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夏と少女と常連客

「どこにも行かないの?」


おそらくこの店一番の常連客である斎藤誠は、唐突にそう言った。


平日の昼間だということもあって今この店には斎藤と、バイトのヘルプでやってきた清水爽太しかいないのだから、当然爽太に話しかけたのだろう。


「え?どういう意味です?」


爽太はコーヒーミルをコリコリと挽きながら、斎藤のほうに目を向けた。


斎藤はいつもと同じ、もう、すでに指定席と化しているカウンター席の隅に腰かけていたが、スルスルと爽太の前の席に向けて体をスライドさせる。


「いや大したことではないんだけど…。そういえば、今日マスターは?」


「親父は二日酔いです。一日中飲んでたみたいで、今日は俺がヘルプできました」


できたてのコーヒーを斎藤の前に置くと、爽太は上を見上げてため息をついた。


爽太の父親兼、この店のマスターである謙信は、店の二階に作った自室に生息している。睡眠を誰よりも愛するがためにお客がいなくなるとさっさと自室に引きこもってしまい、基本的に店は無人なことが多い。そんな適当な謙信心配して、ほとんどただ働きでバイトをするようになったのが爽太である。


もともと二人暮らしのため、掃除洗濯から食事まで基本的なことはほとんど器用にこなしていく爽太は、マスターよりもマスターらしいバイトとして、お客からかなりの支持を得ていることも事実だ。


「それでさ。爽太くん、今大学生だろ?夏だし、いざ青春!みたいにさ、どっか遊びに行かないの?ってことだよ」


「いざ青春!」でバンッと立ち上がると、斎藤は窓の外を指差した。その先には、果てしなく続いていきそうな海の水平線が見える。


この店の売り文句「海が見えるおしゃれな『かふえぇ』」は、この広く、水の綺麗な海がなければ成り立たない。そういった意味では、海は自分たちの生活を支えているといえる。


「バイト入ってますし、遊びには行かないつもりです。…………………友達もいませんし」


自虐的な爽太を見て、少しひるむものの斎藤は励ますように言う。


「いや別に友達と行かなくたっていいじゃないか!一人で浜辺に座って黄昏るのもよし、海に入って思いっきり泳ぐもよし。なんなら可愛い女子をゲットするためにナンパ術を教えようか?」


「ナンパですか…!ちょっと気になるかもですが、俺は海に入るつもりはありませんよ。もう四年も海に入ってません」


「へぇ〜どうして?ワケ、聞かせてよ」


「じゃあもう一杯コーヒー飲んでってください。仕事まで時間ありますよね?」


さり気なく斎藤の追加注文をねだると自分の分のコーヒーも合わせて、爽太はまたコーヒーミルを挽き始めた。


「俺がここに来た時のこと覚えてます?」



謙信と爽太が都内からこの町に引っ越してきたのは今からちょうど四年前のことだ。


町に1つしかない無人駅は前方180度に広がる海がよく見えるよう少し高めに設置してあり、気が遠くなるほどの階段は、浜辺に向かって一直線に伸びている。長い階段を駆け下りる感覚が大好きで、何回も上り下りしたことは、ぼんやりと覚えている。


引っ越して来た理由はこれといってあるわけではない。謙信曰く、海が見たかったそうだ。


「ああ、よく覚えてる。美少年がやって来たぞって、町中のおなごが騒いでいたわ」


斎藤はガハハと下品に笑うと爽太からコーヒーカップを受け取る。


無理もない。あまり頭がいいほうではないことを除けば、容姿端麗であり、高身長で女子力MAXであり、運動神経抜群であるわけで、かなりのスペックの持ち主だ。と本人は語る。そういう男なのだ。


「こんないい男が彼女いないなんて、本当に泣けますよ、現実に。でも後にも先にも、俺が影響を与えられた女の子は一人しかいないです。」


四年前の夏。ただ一人、爽太のスペックには一切見向きもしない異国の少女が現れた。


イギリスからやってきたということは噂でなんとなく広まっていて、英語なんてものは話せない町の住民は少女を見かけるたび、話しかけられると困るという一心で避け続けていたらしい。だから恐らく誰でもよかったのだろう。話し相手なんて。


