第2章 (5)
羽祐は、その日も雲一点ない朝の風景を眺める。冷気は張り詰めて、紙にでも触れれば肌が切れてしまいそう。
光が起伏ある地面に降り注いで、神聖な感じの眺めが広がる。ぱんぱんと手を打って合わせたくなる。寒くてポケットから手を出したくないので、それはしかし気持ちだけだった。
田舎での野外の仕事は、冬は堪えることが多い。水は冷たいし、強い風で埃まみれとなる。しかし晴れ渡る日の景色を見れば、たいへんだという思いも吹き飛んでしまう。
紅哀の滝駅のホームから見わたす朝の風景はすばらしいなぁ。羽祐は心から思う。もちろん自分の管理する駅だから贔屓目に見てしまっていることは承知している。水面がキラキラと輝いているわけでもないし、銀世界でもない。目の前に広がるのは、荒れた山肌。しかもところどころに人工物が点在している、中途半端な田舎。くずれそうな掘っ立て小屋に低い電柱、舗装がはがれたくねくね道。それらが枯れた雑草と木々、そして荒れた休耕地の合い間におさまっている。でも、絶景じゃないからこそ、胸にスッと沁み込んでいってくれる。絵葉書になるようなりっぱな景観ではよそよそしくて、不思議と気持ちに響かない。
ここには、観光地だぞと胸を張らない奥ゆかしさがある。それが羽祐はとても気に入っていた。
ところがこの羽祐の気持ちを打ち砕く人間がいる。ときおり夕方にやって来る、一人の女性だ。
「ここ、ホントにさえない眺めねぇ」
彼女は水筒のふたを取り、そこにフラスコのウィスキーを少し注ぎ、水筒の熱湯でお湯割を作る。それを時々口にしながら、呟くのだった。
「そんなことないですよ。朝の風景は、なんというか神秘的ですよ」
言われっぱなしでは悔しいので、羽祐は反論する。そう勝手決めしてもらっては困るというものだ。
女は待合室のベンチから立ち上がり、遠くまで景色を見渡したあと、羽祐に振り向く。そして、
「やっぱりさえないな。それにあたし、朝来ないから」
と、いつものごとく断定的。この呑み助女が、と思いつつも、羽祐はそれ以上付き合わない。そうですか、と軽く受けてあとは放っておく。
「あら、駅長さんも付き合ってくれるの?」
女がちびちびやっているのにつられてか、駅長も起きてきてカチャカチャと水を飲んだ。