第3章 (3)
小部屋のノブを捻ると、カチャッと開いた。いつもと同じ、ちょっと引っ掛かかり気味だけど軽い手ごたえ。壊されているわけではなかった。
男が気付いて羽祐に体を向ける。
ウッと羽祐はたじろぐ。ひとまわりどころかふたまわり大きな体。短く刈られた髪の毛が、さらに威圧感を高める。ドンと胸を突かれただけで転がって行ってしまいそうだ。
「あれ、え~っと、ここで働いている人、かな?」
しかし意外にも、体格に見合わない遠慮がちの口調で来た。
「えっ、は、はい、そうです。で、えっと、あなたはどちら様でしょうか?」
羽祐は毅然とした態度で言い返そうとするが、男につられて遠慮がちになる。
「え~っとそうですねぇ。なんて言っていいのか…。あのさ、悪いけどちょっと待っててくれるかな」
男が首をすくめながら、ドアから出て行こうとする。羽祐は迷う。不審者だったら、ここでなにかしていたとしたら、むざむざと取り逃がすことになる。しかしどう見ても、かないそうにない相手。ここは立ち去ってもらうだけで十分じゃないかと思う。いや、しかし…。羽祐は弱気の虫を振り払って、男の腕に手をかけた。
「ちょっと待ってください。いったいここで何をしていたんですか。ここは鍵が閉まっていたでしょう。どうやって入ったんですか?」
羽祐はしっかりと相手の目を見て言った。怖かったが、しかしそんな弱腰でどうする、ここは自分が任されている駅なんだぞ、駅を守らないでどうすると、そう自分に言い聞かせた。ひとつ気が楽なのは、今日が休みで駅長がいないということだ。もしいれば、なによりもそちらの方を守らねばならず、ここまで大胆には出られなかった。しかし今は一人。なにか起こったとしても自分だけが被害にあうだけだ。そう考えると、少しだけ気が落ち着いた。
男はしかし、なにもしてこなかった。
「いや、けっして怪しいものではないんだけどね。でもそうだよなぁ、不法侵入だもんな。分かった、出て行かないから、申し訳ないけど1ヶ所連絡を取らせてくれよ」
羽祐はどうしようか迷ったが、それくらいならと思って手を離した。
「あ、こちらユウジ、どうぞ。ハネヒロ君らしき人を発見。どうぞ」
まるで捜索隊がトランシーバーで連絡を取るような口調だった。羽祐はその話し方も気になったが、なにより名乗ってもいないうちに自分の名前が知られているのがビックリした。
男は通話を終えると、羽祐に苦笑いを向けて、ちょっと待ってねと言った。男の口調はまるで媚びるようだった。