インセクト・ハザード
次の日。
昼を過ぎても王女護衛隊達はまだ山の中を進んでいた。
馬車は山道を長々と走る。
周囲の景色は木々ばかりで、野生の生き物の鳴き声が響く。
これを平和と言わず何と言おうか。
最初に真ルイトボルト教の信者に襲われて以来、全く戦闘が行われないのであった。
「今日もいい日だな。体が軽く感じるよ。歌でも歌えそうだぜ」
「お断りするわ」
黒が真顔で俺に返答してくれる。
まったく、昨日の問題の答えをちゃんと選ばなかったから拗ねているのだろうか。
「それほど怒ることか?」と思いながら、ふと横をみてみると妙義が暇そうに外を眺めている。
「なぁ、妙義? 何か変化はあるのか?」
「残念だがなにもないな」
外の景色はまるで移動していないかのように、変化を見せない。
「はぁ~なんか、面白い事でもないかな~」
女子3人と旅行旅なのに、これほどまでに進歩がないのは悲しいものだ。
もう早く王都に着かないかな~。
なんて、そんな事を考えるばかりだ。
こんな状況が続いてしまうと、逆に不安になる。
今、俺と王女様は命を狙われている状況なのに、こんなに平和でいいのだろうか。
「何だか旅行していると考えるほど、平和ですね。何だか天国みたいで楽しいです」
暇なのが耐えられなくなったのだろうか。
死神さんがふと、信じがたい冗談を発する。
「フッ、死神さんは冗談が上手いんだな」
妙義はその冗談?を聞いて少し笑っているのだが、俺には冗談に聞こえない。
そんな話をしている死神さんと妙義を見ても分かるように皆、平和ボケしているのだ。
特に死神さんは朝起きた時の寝癖の悪さが今の状況の緊張感の無さを物語っていたが、おそらく他の馬車の中でもそうなっているのだろう。
「このまま、何事もなく終わればいいねぇ~」
「おい、黒。そんなフラグ感満載な事を言って…………」
その時、急に馬車が止まりだした。
何かあったのだろうか。
衝撃で馬車内が大きく揺れる。
「何だ?」
揺れが治まった後で、俺は窓の外を覗き込む。
すると、遥か先頭の馬車が突然倒れてきた大木に進行を邪魔されている。
道を封鎖する様にして倒れた大木。
誰もこんな場所で足止めを喰らうなど予想もしていなかっただろう。
「はぁ、また進行できないのね。誰かあの木を退かせる程の付喪人はいないのかしら……」
同じく窓の外を覗きこんだ黒もため息をついて呟いた。
一方、馬車達の外では今もなお、倒れた大木を退かそうと沢山の人達が試行錯誤している。
「おい、何をやってるんだ。早く能力か何かでこの木を退かしてくれ」
兵士の一人が護衛隊の一人に頼み込んでいるのだが、
「それが、朝から調子が悪いんです」
困りながらも一人の付喪人は調子が悪いようだ。
「じゃあ、お前は?」
返事を聞いた兵士は周りにいた付喪人にも聞いてみたのだが、
「実は俺も」
「私も調子が」
「疲れてるのかも」
全員が同じく能力が使えないようだ。
「何のために依頼したと思ってるんだ。チクッショゥ。誰かー、魔法使いや冒険者はいないか?」
そう言いながら兵士は再び馬車に向かってこの大木を退かせる者を探しに行った。
そうしてその場に残された付喪人達。
彼らは兵士に不満を言われて悔しく感じながらもその場にたたずむしかない。
「おい、どうしたんだよ。お前。何で大木に耳を当てているんだ? お前大丈夫か?」
その中の一人の男がとある事に気づき、男に声をかける。
その目線の先には男が倒れた大木に耳を当てているのだ。
大木に耳を当てていた男は言った。
「静かにしてくれよ。聞こえないのか? この木の中から変な音がするんだよ。ガサガサと聞こえるんだよ」
そう返されて興味を持った者達が倒れた大木に耳を当てている。
ガサガサ……ガサガサ……。確かに聞こえてくる。
この倒れた大木には何かがいるのだろうか。
「なぁ、皆は聞こえるだろ? 何かがいるんだよ」
男がそう言うと、同じく聞いていた人々は皆、同意の声をあげた。
「本当だ。 悪かったな」
「ああ、分かればいいよ」
そう言いながら大木に耳を当てていた男は耳を離そうすると……。
「なぁ、お前……どうしたんだよ」
男は耳を当てていた男が心配になり声をかけた。
「なぁ、助けてくれよ。耳が離れないんだ。ペッタリとくっついているんだよ」
すると涙目になりながら男は必死に大木から耳を離そうとしていた。
どうやら他の耳を当てていた者たちも離れないようだ。
「なぁ、助けてくれよ。音がだんだん大きくなってるんだ。俺はただ気になっただけなのに。ヤバイ何かが耳に当たった。イダァダダァアダァダダダ。何かが耳の中を入って…イッデデデェェェェ!!!!!!」
突然、耳を当てていた者達が痛みに悶え苦しみ始めている。
「あんたのせいだ。イギャ」
「何とかしてくれ。イデデデデ」
「責任をとれ」
そうやって後から耳を当てていた者達は恨みの言葉を耳を当てていた男にぶつける。
1人の男に向かって投げ掛けられる恨み怒りの負の感情。
そして聞こえる叫び声。
悶えながらも身を安全な場所へ移動させることも出来ずに、ただ死ぬまで耐えないといけない。
神経一つ一つに響く痛み。なかなか取れない地獄の痛み。終わらない苦痛。
そして、ガサガサと音が聞こえ、微かに羽音も聞こえる。
「「…………………」」
血を流す。
叫びは止まる。
涙は枯れる。
もう痛みは感じない。
周囲が暗くなる。
すでに生命活動が出来なくなった耳を当てていた者達はもう動かない。
そして、その死体を宿として食い破りながら流血と共に外へ飛び出すモノ。
「逃げろぉぉぉ!! 皆ぁぁぁ!!!」
そう言いながら、逃げ出そうとする人々。
死体を喰い破り飛び出してきた大量の蟲。
生きている彼らに向かって襲いかかってくる蟲達。
現場はパニックと化した。




