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異世界転生・転移関係

『 悪役転生、ただし雑魚 』凡人転生悪役編/試作品

作者: よぎそーと

 ────さて。

 唐突であるが、ここに一人の男がいる。

 この男、平々凡々に小学校・中学校・高校と進学し、そのままそれなりの大学に入学。 

 特にこれといって何もないキャンパスライフを送り社会人に。

 そこから紆余曲折とあれやこれやがあって、まああまり幸せとは言い難い、お世辞でもそうは言えない人生を歩んだ。

 その果てにトラックにひかれて死亡。

 そんでもって転生、という実に分かりやすい流れでもって現在に至っている。

 転生先の異世界で前世を思い出し、ではどうすっかと考えたところで現実と向かいあう事になった。

 正直、この流れを

『不遇な人生 → トラックにひかれて死亡 → 異世界転生 → 前世の記憶を思い出す』

と一行でまとめてしまおうじゃないか、と思わないでもない。

 説明が面倒だし。

 わざわざキーボードで入力するのも疲れるのよ。

 こういう所を面白くおかしく楽しく書いて読者を楽しませるべきなのかもしれぬが。

 だが、そんな昨今流行してると思われる流れと、作者の個人的見解を他所に、主人公はおかれた状況に苦慮して苦悩した。



「なんじゃこりゃ……」

 思い出した前世知識によって彼は自分の立ち位置を理解していた。

「これ、あのゲームの登場キャラじゃねえか」

 これまた典型的なパターンである。

 なんと彼は前世で遊んだとあるゲームと現状が一致してる事に気づいたのだ。

 あらあら、まあまあ。

 なんということでしょう。

 これはとってもびっくりです。

「しかも、あいつって……序盤の雑魚キャラじゃ」

 そう言って見つめる先には、解すな表情と横幅の広い体型とをした男がいる。

 主人公である彼が所属してる盗賊団の団長だ。

 ゲームの中では序盤に登場するチュートリアル/ゲーム説明用の戦闘に出て来る存在だ。

 当然ながら至って普通の雑魚キャラで、ゲーム開始直後の主人公にすら負ける。

 レベル1の主人公にすら負ける。

 そりゃもうカンブナキまでに負ける。

 漢字で表現するのがもおこがましいくらいに。

 カタカナ表記で惨めさや小物臭さを表現してしまいたくなるくらいに。

 決してパソコンの変換で漢字が出てこなかったからではない。

 本当だ、信じてくれ。

 ……そんな序盤の序盤に出てきて、そして徹底的に主人公に叩きのめされる盗賊団の団長。

 その後もゲームのところどころに出て来て、いつも惨めに撃退されるという小物感あふれる行動をとっていく。

 それを笑って楽しんでいたのも良い思い出であるが、実際に自分がそんな立場になったもんだからたまらない。

 しかも団長ではなく、その手下である。

 ゲーム表記では「盗賊A」とか呼ばれてる奴である。

 はっきり言って弱い。

 団長以上に弱い。

 ゲームに出て来る他の雑魚キャラよりも弱いんじゃないかと思う程弱い。

 幾ら何でも酷すぎると思ってしまうほど弱い。

 そういうキャラが必要なのは分かるが、自分がそんな立場になってしまってる事に愕然とする。

(どうすんだよ、これ)

 ここに来て主人公────盗賊AだかBだかCである雑魚キャラ君は危機感をおぼえた。

 同時に、

(抜け出さなきゃ、こんな所から)

と保身に走った。

 忠誠心も誠意もあったもんじゃないが、そんな事言ってられない。

 義理や人情よりも何より命である。

 命を捨てても惜しくない偉大な親分であったら話は別だったかもしれないが。

 少なくとも雑魚団長はそんな人間ではない。

 部下をこきつかって仕事をして、得られた成果の一番美味しいところは全部持っていく奴である。

 無理して従う理由は無い。

 死んでくれるならその方がありがたいくらいだ。

(いっそ、主人公があの団長を確実に殺してくれれば……)

 そんな事すら考える。

 だが、その為にも、まずは逃げなければならない。

 こんな悲惨な現実から。

(……なんか、前世とあんまり変わらない気がする。

 悲惨さとか)

