第1章 (3)
丸花鉄道には日に7本の列車が走る。羽祐が委託駅員を勤める紅哀の滝駅は交換のできない単線の駅なので、上りと下りを合わせて14回、改札仕事をすることになる。
都会から離れたローカル線なので、乗降客はほぼ顔見知りだ。今さっき到着した列車から降りた客もそうで、1人は高校生の男の子。羽祐は小さくこんばんはと声をかけるが、高校生はちょっと睨みつけるように、さりとて視線をあまり合わせず無言で通っていった。この高校生はいつもこうだった。
次はおばあさん。羽祐が声をかけようとする前にこんばんはとあいさつされた。そしてハム駅長のケージにも丁寧にあいさつしていった。
この列車から降りるのはいつも2人なのだが、今日は体格のいいおじさんがホームに降り立った。視線を上に向けて顔を見るとなんのことはない、丸花鉄道の社長だった。
「あ、社長、こんばんは」
羽祐がちょこんと頭を下げる。
「お~、駅長さんも元気じゃないか」
陽が傾く時間で、駅長はケージの中で気ぜわしく動き回っていた。
「しっかりやってるね。昨日、鉄道マニアのおじさんがさ、昼頃来ただろ。あれ古い友達なんだよ、おれの。奴がさ、羽祐のこと褒めてたよ、こまめに動いてるって」
羽祐は昨日の男を思い出した。鉄道マニアはいろいろと話しかけてくることが多いが、その男はあいさつ程度で、あとは駅の周辺を歩いて熱心に写真を撮っているだけだった。帽子も目深に被っていたので、顔はまったく思い出せなかった。
「そうだったんですか。あっちの壁を修理していたのでまじめにやってるように見えたのかもしれないです」
「ハハハ、まぁ謙遜するなよ。その友人さ、昼だったから駅長に会えなくて残念だったって言ってたよ」
駅長はまるで自分のことを話しているのが分かっているかのように、立ち上がって2人をじっと見つめていた。
手が、胸の前でちょこんと合わさっていた。