『こんにちは』


クリアな発音で彼女は言った。それが少女とのファーストコンタクトである。


「まぬけな俺は、彼女が日本語を話すはずはないと思って、思わず『へろー』って返してました」


「ばっははは!『へろー』はないだろ。『へろー』は!俺でももうちょっとマシな発音するぜ?」


当然少女は綺麗な顔を歪めて、なんとも言えない表情を披露することになった。


そして大爆笑である。自分が英語しか話せないと思っていた町の住民に向けて、また、爽太のアホっぽい顔面と発音に向けて。


「不思議な人でした。笑ったと思ったらふっと冷静になって、何もかも見透かしているような目をするんです。でもすぐに仲良しになりましたよ」


爽太はひとまずカウンター前の脚立に腰を下ろし、ゆっくりとコーヒーの香りを楽しむ。


「ある時、息止め競争をしたいと彼女は海にズンズン入って行ったんです」


可愛いワンピースをびしょ濡れにしながら爽太の手を引く少女はどこか生き生きしていて、いつものどこか冷めたような表情は見せなかった。


かなり沖の方まで爽太を引きずってきた彼女は言う。


『楽しんだモン勝ちだよ。いいね?』


「………ん?どういう意味だ?楽しんだモン勝ちって。息止め競争だから、息を長く止めてた方が勝ちだろ?」


斎藤はコーヒーをすすりながら首を傾げる。


「それは俺にもよく分かりませんでした。でも彼女は確かにそう言って、水に顔をつけ始めたんです」


それを見た爽太も慌てて顔を水につけ、少しずつ、水の中で目を開けた瞬間。いきなり爽太の後頭部に力が加わった。


「年も年だし、俺にそんなことして息ができなくなれば、死ぬことだってありえる。それくらい分かっていたはずなんですよ」


子供が危険だってことくらい分かった上で、それでも高いところから飛び降りてみたり、火遊びをしてみたり。それと同じような感覚だったのだろう。彼女にとっては。


かなり沖の方だったために、頭を沈められた爽太の足は地面から離れた。いよいよ命の危険を感じて、滅茶滅茶に暴れていると、急にふっと力が弱まって、頭から彼女の手が離れる感覚があった。


そんな隙を見逃さない爽太は瞬時に顔を上げて辺りを見渡す。




「彼女はもうそこにはいなかったんですよ」


爽太は少し寂しそうな表情を見せた後、斎藤の方に目をやった。そこにはいつものヘラヘラした斎藤の姿はなく、少し険しい顔をした斎藤が爽太の顔をじっと見つめていた。


「………それで、爽太くんがどうしてそんな嘘をつくのか。俺は今、それが一番気になってるんだけど」


まるで二人がいるその空間の時間だけが止まっているような感覚。数分ほど二人は睨み合い、爽太の口が開いた。


「………な〜んだ。気づいてた…いや、知ってたんですね。親父から聞かされてたんですか?」


「いや、マスターからは何も聞いてない。気がついたってのが正解だ。その話、マスターとミシェルさんの話だろ?」


爽太はふっと息をはくと立ち上がる。


「そうですよ。アレンジは加わってますけど、親父が海で出会った異国の少女、つまり母さんですが、二人が出会った時のエピソードです」


「つまり、爽太くんが海には入らないワケっていうのは、それに関係してるってことか…」


「俺が親父の立場で海に入ってたら、そうなってただろうなってことです。でも俺は結構親父と似てるところあるから、海で初めて会った女の子に一目惚れってこともあるかもしれないし。逃げられちゃったら、立ち直れないじゃないですか。もうちょっと若いうちに遊んでおきたいです」


爽太は斎藤に少し笑ってみせる。


「親父と母さんが出会ったことは事実で、俺が生まれてきたことも事実なのに、俺は母さんに会ったことがない。母さんというものがいたことはないんですよ。ずっと親父と二人。だから、二人の出会いは間違だったんじゃないかって思ったりするんです」


「そんなことないと思うぞ。間違いだったら爽太くんはここにいないだろ。俺の昼休みの相手がいなくなるのは悲しい。だから間違いじゃない!」


斎藤はニッと笑って勢いよく立ち上がると、小銭をジャラジャラと机に置いた。


「釣りはいらないよ。そろそろ仕事だ、また来るぜ」


「代金ピッタリですけどね…。待ってます」


斎藤に背中に、爽太はそっと呼びかける、




斎藤は店をでると、最近になってようやく手に入れたスマートフォンを取り出して電話をかけた。


「あ、もしもし?俺。盗み聞きなんて趣味が悪いじゃないの、マスター?」


スピーカーから、男の声が聞こえてくる。


「はっはっは。………バレてたか。でも、盗み聞きじゃないよ。聞こえてきたの!」


「そっかそっか。まあいいさ。………爽太くんのこと、ちゃんと見てやってくれよ?」


「んー?あいつはヒョロイくせに、思いの外強い子だ。だいじょーぶ、だいじょーぶ」


電話を終えスマートフォンをしまうと、斎藤は海の方へ歩いて行った。

テーマ「私が海に入らないワケ」

藤夜アキさんと共に、テーマ創作の企画に参加させていただきました。


オチが本当に決まらなくて、ものすっごく悩みました。


最後の二人の言葉は、なんとなく察して貰えればな、と思いますが、ヒントが少ない、というか想像できる素材が不足しているため、ちょいちょい編集していきたいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 爽太くんが海に入らないわけ。それを斎藤さんと一緒にドキドキして聞きました。斎藤さんもオチにびっくりしたと勝手に思っています。演技上手はどちらでしょうか。 あちこちに夏らしい描写が散りばめら…
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