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スカビオサを君に  作者: ユイ
1/1

愛を失う日

咲良さくら 月夜つきよ

好きな人に一途な女子高生

ショートボブの髪型が周りから少し浮いている容姿は普通の子


先生

細身にシルバーチタンのメガネの塩顔男子

生徒からも親たちからも人気



 好きな人と初めて交わしたキスは、チョコレートの味がした。

カチリと頬に当たった眼鏡の感触をリアルに感じる。現実なのか夢なのか。

夢なら覚めないでほしい。

「月夜くん」

唇が離れた瞬間名前を呼ばれ、唇に彼の吐息が触れる。

「は、い」

 少し私より上にある瞳を見上げれば、初めて見る優しい色をしていた。

「俺は、君の気持ちには答えられない」

そう言って彼の左手が硬い感触を残しながら、頬を滑り落ちていった。



陽の落ちた暗い校舎の廊下に私一人を残し、彼、先生は背中を向けて歩いていく。きっと、もう二度と先生が私に触れることはない。その事を理解した私は、先生の手の感触を洗い流す様に涙を流した。

今日はバレンタインだった。私は一生懸命作ったチョコレートを先生に渡した。先生は、喜んでその場でチョコレートを食べ始めた。彼が、家に持って帰れないからその場で食べた、事に思い当たらず、舞い上がって喜んだ。先生の好きな、ナッツを加えたそのチョコは先生のために試作品を何個も作って一番良くできたものだった。


 初めて先生と話したのは、今から丁度1年前のバレンタインだった。入試の時に一目惚れした一つ後ろの席の男子生徒に私は勇気を出して、バレンタインのチョコを渡した。連絡先を書いたカードも添えて。けれど、彼には別の学校に彼女がいて、そのチョコは受け取っては貰えなかった。失恋した私は、駅で泣きながら何本も電車を見送っていた。手にはチョコの入った紙袋を握りしめていた。

「どうした?」

優しく声がかかった。目を開けると、黒いスラックスと黒い革靴が見えた。そのまま視線をあげれば、見たことのある男性が立っていた。

「君、うちの生徒だろ?どうかしたのか?」

うちの生徒という言葉に、彼が教師である事を知る。見たことあるはずだと思ったけれど、ずっと泣いていたせいで頭は痛いし目も上手く開かない。相当ブサイクになっている。

「ふ、られ、ました」

しゃくり上げながら、やっとの思いでそう返せば先生は、そうかと静かに頷いた。

「よく、頑張ったな」

ポンポンと頭に乗せられた手で不慣れに慰められる。その暖かい手にさらに涙が溢れた。

その後、先生は私を促して次にきた電車に一緒に乗ってくれた。

 それから、先生とよく話す様になった。数学の教師だった彼は、2年になると私のクラスも担当する様になった。先生の授業を受けたくて、朝の課外授業にも参加する様にした。

「じゃあこの問題を、月夜くん」

「はい、X=2です」

「正解」

先生が私を月夜くんと呼ぶその音が好きだった。




「馬鹿だな、お前」

誰もいないと思っていた空間に投げられた暴言に、ヒュッと息を飲む。

「だ、誰?」

階段の方へ話しかければ、トントンと足音が聞こえてきた。

「あいつの噂知らないの?」

現れた黒い影は、私より随分と背が高い。そして、先生より声が低い。

「う、わさ?」

「そ、噂。生徒を落とせるかってゲームを楽しむゲス野郎、って噂」


そんな噂聞いたことがない。そんなの嘘だ、と声をあげようとした時、彼の顔が見えた。

「窪田、先輩」

「なんだ、俺のこと知ってるんじゃん」


ニット笑ったその口元には、色っぽい黒子が一つ。緩く結ばれたネクタイは、先生たちも注意するのをやめた。知ってる。この先輩をこの学校で知らない人間なんているのだろうか。


「まぁ、同じクラスだし知らないわけないか、月夜ちゃん!」

「どうして」

「ん?上の会議室で寝てたらこんな時間でさぁ、帰ろうと降りてきたら、月夜ちゃんとあいつの声が聞こえてきたから、隠れてたんだよね」


カクンと首を傾げて笑う窪田先輩が一歩近づいてくる。無意識に同じ距離分離れた。


「さて、月夜ちゃん。あのゲス野郎を俺がどうにかしてやろうか?」

それはどう考えても悪魔の囁きにしか思えない。それに、先生が本当にそんな事をしているとは思いたくない。

「先生は、そんな人じゃ、ありません!」


強くそう言い切れば、窪田先輩の口元から笑みが消えて乾いた笑いが漏れる。

「あのね、そんな人じゃないなら、既婚者の教師が告白してる女子生徒にキスして、その後すぐに答えられない、なんて発言しないんだよ。盲目も大概にしとけよ、ガキ」


段々と低く強くなる口調に、恐怖で足が竦む。


「大丈夫、俺は月夜ちゃんには何もしないよ」

「先輩はどうして私に構うんですか?」


トンっと背中が壁に当たった。行き止まりだ。動けなくなった私を余所に、先輩は距離を詰めてくる。

ダンッという強い衝撃に目を瞑って耐える。両手を壁につき私を囲い、片膝を私の太ももの間に入れ込まれる。逃げ場がない。


「どうして?俺はただ、かわいそうな月夜ちゃんを救ってあげようって思ってるだけだよ」

耳元で、窪田先輩の声が甘く囁く。女性を落とすことに慣れたそれは、免疫のない私には恐怖でしかない。

「望んでません」

「そうだね。でもきっと、月夜ちゃんは俺の手を取ることになるよ」


声のトーンが初めと同じものに戻った。瞑っていた目を開ければ、先輩の浮き出た喉仏が視界いっぱいに入り込む。甘く重い香りは先輩の香水。それが、じっとりと私の体に絡みついている気さえした。


「月夜ちゃん、意外と睫毛長いんだね」

気づかなかったなぁと笑った先輩の口が私の視界を通り過ぎる。次の瞬間、ズクリと首に鋭い痛みが走った。

「っあ!」

噛まれたのだと分かったのは、家に帰り着いた後鏡を見てから。

その直後は何をされたのか把握できてない。

「ふっ、良い声」


今度は目を合わせたまま、ニッコリ口元を歪めた先輩に私は悟った。

とんでも無い人に目をつけられてしまった。


窪田翠。歳は私の2つ上で、同じクラスの同級生。入学してから幾度となく、女教師を誑かし、首に追い込んだ男。そのせいで、二度留年していて今年3回目の高校2年生になった。学校のほとんどの女性とは、彼に夢中で、彼とお近づきになりたくて仕方ない。

けれど私は、自分の好きな人以外に全く興味がなかった。だから、窪田先輩のことも周りが騒ぐから知っていた、それだけ。

どうして、私が。

そう思いながらも、先輩の甘い瞳の奥に宿る無機質な色から目が離せなかった。




窪田翠くぼた みどり

入学したその日に最年少の女教師とキスしているところを他の教員に見つかり停学

女教師はクビ

そんな事を幾度か繰り返し、2年留年

しかし、勉強も運動も出来るので成績は常にトップ

学内に友達はいない

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