第一回 準備
1. 発案
今回の旅行の企画は、かなり早い時期に起案された。
「小説家になろう」で知り合った、とあるユーザーさん。仮名候補が売り切れだった(仮)ので、ここでは「Gさん」とする。きっと夜の台所に蠢く黒いアイツではないはずだ。
彼は、自身の個人情報の秘匿に関して脇の甘いところがあり、活動報告等の記述をいくつかピックアップすると、彼の本業と住所地の特定まで容易に行えてしまったのだ。実際、彼の作品の感想欄に書き込むユーザーの常連たちの多くは、その店の名前を知っていることだろう。
そのGさんの作品が、この春書籍化された。その第1巻発売日に、彼のお店のカレーを『お取り寄せ』することで、そのお祝いとすることにした。
けれど。気に食わなかったのだ。カレーの代金とほぼ同額の、宅配料に。
これじゃぁGさんではなく、宅配会社を喜ばせるだけじゃないか、と。ならここは、直接足を伸ばして彼のお店に行き、そこで彼の自慢のカレーを食べさせてもらうことにしよう、と。
ところが。私の本業が、1月から6月までの上半期は、涙が出るくらい忙しく、その時間を捻出することが出来なかった。そうこうしているうちに、Gさんの作品の書籍版は好調な売れ行きを博し、6月に第2巻の発売が決定した。
時、今こそ来たれり。
ここから、命名「突撃!辺境のカレー屋さん」計画が発動したのであった。
2. 事前計画
まず、交通機関の選定。
彼の住まう町まで行くには、単純に1.「飛行機で行って現地はレンタカー」、2.「新幹線で行って現地はレンタカー」、3.「車で現地まで」、4.「バイクで現地まで」、と四通り選択肢があった。けど、1.と2.は採りたくなかった。その理由はいくつかあるけど、最大なのは『旅は往来の道中にこそ楽しみがある』という、私自身のポリシー。飛行機や新幹線で現地に飛ぶのは、旅行ではなく出張だ。旅は、「点」ではなく「線」なのだから。
では、3.か4.。実は本命は、4.の「バイクで」だった。が、これにもいくつかの問題があった。
スケジュール的に、「復路は土曜日、翌日曜日を完全休養日に充てて、月曜日に疲労を残さない」というのが前提だった。
またGさんの、活動報告への書き込みや感想返信のタイムスタンプから読み取れる、彼の手が空く時間帯。それは、午後3時以降と判断出来る。そもそも、軽食中心の喫茶店に、午前中~ランチタイムまでの時間帯に押しかけるなど、迷惑この上ない。その一方で、彼のお店のカレーを堪能するのがこの旅の目的なのだから、あまり遅い時間に行きたくもない。
そういった事情を加味すると、訪問時間は午後2時半から午後3時、となる。
午後2時半に彼のお店に着くように家を出ようと考えると。
家から彼のお店まで、距離にして約1,000km。13~15時間かかる計算になる。
バイクで一日1,000km。走れない距離ではないけれど、到着後疲労で動けなくなること請け合い。また、帰路に充てる体力も残らないだろう。なら、途中姫路または岡山で一泊し、それから彼のお店に行く、というスケジューリングになる。
が。前述のスケジュールに当てはめると。姫路泊では「水曜日出発、木曜日現地入り、金曜日にお店襲撃」となる。が、さすがに三日有休を取れるほど、職場に余裕はない。一方で岡山泊では「木曜日出発、金曜日に現地入りしてその足でお店襲撃」となるが、問題はそのあと。復路が土曜日から日曜日、となることで、休養日が作れなくなる。
消去法で、車。「木曜日に出発、その日のうちに現地入り。金曜日午前は現地の観光をし、午後に彼のお店の近くの宿に荷物を置かせてもらい、お店襲撃。土曜日に帰宅」という、計画の骨子がここに完成したのであった。
が。ここでちょっと、色気を出してしまった。私は前述のとおり、飛行機や新幹線で一気に現地入り、というのは好まない。けれど、唯一是認出来る公共交通機関が、「船」なのだ。そして、北九州と東京を繋ぐ「東九フェリー」の船旅は、昔から一度はやりたかったことだった。
で、なんとなく今回の企画にフェリーを入れられないかと確認してみたところ。
北九州新門司港の出発が、19時。東京港着が、二日後の朝7時。この計画にフェリーを入れるなら、月曜日の朝7時に東京着となる。残念ながら、これは無理だろうと一旦諦めた。
ところが。
6月末。月末納期の仕事を溜めてしまい、旅行計画など練る暇もなかった。「俺この仕事が終わったら、Gさんのお店でカレーを食べるんだ」とフラグを建てながら一心不乱に仕事をし、何とか仕事が完了したのが、6月29日。7月上旬の仕事のスケジュールなどを勘案すると、第一週は休みを取れない。なら第二週。そこに、奇跡が起きたのだった。
7月第二週の週末。その翌月曜日。海の日で、祝日。なら、月曜朝東京港着のフェリーは、充分予定に組み込める!