 残念ながら仕方が無い。

 何せ俺の書いてるお話なのだから。

 チートとか主人公補正や運命なんて便利なもんはない。

 むしろ作者本人が欲しい。

 割と切実に。

 かなり本気で。

 それはともかく、それらしい能力を持ってるわけでもなさそうな主人公が現状を覆すには、そんな便利な能力にすがるしかないだろう。

 財力や資産、権力といった先祖の偉業や努力による力はもってないのだから。

 外見についてもそこらに掃いて捨てるほど存在している一般人のレベルである。

 外見で女をたぶらかして便宜を図ってもらう事も出来ない。

 そもそも女そのものが周囲に存在しない

 こんな状況ではやれる事は限られてる。

(隙を見て逃げるしかねえよなあ……)

 それしか手段は無いと思えた。



 逃げたとして、その先があるというわけでもないだろう。

 それに、曲がりなりにも食って行けるのは盗賊団が誰かを襲って奪ってるからだ。

 生きていく手段として知ってるのはこれしかない。

 もちろん前世の記憶があるので、多少は期待をしてるものもある。

 冒険者だ。

 ファンタジーというかRPGでお約束のこの職業はこの世界に存在していたはずである。

 だとすれば、それになってモンスターを倒して稼いでいけば良い。

 ゲームと現実でどれだけ差があるか分からないが、それも出来なくはないだろう。

 盗賊団をやってるよりは良い。

 ただ、すんなりと冒険者になれるかは分からない。

 何かしらの審査があったらまずいだろう。

 盗賊や強盗、追い剥ぎといった前科がどうやって追求されるか分かったものではない。

 そこは慎重にいかねばなるまい。

 なのだが、それも盗賊団を抜け出してからの事である。

 まずは目先の問題として、さっさとここから抜け出さねばならなかった。



(しかし、盗賊に追い剥ぎって……完全に悪役じゃねえか!)

 その通りである。

 歴とした、紛れもない、正真正銘の悪党である。

(なんでこんな事になった!

 これじゃ打ち首獄門しかないじゃねえか。

 どうせなら魔王とかになって世界を相手に出来るくらいの存在にしておいてくれよ)

 その気持ちは分かるが、もうなってしまったのだから仕方が無い。

 往生際悪くしてないで諦めてもらいたい。

 運命を受け入れる心の準備をして。

(畜生、誰の差し金だ!

 神か?

 悪魔か?

 これがネット小説か何かだったら、作者の陰謀か?!)

 うるさい、黙れ。

(何が悲しくてこんな目にあわなくちゃならねえんだよおおおおおおお!)

