5都市の王女
しばらくの間、何の出来事もなく。
その場所に待たされていた俺たちだったが、ようやく話が進み始めたようだ。
どこからか現れた高級そうな馬車がホテルの入り口の前に停車したのだ。
沢山の執事がホテルの入り口にカーペットを引きはじめる。
その上を一人の少女が歩いているのだ。
「マナスル王女。お足元にお気をつけください」
側近の男性は彼女の手を握り、優しく馬車の中へエスコートをする。
王女の後を二人の従者が護衛している。
その二人の前に美しいドレスを着た少女が歩いているのだ。
俺にはその一瞬しか見れなかったが、高貴な身分であるのは明らかであった。
一瞬だけ視界に入ってきたその姿。
金髪でロングヘアーの幼い少女。
この国の誰からも愛される少女の顔色はどこか悲しみを感じた。
その王女様達が馬車に乗り込むと、列になって並んでいた護衛達は急いで馬車へと乗り込む。
出発が護衛のせいで遅れでもしたら、後であの鬼隊長兵士に起こられてしまうからだ。
「それでは、出発する」
その掛け声と共に、王女様を乗せた馬車はゆっくりとホテルを後にする。
王女様を乗せた馬車を挟むようにして沢山の護衛用の馬車も進み始めた。
今、この瞬間から護衛の任務は始まるのだ。
「なぁ、なんでなんだ?」
俺は馬車に揺られながら、ふと呟く。
「何か疑問でもあるの? 馬車が嫌いなの? 酔う派なの?」
黒が心配そうに俺に話しかけてくれた。
「いや、そうじゃない。護衛ってこのまま馬車で移動なのか? 車とか使わないの?」
「仕方がないですよ。王都に行くまでの道は厳しいですから。車じゃ通りにくい所もあるんです」
死神さんがにっこりと俺に笑いかけながら教えてくれた。
「そうか。そうなのか。ありがとう死神さん」
俺が死神さんにお礼を言うと反対側の席から、
「ねぇ、妙義。今日の明山さんって、なんだかいつもより素直よね」
「ああ、何かあったのかな?」
両手に色紙をいっぱい抱き抱えた妙義と白紙の色紙を持った黒は俺を見ながら呟いていた。
ただ今は、護衛日初日の真昼。
護衛完了までの時間はまだまだある。
始まってまだ数時間であるが、黒はもう飽きてしまったようだ。
「明山さん~。なんだかつまらないわね」
「それは平和ってことだぞ~」
俺たちの馬車はほのぼのとしていた。
景色は既に町を離れて山の中に移る。
ほのぼのとした雰囲気を醸し出している馬車はおそらくここだけであろう。
他の馬車内ではみんな任務に緊張して震えている気がする。
「平和だなー」「平和ねぇー」
そんな唯一の平和を感じられるのがこの馬車なのである。
「あのな、お前ら二人とも緊張感を持っていかないといけないぞ」
「そうですよ。黒様も明山さんも、緊張感を失わないでください。私たちの任務は護衛なんですよ?」
妙義と死神さんはそう言ってくるが、俺たちは今のうちに平和を楽しみたいのだ。
「俺たちだって分かってるよ。でも平和な今を楽しんでいないと今後、やっていけないだろ? だから俺達は今、平和を楽しんでいるんだよ」
俺に続いて黒も二人に意見をもの申す。
「そうよそうよ。平和を吸収してるのよ。確かに今から敵が攻めてきたり、モンスターや付喪神が襲ってきたり魔王軍幹部が来たとしたら別だけど……」
そんな2人の意見を聞いて、妙義も死神さんも呆れている。
この時、俺には分かった事が2つあった。
1つ目は、黒はあの時、俺に賛同したように言いながら、本当の目的は真ルイボルトを今でも憎んでいる。
だから、俺をエサに奴らをおびき寄せるつもりなのだ。
おそらく、その準備の為の休憩でもあるのだろう。
そして、2つ目は、今の黒の発言がフラグ染みていた事である。




