第1章 (6)
羽祐はその晩、いつもより長い時間、駅長を遊ばせた。いつも夜に2時間程度部屋に放すのだが、その日は3時間をすぎていた。
ケージを開けると、まず駅長はポンと表に出て、ちょっとビクビクしながら部屋を一周する。様子をさぐるのだ。部屋は6畳だけど、体調10センチほどの駅長にしてみれば羽祐にとっての野球場ほどにあたる。そこを慎重に進んで行くのだから、最初の一周は15分から20分かかってしまう。
ビクッ、ビクッと体を引いたり固まったりしながら、匂いを嗅いで一歩一歩確かめるように進んで行く。昨日も一昨日もここで遊んでいるんだよ、と羽祐は笑って声をかけるけど、そんな他人の情報になど惑わされることなく、駅長は自分自身でしっかりと確認していく。
途中にはいくつも障害物がある。箱にクッションに毛布に板。それぞれ毎日馴染んでいるものだけど、それでもチェックは怠らない。とっさに身を引ける格好で後ろに重心を残しながら、首を伸ばして匂いを嗅ぐ。
一周したら、あとは自由気まま。普通に歩くようになって、周を重ねるごとに、それがどんどん早くなっていく。トコトコと部屋に駅長の足音が響くことになる。羽祐は、あんなに小さな駅長の足音がけっこう響くことを、いつも不思議に思う。
さらに響くのは、ガリガリと木をかじる音だ。かじれるように木材をあちこちに置いているけれど、箪笥の角や本など、かじってほしくないところの方がどういうわけかお気に入りだ。でも羽祐は、こらこらと言うだけで特に制しはしない。家の柱に注意を向けたときだけは、脇腹を軽くつまんでずるずると後退させる。しかしスルッと抜けてまたかじり、しばらくその攻防が続く。
「駅長、明日はとなりの駅まで出張なので、留守番頼むよ」
羽祐がそう話しかけると、毛布に乗った駅長がきょとんと見ていた。