 話を面白くする為だ、決まってるだろ。

 一々文句言うんじゃねえ、登場人物のくせに。

 …………少々脱線をしたが、そんな調子で主人公である彼はこの世界における立ち位置を理解した。

 まあ、がんばってくれ。

 読者が楽しむ為に。



 そんなわけで主人公は必死になって現状から逃げ出し、どうにかして今の状態を変えようと奔走した。

 ……そのつもりだったのだが。



 なまじ前世の記憶があるのが良くなかったのか。

 主人公(仮)の助言によって盗賊団は結構上手く世渡りをしていってしまった。

 危なそうな所には仕掛けず、確実に実入りが期待出来る連中に襲いかかる。

 村などの人里への襲撃はもっと頭を使い、全てを奪うより小出しにいくらか供出させて継続的な利益を確保するよう努めた。

 一気に奪えば確かにかなりの収穫にはなるのだが、それは一回きりで終わって継続性がない。

 仮に全てを奪ったとしても、倉におさめているほどの穀物や牧場の動物を処分するのも手間がかかる。

 盗賊団だけで消費するには多すぎるし、町などで換金するにしても運送の手間がかかる。

 盗難品である事が露見すればお縄を頂戴して縛り首へ一直線だ。

 何より、外部に漏れないよう村人らを処分するのが大変である。

 村人とて無抵抗というわけではない。

 数十人はいる村の者達が抵抗すれば盗賊団とて無傷というわけにはいかない。

 団長である序盤ボス(仮称)ならばそれでも村人を蹴散らすだろう。

 それくらいの強さは持っている(だからこの盗賊団から逃げるのもままならないでいる)。

 しかし、手下である主人公はそうはいかない。

 村人に劣る事はないだろうが、能力にさして違いは無い。

 一対一なら負ける事は多分無いとは思うが、相手の人数が多ければ簡単に優位は覆る。

 そんな分の悪い賭をするわけにはいかなかった。

 そんな事情もあるので、基本的には盗賊団の中で立ちまわっていくことになる。

 盗賊団を長生きさせていくことになる。

 渋る序盤ボスをなだめて村から定期的に食い物などを出させる事で手をうたせていかねばならなかった。

 なおかつ、対象となる村は出来るだけ多くした。

 一つの村から奪える量は少なくても、村の数が多くなれば結構な量になる。

 これで盗賊団は安定した基盤を手に入れる事が出来るようになった。



 そうなると領主も盗賊退治の妙分が無くなっていく。

 思わぬ副産物であったが、目立った活動がないだけに領主としても動きようがない。

 村人からの密告の可能性は常にあったが、下手に逆らって損害を受けるより、わずかな損失を定期的に続けた方が痛みは少ない。

 そちらを選んだ者が多く、村の者達が告げ口する事はほとんどなかった。

 正義感に燃える者もいて、それらは今の状況をどうにかしようとするが、下手に騒ぎ立てる事を嫌うその他大勢が押さえ込んでいく。

 おかしな話だが、被害者の村人が現状を打破しようとする者を撃退している形だった。

 自分の手で自分の首を絞めてるようなものであろう。

 だが、下手に問題を大きくするよりは、解決しなくても現状の小さな傷を受け続ける方を選ぶ者が多い。

 小心であり、小人としか言いようが無いが、多少の損失の方が根本的な解決よりは良いと思うのが人情なのだろう。

 主人公からすればばかばかしいとしか思えなかった。

 一時の損失と考えて継続的な損害を甘受し、努力と勇気を捨てて奴隷になってどうするのかと思えてしまう。

 そのおかげで楽は出来てるのだが、釈然としないものを感じてしまった。

 他人の事をどうこう言ってる場合でも無いのだが。



 思わぬ成果としてあげられるのは、盗賊団の人数が増えていった事である。

 下手に襲撃をしないようになったから損害が減った。

 そして、ある程度安定した収益(?)のおかげで人が寄りつくようになった。

 特に行き場のない貧民などは、わずかな報酬よりも危険ではあるが高い収入を求めてきた。

 官憲に掴まる可能性は確かにあるし、捕縛されれば命はない。

 普通に死ねればまだ良いが、統治を乱した者は拷問の末に死ぬ事になる。

 そんな危険をおかしてでも収益の良い方を選ぶあたり、社会の底辺というものが救いようのない状態におかれてる事が伺えた。

 そして、人が増えればやれる事も増える。

 今までは戦力差を考えて控えざる得なかった事も容易に手が出せるようになる。

 小さな領主が相手なら簡単に追い払えるくらいの戦力になっていた。

 もちろん、地方の村を一つ二つ治める領主を倒したとて、それがその後に繋がるわけではない。

 その背後には更に大きな国家というものがあり、盗賊団程度ならば一蹴するだけの戦力がある。

 なので、さすがに統治者である貴族を襲撃する所まではいかない。

 せいぜい勢力圏を広げるくらいが関の山だった。

 だが、それならそれで良かった。

 競合する他の盗賊団や犯罪組織を襲撃・壊滅させ、あるいは吸収していけば良い。

 着実に勢力をのばす主人公が所属する盗賊団は、裏側の支配権を着実にひろげていった。



「いいな、実にいい」

 ご機嫌な序盤ボス(雑魚)は満面の笑顔で主人公をねぎらった。

「お前のおかげで俺らはここまで大きくなれた。

 大したもんだ」

