第1章 (1)
タタンタタンと、規則的な音が遠くから響く。箒で待合小屋を掃いていた羽祐は、表に出て、近付いてくるディーゼル車を見つめた。
日差しが眩しくてしかめる。それでも眩しく、箒を持ちかえて、左の手のひらで庇を作った。
音は大きくなる。目に見えているディーゼル車の姿も大きくなる。この音が好きで、いつも聞いているというのに、つい掃除の手を止めて聞き入ってしまう。
ディーゼル車は減速して、短いホームに着いた。ガラガラガラというアイドリング音が、土が半分、コンクリートが半分のホームを通して体に響く。
「おはよう」
「おはようございます」
運転士とあいさつする。降りる客がいなかったので、ディーゼル車はすぐに出て行った。
羽祐はまた掃除に戻る。
箒が古くて、雑に扱うと柄の部分が取れてしまう。ごまかして使っているけど、そろそろ新しいのを買いに行かないといけない。町まで買いに行くの、めんどうだなぁと羽祐はぼんやり思う。できればここから離れたくない。
自転車が一台やってきて、羽祐の自転車の横に止める。高級そうなロード用の自転車だ。日の光を受けて、あちこちが輝いている。
ザルのようなヘルメットを取ってサングラスを外した男は、汗を拭った。そして掃除をしている羽祐に、ホームに入っていいか尋ねた。
「どうぞ、いいですよ。無人駅ですので」
男は小さく頭を下げて、ホームに上がった。そして腰に手をあてて、延びていく線路の先を眺めていた。
羽祐はといえば、その間水拭きをしてゴミをまとめていた。急ぐことはないけれど、30分後に来る上り列車までには間に合わせないといけない。持っていってもらうのだ。
「あの、すみません」
自転車の男が遠慮がちに声をかけてきた。
「はい」
羽祐は手を止める。
「あの、ハム駅長はいないんでしょうか?」
「あ、それはお昼ちょっとすぎてからの出勤なんですよ」
「そうなんですかぁ。うーん、そうかぁ。じゃあ、また来ます」
男はガッカリした表情で、また自転車をこいでいった。
羽祐は駅名標と時刻表の水拭きに取りかかった。まだ、朝から昼へなろうとい時間。ハム駅長はぐうぐう寝ているはずである。