第2章 (1)
その翌日、貸し切りの列車が1本、日中に走った。
施設などないこの辺りでは、ハム駅長がひとつの名物に数えられている。以前はよく、紅哀の滝駅にイベント列車が停車した。しかしそれは先代駅長のときのことで、現駅長ではまだ幼くてストレスになるので、人に囲まれないようにルートからはずしてもらっていた。
先代はハムスターには珍しく、昼行性だった。
通常、ハムスターは夕方になってから活発になり、朝になると眠ってしまうものだ。しかし先代のハム駅長は朝になって日が昇っても眠らず、昼近くまで活発に動いていた。まことに観光大使の駅長としては都合のよい行動パターンで、臨時や貸し切りが紅哀の滝駅に停まり、しばし駅長の見学時間となったのだった。
その先代駅長は物怖じしない性格で、人に取り囲まれても構わずまわし車をカラカラ回しているのだ。カメラや携帯電話を向けられても固まることなく動き回っていた。
新駅長は、ハムスターらしく昼は巣箱で熟睡している。まだ生まれて2ヶ月なので今後変わる可能性もあるが、今のところは順当な生活パターンだった。
先代駅長のことでは、羽祐はほんの少し後悔していた。もしかしたら日中起きていることをいいことに、多大なストレスをかけてしまったのではないか、と。
先代駅長は3年近く生きたので、ハムスターの平均寿命は上まわっていた。しかしそれでも、ストレスをかけなければもっと長生きできたのかもしれないという思いは消えない。これは、もし4年生きたって5年生きたって持つ思いだ。だからこの思いから逃れるためには、「ハム駅長の世話人」という職から離れるよりない。
実際先代駅長が死んだあと、羽祐はどうにもやりきれなくて社長に辞表を出した。しかし社長は受け取ったものの、駅の管理を引き続きお願いすると羽祐の背中をポンと叩いた。今すぐいなくなられると困るというのだ。羽祐も無責任に立ち去ることもできず、そのまま駅の仕事を続けるうちにずるずるといってしまった。そして運転士のコウさんが、娘さんの飼っているハムスターが子どもを産んだので1匹お願いすると駅まで届けに来た。非番の日に、娘さんと一緒に。そうなると断わりきれず、結局2代目の世話人となってしまったのだった。
今考えると、すべて社長の仕組んだことだったように思える。しかし確証もなく、飼う以上は、考えても仕方のないことは考えないようにしようと決めたのだった。
この日は北風が強く寒かった。小部屋はストーブで暖まっていたが、それでも気になって羽祐は駅長のケージに顔を近づけた。先代も、その前に飼っていたのも、眠るときはケージ内にたくさん入れてある紙切れをせっせと咥えて運んで巣箱をぱんぱんにした。まるで人間が何枚も布団をかけて眠るように。しかしこの駅長はすかすかの巣箱で寝る。大丈夫なのだろうかと覗き込むと、駅長は眠そうに顔を出した。そして引っ込んで、見るなとばかりに中からシャシャッと紙きれが押し出てきてふたをしてしまった。