こうして今回の計画がまとまり、Gさんにも連絡した。
はじめはいきなり襲撃して驚かそうと思っていたのだけど、Gさん自身の都合もあるだろうし、お店の都合もある。行って、その日は臨時店休日でした、というのなら私が消沈すればそれで済むけど、行ったことでGさんに迷惑をかける訳にはいかないから。すると、そのスケジュールで問題がない旨返信があった。
よし、いざ辺境へ!
3. 準備
計画が本格始動することで、用意しなければならないものも少なくなかった。
まずは、車。
私が専用使用している車は、HONDA FIT。但し、2002年式。既に16年乗っている車だ。状態は最良で、片道1,000km程度のドライブでどうにかなるとは思えないけど、その一方で14時間アクセルを踏み続けるには、私自身の体力の衰えが不安だった。
うちにあるもう一台の車は、TOYOTA C-HR。昨年春購入したもので、TOYOTA Safety Sense(以下「TSS」)などの最新装備をフル装備。定速維持装置と車間保持の衝突防止装置のおかげで、長距離運転の際の右足にかかる負担が、まるで違う。社用車だけど、社長を拝み倒して、これを借りることとした。
ちなみに。TSSは、それが搭載されている車は非搭載の車に比べ、70%も事故発生率を低減出来ると言われている。が、これは「統計のマジック」だ。そもそも、TSSは外部オプションであり、追加すると車体価格が30万円から跳ね上がる。つまり、購入する人は法人か、又は車両購入にそれなりの資金を投じる余裕があり、且つはじめから安全に対する意識が高い人でしかない。つまり、TSS非搭載であったとしても、事故とは縁の遠い種類のドライバーだという事が出来るのだ。普段から安全に配慮しその為に資金を投じることを厭わない人が導入したTSS搭載車と、それ以外の人のTSS非搭載車。比較の前提が間違っている。
けれどその一方で、自動追従・車間距離保持機能により車間距離の詰め過ぎを気にする必要がなくなり、クルーズ・コントロールで速度維持に配慮する必要が無くなれば、ドライバーはハンドル操作と緊急時のブレーキ操作にのみ集中出来る。特に長距離運転には欠かせないシステムだと言える。
長距離運転の際に莫迦にならないのが、ドライビンググローブ。
汗で滑るとか、逆にベタつくとか。そういったことを考える必要がない。
実は。私はうちの菩提寺の住職に、毎年夏の棚経の際の運転手をするようにと命じられる。
棚経では、檀家を回り、そこの仏壇で和尚がお経を唱えるのだが、その際酒を勧められることも少なくないのだという。昔は飲んで、その足で次の檀家まで運転していたそうだけど、昨今そういう訳にはいかなくなり、私のような檀家の若い衆に手伝いをさせているという訳だ。その際、「まず形から」ということで、白手袋を購入し長時間運転の際には必ず着用するようにしていたら、いつの間にか手放せなくなってしまっていたのだった。
旅行で意外に重宝するのが、電源タップ。
最近はスマホやデジカメ、ノートPCなど多くの電化製品を旅先に持ち出す。けど、旅館に備え付けられている電源タップは、一口か二口しかない場合が多い。髭剃りやドライヤー専用、ということだ。
だから、電源タップを持ち歩く。普通のものより、「分岐タイプのタップ」だと、ACアダプタ同士が邪魔しあわないからおすすめ。
スリッパ。
これは、長距離フェリーの乗船記などのブログを読んで気付いた。確かにフェリー内では、普通の靴よりもスリッパの方が足が楽になる。船内でも売っているという話だけど、一足買っておいても損はない。
けど、これは長距離運転をする車でも、足が蒸れないというのはメリットになる。
が。私は若い頃、それで死にかけたことがある。スリッパのかかとの部分が、車のフロアマットに引っかかり、アクセルから足が離れなくなったことがあったのだ。
だから、今回購入したスリッパは、かかとを固定するストラップのあるタイプ。これなら長距離運転にも使用出来るから。
デイバッグ。
今回はスーツケースの中に二種類のカバンを入れておいた。全体の移動は車で、宿にはスーツケースを持ち込めばいいけれど、現地での観光の際に持ち歩くものを入れるカバンを別に用意したという訳だ。
特に、今回はフェリーに乗る。スーツケースを船内に持ち込んだら邪魔にしかならないけれど、36時間の航海の最中に使うものは小分けして持ち歩く必要がある。
(3,832文字:2018/07/16初稿 2018/07/23投稿予約 2018/07/24 09:00掲載 2018/07/25表現を一部修正(〔かかとを固定するストラップ〕の無いスリッパは、日本国道路交通法違反です))