は顎が外れるくらいに驚き涙を堪えながら、八剣の後を追いかけていった。
そして、その場に残されたのは、いまだに気絶している生徒会長と王女様だけに……。
王女様は、気絶している大台ケ原を二、三度チラッと眺めた後、見なかった事にする様にそのまま病院の中へと入っていった。