「いえ、全ては首領あっての事です」

 お世辞やおべっか、追従に持ち上げは決して忘れない。

 褒めてくれても、全ては首領である序盤ボスあったればこそという姿勢は決して崩さない。

 これが盗賊団における処世術であった。

 下手に不興をかえば、いずれ処分される。

 今まで何人もの人間がそうして死んでいった。

 そういう機微が分かっていれば色々と利用出来る。

 胸の中では常に冷や汗をかいていることになったが。

 ありがたい事に、首領はかなり上機嫌なようで今すぐに処分される危険はない。

 だが、言葉を選ばなくてはならないのは変わらない。

「俺らが大きくなれたは、首領が頭をはってくれたおかげですから」

「おう、まかせておけ」

 何をどうまかせておけば良いのか分からないが、とりあえず期限を損ねる事は無かったようだ。

「それで、今日の呼び出しはいったいどんなご用件で?」

「ああ、その事なんだがな」

 ようやく本題にはいった首領は、笑顔のまま主人公に語りかける。

「実はな、お前に任せたい所領シマがあってな」

「シマですか?」

 驚いた風を装って聞き返す。

「ああ。

 お前のおかげで俺もここまで大きくなれた。

 で、そんなお前をいつまでも俺の下にってわけにもいかねえと思ってな」

 所帯の大きくなった盗賊団は、首領直属の本体と、遠方で連絡が取りづらい所を半ば独立した支部に分かれている。

 その支部はそれなりに信用出来る者に任せている。

 そして支部は、一応は預けた者達の所領のようなものなのでほぼ自由に運営できる。

 定期的に上納金をおさめることだけを求められるが、それ以外は基本的に所領を任された者達の自由になる。

 それ故に、盗賊団で出世を望む者達はそういった所領を預けられる事を望んでいる。

 だが、主人公にとってはありがたい話でもない。

(面倒だな)

 それが先に立つ。



 預けられる所領は辺鄙な田舎であり、そんな所を任されても特に旨みはない。

 そもそもの目的は、さっさと盗賊団から足を洗ってまっとうに生きる事である。

 何が悲しくて面倒を背負い込まねばならないのか……と考えてしまう。

 それでも断るわけにはいかないのが辛いところだった。

 逆らえば確実に殺される。

(こんな事してる間に勇者が来たらどうすんだよ)

 今のところ、一向にその気配が無いが、徐々に遭遇の確率は上がってるはずである。

 もし激突するような事になったら、命がない。

(折角転生したのに、こんな所で死んでたまるか)

 盗賊団としてではあるが、ある程度の成功はしている。

 前世の知識や経験が多少は効果があったのか、立ち回りは上手く出来ているとは思う。

 それをよりよい形で活かしていきたいものだった。

 勇者に倒されて終わるなんて冗談ではない。

 そんな主人公に首領は、

「東の方にある所領の面倒を見てくれや」

と言った。

 それを聞いて主人公は、絶好の機会が訪れたと感じた。



 東の所領というのは、寂れた村が幾つかある地域である。

 岩場が多かったり土地の状態がそれほど良くないので基本的に貧しい。

 住み着いてる者達は、狩猟や採取で糊口を凌ぐありさまだった。

 そのため旨みは全く無く、誰もが敬遠したくなるような場所である。

 こんな所に放り込んだのは左遷や更迭のつもりなのだろうと予測できる。

 おそらくそれで間違ってないはずだ。

 首領からすれば、ある程度大きくなった自分の組織において、頭の切れる主人公が邪魔になったのだと思われた。

 今はおとなしくしてるが、どこで裏切るか分からない……そう考えてるのだろう。

 常に周囲を疑ってかからねばならない世界なので、そういう考えもやむをえない。

 ただ、今までの功績があるから無碍に切り捨てるわけにもいかなかったのだろう。

 そんな事をすれば他の者達が動揺する。

 あれだけ貢献した人間を(文字通りに)切り捨てるなら、そうでもない者達はもっと簡単に捨てられるのだろうと。

 だからそう簡単に切り捨てることは出来ない。

 学派ないが、妙にこういった悪知恵だけは働く首領である。

 そのあたりの機微というか雰囲気は読んだのかもしれない。

 だから栄達とは名ばかりの懲罰人事を敢行した可能性はある。

 だが、主人公からすればありがたい措置だった。

(これなら上手く抜け出せる)

 東の所領はそんなに人が多いわけではない。

 また、誰かに見張られてるというわけでもない。

 統治者ですら収益がほとんどない事から見捨ててるくらいだ。

 貴族や代官が派遣されてるという話も聞かない。

 近隣の村などの領主がついでに面倒を見てるだけと聞く。

 それならば抜け出す機会は大きくなると思えた。

(やってやる、絶対にやってやる)

 意欲を燃やす主人公は、この機会に脱走する事を画策した。



 お情けとばかりにつけられた手下(無能)と共に旅立つ。

 駅馬車などを利用出来れば良いのだが、そんな余裕は無かった。

 金銭的な問題もあるし、手配書が回ってる可能性もある。

 そうそう露見する事はないが、見つかったらどうしようもない。

 その為、足を使うしかなかった。

 それもまた都合が良かった。

(これなら移動途中で抜け出せる)

