悪魔の館へLet's Go
昔、昔のお話。
「おい、小僧。お前はこのまま今後の人生を生きようと思っているのか?」
ここは暗い鉄格子の中。
一人の少年が静かにうずくまって震えている。
彼の体は痩せており服もボロボロ。
その虚ろな目は真っ暗に染まって、もはや未来すら見ていなかった。
そんな少年に悪魔は鉄格子の外から話しかけているのだ。
「おじさん。僕はお父様にも兄ちゃんにも見離されているんだ。友達も遊びに来てくれないんだ。そんな僕が生きるなんて考えることも出来ないよ。みんな僕の事を忘れているんだ。
おじさん。どうしておじさんは僕と仲良くしてくれたの?」
少年は頭をあげて鉄格子の外に話しかけた。
彼には今、姿の見えていない悪魔としか話し相手がいない。
彼にとって話し相手がいるということは重要なのである。
「この世にはな…お前みたいに救われたくても救われない。権力の高い者や悪い貴族なんかのようなゴミみたいな奴らが沢山いるんだ。僕はただ、そんな奴らが嫌いなだけだ。そして、偶然お前に出会った。だが、それは運命的な出会いなんだ」
鉄格子の外で姿が見えないおじさんはとても優しく甘い声であった。
当時の少年にはどれ程立派に思えたのだろうか。
悪魔は今、彼にとっての憧れの存在となってしまったのだ。
「おじさん優しいですね。でも、僕と仲良くしたらおじさんも嫌われてしまいます。
ですから、これからはもう僕の事は忘れてください」
「!?」
少年の気の使いように悪魔は驚く。
こんな若い少年でさえ、ここまで他人に気を使うような環境であったのだろうか。
「なっ、なら、俺と契約しよう。
そうすればお前にはお前の大切な者を守る力をあげよう。
もう誰も、お前をひとりぼっちにはさせない。
お前はもうこんな世界ばかりを見なくていいんだ。
契約内容は簡単な事だ。
さぁ、俺がお前を救ってやる」
「──どうして、そんなに僕の事を心配してくれるんですか? 僕はいらない子なのに……。
おじさんとだって、数回しか話していないのに……」
「お前は俺に必要なんだよ。
なぁ、お前はこれから何をしたいんだ?
契約すれば私が叶えてあげよう。
さぁ、願え!!!
君の欲望を満たすという事を約束しよう」
────────────────────────
舞台は現代へと移る。
「何でよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
夕方、大きな檻を乗せた馬車が国市を出発した。
その馬車の周りには、俺と英彦、そして駒ヶ。
檻の中にいたのは、妙義と黒である。
この馬車は理市に向かって進んでいるのだが。そんな中、黒は鉄格子を強く握りしめながら嘆いていた。
「仕方がないだろ。お前らに逃げられたらこの町が終わっちゃうじゃないか。
それに途中で敵の刺客にでも連れ去られたらそれこそ危険だろ?
これはお前らの安全のためなんだよ」
俺は檻の外からそう言って黒を宥める。
実際に妙義と駒ヶが敵に襲われたのだ。
理由は知らないが、二人の身が危険なことには変わりないのである。
「何言ってるのよ。この私が悪魔なんて恐れる訳がないじゃない。ちゃんと対策は用意してきたのよ」
黒は自慢げに手に持っていた黒色の袋を開く。
そして、黒が中身を取り出そうとした瞬間、俺は冗談を言ってやろうと計画を実行した。
「ドラキュラじゃないんだから、その中の物はニンニクと十字架だとか言うんじゃないぞ」
「!?」
黒は黒色の袋に取り出そうとした物を戻す。
そして、為す術が失くなったようで、
「……もうダメだわ。終わりよ。私たちはみんな殺されるわ。みんな、どの場所の土に帰りたいか今のうちに考えるべきよ」
檻の中で黒は放心状態になってしまった。
「きっと大丈夫ですよ……」
そんな黒を英彦は必死で宥めるのだが、絶望に染まりきった黒は手強いようだ。
そんな二人の様子を見ていると緊張感が少しだけ緩んでしまう。
しかし、駒ヶと妙義の方に目をやると緊張感が逆に引き締まってしまう。
沢山の箇所を怪我している二人の様子が敵の力を表す象徴のような物だからだ。
それほどの戦いを事前にしてきたのだ。
俺は急に帰りたくなってしまった。
「──しかし、明山 こんな山道で本当にあっているのか? それに連盟の奴らは?」
駒ヶは馬車の荷台に座りながら顔を俺の方に向けてくる。
「ああ、冒険者連盟の情報を握っている店長がそう言ったからな。この道の先らしい。
あと、連盟は奇襲作戦を考えているらしいんだ。
つまり俺たちは囮なんだとよ」
その解答に、駒ヶは付喪連盟に納得がいかないとでも言いたそうな表情を浮かべると、再び沈み行く夕日を眺め始めた。
俺たちが理市のとある山に登ってしばらく経つと、辺りの様子が変わり始めていた。
まるで何かが体をすり抜けていくような感覚に襲われ始めたのだ。
「──ねぇ、明山。なんだか急に気分が悪くなってきたわ」
「──確かに、異様な雰囲気だ」
一歩一歩前に進む度に体への異変が感じ取れる。
風は止み、音は静まる。
だが、それでも馬車は先へと進んでいくのだ。
宙に浮いている空気が、まるで煙のようにまとわりついてくる。
何もないのは分かっているが、この場所は死が漂っているのが実感できている自分を責めたくなる。
「──近づいているんだな。俺たちはあの悪魔に……」
「この先に……」
既に、廃城の屋根が俺たちの視界に写し出されていた。
そうして、見えてきたのは異様な雰囲気を醸し出す廃城。
「これは!! こんな山奥に廃城が」
「ここだ。この場所が悪魔のいる場所か」
「ついに戦うときが来たのね。悪魔が相手なんて腕がなるわ」
「──行きましょう。みなさん」
この廃城はどれ程前に建てられたものなのだろう。
廃城といわれるわりにはどこも崩れたり欠けたりしていないように見える。
また、廃城からは邪悪なオーラがあふれでている。
まるで、この先に進む事を警告しているよう
に……。




