第2章 (7)
紅哀の滝駅をときおり訪れては、持参した酒を呑む女。彼女が丸花鉄道の本社に勤める社員だということは知ったが、名前までは知らなかった。そこで羽祐は尋ねたのだが、
「え、私の名前? えっとね、リス」
と、はぐらかされた。
そこで深追いはせず、そうですかと軽く流して翌日運転士のひとりに聞いた。すると運転士も、彼女はリスだという。どうも、羽祐に聞かれたらリスと答えるようにと、女に先回りされたらしい。
もっとたくさんの人に、しつこく聞けばおそらく分かるに違いない。しかし根掘り葉掘りさぐっているように取られるのがしゃくで、羽祐はそれ以上聞きまわらないことにした。それ以来、羽祐は「リスさん」と呼ぶことにしていた。本人が名乗ったことなのだから、構うことはないはずだった。
しかし、それからしばらくリスさんは来なかった。羽祐の日常はまた、会話の少ない生活となった。駅長さんには家でも駅でもたくさん話しかけているが、これは一方通行だ。
ある日ヨシさんが、羽祐にイチゴのパックを差し入れた。
「いつも本当にありがとうございます」
羽祐が頭を下げると、ヨシさんはもう一つ、ラップにくるんだ小さなイチゴを差し出した。農家が自宅用にと取っておいた、とっておきのものだという。これを駅長にあげてほしいという。まだ夕方の早い時間で駅長が寝ていたので、起きたら必ずあげると羽祐は約束した。
丸花鉄道は沿線に海も雪山もなく、どの季節にも賑わいを見せないローカル線だ。社長がいろいろな工夫をして持ちこたえているが、それがなかったら廃止になっていることだろう。もしこの鉄道がなくなったら、ヨシさんのように毎日医者に通っている人たちはどうなるのだろうか。存続のために羽祐はがんばっているが、その自分のがんばりがあまりに小さく感じ、日々悩んでいた。