桟敷さんは引きこもらせたい(narou)
路地裏の段ボールの中にいたのはウサギさん。
ウサギさんはヒクヒクと鼻を動かし、死神さんの顔色を伺っている。
「ウサギさん。迎えに来ましたよ?」
死神さんは優しくウサギさんに手を伸ばそうとしたのだが。
その時、マオがとっさに叫ぶ。
「死神っち、それはワナだよ!!」
死神さんがウサギさんに触れた瞬間、死神さんの周りを鉄の柵が張り巡らされる。
「これは??」
死神さんが自身の大鎌で斬ろうとしても柵はビクともしない。
「死神っち!!」
ヨーマが死神さんを心配して駆け寄ろうと走り出したのだが。
マオが肩を掴んで止める。
マオの目線の先には柵の後ろから現れた1人の男。
「めんどくさいな本当はダラダラしていたいのに……。太陽が眩しいぜ。あー引きこもりたい」
目に凄いクマが出来て、前髪の長い前屈みの痩せた男性。
彼は太陽光を手で遮りながら、兄妹の目の前に現れる。
「死神っちをどうするつもりだ?」
「死神っちをどうするつもりなの~?」
2人の兄妹に問われた男はその質問に答え始めた。
「僕は『桟敷』。エルタ様親衛隊の1人。
僕は働き疲れで暗い気分の者、人間関係が辛い者、悩みがある者、後悔がある者、そういう心が辛い者を助ける正義の味方。牢屋の付喪人だ」
彼は自分自身を正義の味方だと思い込んでいるようだ。
おそらく奴は自分の行いが正義だと信じきったどす黒い正義の味方なのだろう。
彼にどんなに要求しても叶えてはくれないだろうが、一応兄妹は解放するように頼んでみることにした。
「死神っちを返せ!!」
「返せ!! 返せ!! 死神っちを返せ!!」
だが、もちろん桟敷の返事は決まっている。
「駄目だ!!!
いいのかい? その中にいれば年を取る事もなく堕落できる。永遠が手に入る!!
心が傷つく事もなく幸せに過ごせる。僕は全ての大人をこの至福の牢屋に入れて平和な世界を作るんだよ」
桟敷は至福に包まれたような表情を浮かべて、悶えている。
例えるなら、センテネルレベルの狂人だ。
やはり、桟敷には要望が通用しない。
兄妹は諦めて、実力行使で行くようだ。
「ヨーマ、仕方がないかな?」
「お兄様、本気はダメですよ。妾が行きます」
マオが死神さんを助けようとすると、ヨーマがそれを止める。
「いらっしゃい~。君を僕の牢屋に入れてあげよう」
桟敷は自身の掌を上に向ける。
すると、宙には小さな牢屋がたくさん浮いている。
大きさはポストくらいだろうか。
もしかすると、あれに当たった者が囚われの身となってしまうのか。
ヨーマはそう判断して上に注意しながら、自分の意見を桟敷に伝える。
「ごめんなさい。妾は永遠なんて嫌なの。命は成長するから美しい。止まった美など美じゃないって妾は思ってるのよ~」
「そうか。残念だな。でも味わえば分かるよ永遠の素晴らしさをね!!」
その返事を聞いた瞬間、ヨーマは死神さんを助けるために走り出す。
次から次へと落ちてくる小さな牢屋。
それはまるで流星のように地面に落ちてくる。
ヨーマはそれに魔法を当てて墜落させていく。
「『ジェネレート・ウォーター』!!」
ヨーマは水を掌から生み出し、
「『プロドユース・アイス』!!」
その水を凍らせて牢屋にぶつける。
しかし、氷1つで牢屋1つを落とすのが精一杯。
「……僕も嘗められたものだ。そんな初級魔法で対抗されるなんてね」
ヨーマが放っているのは初級魔法。
上級魔法でも撃てるなら少しは対抗できるだろうが、初級魔法ではギリギリの状況だ。
それでも、ヨーマは初級魔法で作った氷を発射する。
「もしかして、戦いは初心者だな?
なら、圧し倒してやろう~」
桟敷はさらにやる気を見せると、先程よりも多い量の牢屋をヨーマに向けて発射する。
耐え忍ぶヨーマ。
彼女は何か思う事があるのだろう。
必死に牢屋を撃ち落としながら、マオの方を見る。
「我は助けないよヨーマ。どうなっても知らない」
その返事をマオから貰ったヨーマは再び桟敷に目先を向ける。
「『セコンド・アヘッド』」
遂にヨーマは氷を当てるのを止めて、別の魔法を唱える。
その魔法を唱えた瞬間。
刻は止まり、ヨーマ以外は動くことができなくなった。
しかし、今の状態のヨーマに止められる時間はせいぜい5秒。
その5秒間はなにもされる事はないが、その間に何かしなければならない。
ヨーマは貴重な5秒間を有効に使うために……。
ヨーマは走る。
4秒……。
そして、彼女は桟敷の目の前に移動することができた。
3秒……。
彼女は魔法を唱え始める。
この一撃で大ダメージを与えるために。
2秒……。
「『スポーン・スピア』」
1秒……。
今度は槍を生成する魔法を唱え、手に握るとそれを思いっきり桟敷の身体に突き刺す。
これが急所に当たったか外れたかは分からないが、ダメージは与えられるだろう。
0秒……。
時が動きだし、桟敷は自身の身体に突き刺さっている槍に気がついた。
「痛ってぇぇぇxwxwxw!?!?」
傷口から血が流れ出る。
槍は奥まで突き刺さっており、傷は深い。
「人相手にここまでするか?」というレベルの怪我を負っている。
下手したら逮捕されるかもしれない。
しかし、彼女は攻撃してしまった。
その事が一瞬だけヨーマの脳内を巡る。
その一瞬を桟敷は見逃さなかった。
ヨーマの真上から落ちてきた小さな牢屋。
彼はこのために1つだけ牢屋を宙に残しておいたのだ。
「!?」
こうしてヨーマは閉じ込められてしまった。