 わざわざ東まで行く必要がない。

 一緒に来てる手下は面倒だが、どこかでまけば良い。

 それくらいの技術は磨いてきている。

 どこでそれをやるのかが問題だった。

(自由になってやる、今度こそ)

 前世の記憶を取り戻してから数年、ようやくその機会が訪れた気がした。



 だと思ったが。

 世の中はそう甘くはなかった。

 出発して二日目、途中の宿場で食事をとろうとしていた所に連絡員が接触してきていた。

 盗賊団が配置してる者達で、魔術を用いた通信手段によって各地の配下に連絡を入れている。

 そいつらが接触してきてとんでもない事を告げてきた。

「たいへんです」

 つとめて冷静さを保とうとしてるのが分かる口調だった。

「本部が襲撃されて壊滅しました」

「…………え?」

 さすがにすぐに事態を理解する事は出来なかった。

 だが、説明を聞いていって頭が一気に覚醒する。

「どうも、最近売り出し中の勇者とやらが襲ってきたらしいんです」

 恐れていた現実が目の前に迫っていた。



(でもまあ、都合が良くなったかな)

 間一髪の所で危機を逃れる事が出来た主人公は、すぐにそんな風に考えた。

 今後どうしようかと思いはしたが、よくよく考えれば追跡してくる最も身近な脅威である盗賊団は壊滅した。

 抜け忍よろしく追跡される可能性は消えた。

 官憲の追跡はありえるが、今はそれは考えなくても良い。

 どの道いつでもそれはつきまとう。

 気にしすぎていたら身がもたない。

 それより、目先の問題が大事であった。

(抜けるなら今しかないな)

 すぐにでもとんずらをしようと思った。

 そして、あらためて冒険者にでもなって全うに生きていこうと思った。

 仲間がすがりついてくるまでは。



「あの、俺らこれからどうすりゃいいんですか」

「東の方に行きますか?」

 直属としてつけられた手下がまず尋ねてきた。

 そんなの知るか、と思ったがすぐに見捨てるわけにもいかない。

 いずれどこかで放り出すつもりであったが、すぐにやるわけにはいかなかった。

 目の前で逃げ出せばさすがに追いかけてくるだろう。

 それは避けたかった。

 適当にいってなだめ、その場は誤魔化そうと思った。

 しかしここに連絡員なども寄ってくる。

「俺らもこれからどうすればいいやら。

 なんならついていってもいいですか?」

 寄る辺なき身となった事で不安なのだろう。

 そんな調子で主人公にすがってくる者が多い。

 彼等からすれば、盗賊団の隆盛に関わった主人公を頼りたいといったところなのだろう。

「あちこちからこっちに連絡も来てますし。

 出来ればそいつらにも声をかけてやってもらいたいんです」

 無法者の集団である。

 体勢が崩れれば一気に蹴散らされる。

 行き場もなくさすらうのは目に見えていた。

 社会の底辺ですら味わう事の無い孤立状態におかれたのだから当然だろう。

 なにせ主人公達は社会の敵なのだから。

 味方は周りに一人もいない。

 それは社会を食い物にして生きている者達が背負わなければならない宿命である。

 そんなものになるつもりも無かった主人公はさっさと足を洗いたかった。

 なのだがすがってくる連中を放置も出来なかった。

 哀れんだというのもある。

 だが、それ以上にこいつらが何をするか分からないという危険があった。



 犯罪組織は裏切り者に容赦がない。

 現実的な損失として、情報が漏れる可能性があるからだ。

 何らかの理由で統治者などに捕まった場合、情報を全て絞り出される可能性がある。

 それが無いにしても、いつどこで口が滑るか分からない。

 そう思われるから、足を洗って抜け出す事は難しい。

 不可能と言った方が良い。

 そうでなくても、危険を共にしてきた結束というのが裏目に出る。

 下手に抜け出そうとすればそれが仲間への裏切りと思われてしまう。

 例え利害の調整が上手くいっても、心理的な軋轢が生じる事もある。

 それが抜け出す者への故なき報復になる事もあった。

 いつも一緒にやってきたという事は、そこから抜け出す事を許さないという想いと紙一重である。

 特に幹部あたりが離脱する事はなかなか難しい。

 責任ある立場の者が抜け出すというのは、最悪の裏切りに映る。

 その下で働いていた者達は見捨てられたと考える。

 だからこそ恨み辛みは激しくなる。

 まして組織が壊滅状態になっている。

 どうしたって身近にいる幹部にすがってくる。

 こんな状況で抜け出すのはかなり難しかった。



(しゃあない)

