最終回 船旅
9. 7月14日(土)夜~16日(月・祝)
フェリーを、私は愛している。
伊勢湾フェリー、東京湾フェリー、宮島フェリー、青函連絡船(青函フェリー)。
そしてフェリーではないけれど、長距離旅客船おがさわら丸。
だからこそ、この東京――新門司間を結ぶ東九フェリーは、一度は利用したいと思っていたのだ。
だけど、同じフェリーでも、東九フェリーは他の海峡フェリーとは質が違っていた。
また同じ長距離旅客船でも、おがさわら丸(東京――小笠原父島航路)とも違っていた。
まず、乗船方法が違う。私の記憶にある海峡フェリーは、前(後)から車両甲板に入って、後(前)の車両甲板から出るという一方通行タイプだった。けど、東九フェリーは、船腹から入り、車両甲板で誘導に従い曲がったりバックしたりで駐車位置に着けた。ちなみに、現在の青函フェリーもこのタイプらしい。さんふらわあ(苫小牧――大洗航路)にも乗ってみたいものだ。
そして船内。おがさわら丸とは違い、設備は充実している。さすがに週一便、一隻の船で諸島の物流を賄っているおがさわら丸と、一日一便、4隻の船で西日本沿岸を行き来する東九フェリー(しかも今回搭乗した「しまんと」は、2016年5月に就航したばかり)を比較するのは、もしかしたら間違っているかもしれないが。
また、フェリーと言うと、「雑魚寝部屋」を連想する。が、東九フェリーは相部屋洋室でも寝台特急のように、最低限のプライベートスペースが確保されるようになっている。
そして私が取ったのは、2名個室。一人で使うには贅沢だが、その一方で空間を自由に使える。テレビと冷蔵庫、そして小さな机が備え付けてあり、かなり自由な空間だった。
14日午後7時30分、出港。東九フェリーは、東京港と新門司港の間で、四国徳島港に寄港する。そして新門司――徳島航路は「第一航路」と「第二航路」があり、本来は新門司港から真っ直ぐ南下して、足摺岬を回って室戸岬から北上、徳島港に入港する。けど、古からの言い伝えによれば、「土佐灘の波濤猛るとき、第二航路の門開く」のだという。
第二航路、すなわち「瀬戸内航路」。航海の難所であり、航海士の実習にも使われるというそのルート。残念ながら夜間だけど、そこを抜けることがあるのだという。
ただ残念ながら、「太平洋高気圧が大きく張り出し、波は穏やか」だそうで。……つまらん。
その日は、持ち込んだポケットウィスキー(180mL)を空けて、ベッドで就寝。おやすみなさい。
翌、15日午前。ひどい頭痛で目を醒ます。
まず船酔いを懸念するけど、三半規管の混乱に起因する吐き気がない。だとすると、宿酔い? そうであれば、寝てれば治る。
10時頃。徳島港入港。頭痛は収まらず。その時、ふと気づいたことがあった。
船室のエアコンの室温設定。21℃を指していた。……何のことはない、風邪を引きかけていただけだった。
エアコンの設定温度を26度に変更し、また毛布を一枚余計にかぶり、もう一休み。
午後3時頃。頭痛はすっきり収まっていた。
現在位置、紀州灘(和歌山県潮岬沖)。少し揺れを感じる。
フェリー内の風呂に浸かる。……波のある風呂。これも面白い。
そしてパブリックスペースで食事。このフェリーには、レストランは無い。自動販売機の食品を備え付けの電子レンジで調理する。
味は、不味くはない。というか、ファミレスの厨房を見たことがないけれど、こんな感じではないかと思ってしまった。
そして部屋に戻ってスマホで読書。丁度いい機会だと、溜めておいた『不死者に愛の手を! RH-』(ノクターンの為Nコードは掲載しません)を一気読み。うん、何故これがノクタなのかわからないんだよ?
そして日が暮れ、遠州灘に差し掛かると、さすがに陸から距離があり過ぎて、電波が届かなくなり、読書は諦めて自作の執筆(推敲)並びに本エッセイの執筆をはじめる。
けど空間事情で電波が一瞬入ったりすると、Gさんの活動報告に足跡を残してみたりして。
で、16日朝。日の出を撮ろうと朝の4時前に起き、展望デッキに上がってみたところ。
水平線には分厚い雲が。そして、周囲には多数の船が。
そう、既に浦賀水道に入っていた。
浦賀水道は、海上交通の要衝であり、交通集中による渋滞が起きていた。だから、当然ながら微速前進。7時着岸予定、と考えると、実はこの時間でももうそんなに余裕がある訳ではない。
だからパブリックスペースで朝食をとり、もう一度風呂に入って、着替える。
それほどのんびりしたという程の時間も置かず、入港間近のアナウンス。東京に、戻って来たんだよ?
10. 旅行総括
長距離ドライブ、観光地巡り、なろうで知り合った友人との個人的なオフ会、そして船旅。
考えてみれば、たった4泊5日で、盛り沢山な旅行になった。
今回の反省点としては、現地の下調べが不十分過ぎたこと。特に北九州周辺の観光地は、もう少し調べておけば、もう少し有意義な旅が出来たと思われる。
また、辺境(下関)といえば、フク(現地では、「河豚」のことを「フク」と呼ぶ。「福」に掛け、また「フグ」は「不具」に掛かるからと言われるそうだが、歴史的には「フク」が正しい呼び方な模様)だが、フクの旬は冬。「てっちり」(フクの別名「てっぽう」――「当たる/中ると死ぬ」の意から――のちり鍋)に代表されるように、冬にこそ美味しいフク料理がある。一方私の仕事は1-6月が忙しいというのなら、11-12月頃にスケジューリングしておけばよかった。
瀬戸内航路を楽しみたいというのであれば、「フェリーさんふらわあ」が〝昼の瀬戸内感動クルーズ〟を神戸――大分間で行っている。これに焦点を合わせるという計画もあっただろう。一日目・神戸泊、二日目・大分泊(船内泊)、三日目・辺境泊、四日目・帰宅、というスケジュールなら無難。但し、さんふらわあの運航スケジュールは年四回で固定だから、上手くスケジュールを合わせられるかが問題だが。
その意味では、全部中途半端。けど、次回の襲撃に合せるテーマを絞れたことで、実りある旅だったと言えよう。
うん、遠隔地に友人がいると、旅の楽しみは増えるんだよ? また行きたいな?
(2,562文字:2018/07/23初稿 2018/07/23投稿予約 2018/07/29 09:00掲載予定)