 本意ではないが今は手下をどうにかするしかない。

 上手く逃げるつもりであったが、今はそんな事態でもない。

 彼等の目が向けられてる以上、それを逃れるのは難しい。

 組織が崩壊した事で逆に逃げにくくなったのだから笑うしかない。

(落ち着くまで頑張るしかないか)

 泣くしかなかった。



 当然逃げ出す事など出来なかった。

 その後もあちこちから逃げてくる連中を匿い、収容し、当面の指示を与えてるうちに逃げ出す余裕がなくなった。

 主人公の周囲に本部機能が構築され、あちこちの残党と連絡を取り合う事になっていった。

 本部以外のあちこちの所領の者達も、何人かは接触をとってくる。

 そのほとんどが主人公からの指示をあおぐものだった。

 上層部の者でまともに残ってるのが主人公だけだったから仕方が無い。

 ほとんどが勇者に襲われて、首領と運命をともにした。

 おかげで仕事が非常に忙しくなった。

 適当なところで抜け出そうと思ったのだが、そんな隙も見あたらない。

 ならば他の連中にやり方を教え、実権を渡してから逃げだそうと思うのだが、それまでには時間がかかる。

 となるとそれまでに勇者とやらがやってきて主人公達を壊滅させるかもしれない。

 それだけは避けたかった。

 時間稼ぎも含めて対策を立てていくしかない。



 その為、あちこちにある敵対勢力の情報を勇者側に届くように仕向けていった。

 モンスターの出没情報でも良い。

 とにかく矛先を主人公達に向けさせないように努めた。

 ついでとばかりに敵対勢力などを排除させていく。

 折角だから勇者という凶悪な暴力を利用した。

 おかげで主人公達の勢力は更に拡大していった。

 他の勢力が消えたところに入り込んでるので損失もない。

 おかげで人手が足りなくて苦労していくのは皮肉としか言いようが無かった。

 だが、勇者に消滅させられるよりは良い。

 とにかく勇者には徹底的に協力していき、敵ではないという姿勢を見せ続けていった。



 そんな努力の甲斐あってか、いつしか主人公は『義賊』などと呼ばれるようになっていった。

 社会の裏側における一大勢力をつくりあげ、勇者の手助けをしていく所が評価されたようだった。

 実際にはならず者を束ねてる危険人物であるのだが、それを踏まえても評判の方が先に立った。

 そうなるようにあちこちで噂を流したりしていたからでもある。

 また、内部統制を強め、不要なまでに一般人を痛めつけた者には死ぬまで続く拷問を課していたのも大きい。

 それが民衆の味方という印象を与える一助にもなった。

 かくて勇者に殲滅されるという可能性を極力減らしながら主人公は生き抜いていった。



(でも、いつになったら足を洗えるんだ?)

 一大勢力の頂点に立ち、富裕層並に優雅な生活が出来るようになってもそう思う。

 綺麗どころをはべらせ、何人もの愛人に子供を産ませて一族としても安泰だというのに。

(早いところこんな稼業から足を洗いてえ……)

 もう無理だと半ば諦めてるが、それでもまっとうな世界で生きる事を望んでしまう。

 せめて子供だけでもと、何人かには裏ではなく表で養育させている。

 自分は無理でも自分の血を引く子供だけでも、という思いからだった。

 もういい加減諦めればいいのにと思うが、なかなか諦めきれるものではない。

 どうにかして今の状態から抜け出す事を。

 それが無理ならばせめて子孫だけでもまともな道を歩めるように。

 そんな気苦労をおいながら、主人公は今日も貴族や領主との裏取引に励んでいく。

 勇者に殲滅されないよう願いながら。

 連載の方を進めるべきなのだろうけど、どうにも気が乗らず。

 なので、頭の中で考えてはいたけど形にしてないものを書いてみた。

 現在連載中のものはまた書き出すので、それまでお待ち願います。

 そんでは続きか、他に考えてる短編ネタを書いてきます。

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