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「雨乞いの神」

あらすじに大抵は神目線だと書いておきながらほとんど神の仕えの者目線です。

1ページ目から軽いあらすじ詐欺。

「ああああああ…………暇だ」



手足を投げ出して仰向けになり、ミナセはそう零した。


「もう何度目ですかその言葉は……。もっとしゃんとしてくださいよ」


ミナセはごろり、と寝返りを打ち問いかける。


「どうやってしゃんとするのだ、ヒマリ?」

「すいません、言った私が馬鹿でした。あなた様に何を言っても無駄なことは分かっているのに……」

「酷いな」

「そう思うならもっと神らしくしてくださいっ」



見下ろしてくるヒマリの髪からさらりと光が(こぼ)れる。


秋の柔らかな光。

夏はもうとうに終わり、花も虫も慌ただしくこれから来る冬に備えているよう。



ミナセはため息を吐いた。

のそりと起き上がり、肘掛けに寄りかかる。




「神らしくしてなくたって神は神だぞ」

「………。いっそ降格されてしまわればよろしいのですよ」



そうすれば少しはしゃんとするかもしれないとヒマリは皮肉げに言った。



「降格……自由でいいなぁ…」

「何を仰ってるんですか。自由にだって不自由な面はあります」

「変なこと言うねぇ、ヒマリは」

「言ってません。…っていうか暇とかいうなら仕事してくださいよ、仕事」

「あー………明日からやる…」

「それ昨日もその前も言ってたじゃないですかっ!」



ヒマリの小言は聞き流す。

当たりをうろうろ見回して、すい、と手で〔水鏡(みずかがみ)〕を引き寄せる。


〔水鏡〕はゆらゆら、ぼんやりとした輪郭を映していたが、次第に輪郭がはっきりしてきた。



「はぁ……人の世はいつも楽しそうだなぁ…」



賑やかな人の世はいつみても退屈しなくて、ミナセは好きだった。

人の世は神の世よりもずっとずっと早く変わっていく。


生まれ、育ち、そして死ぬ。

生まれ、栄え、そして滅びる。


そんなことが延々と繰り返されていくだけなのに、飽きない。



遠い昔はそれが悲しくて悲しくて、よく涙を零していた。


しかしそのうちミナセは気付いたのだった。


変わりゆく。

しかし、変わらないものもある。



思うに、人の世がめまぐるしく移り変わるのは、変わらない何かがあるからだ。

その何かを知りたくて、ミナセは毎日のように〔水鏡〕を覗く。


たまに人の世にも下りるが、ミナセには制約が多すぎて滅多に下りられない。


このくらい許してくれと、先程から小言ばかり言うヒマリに思うが、何分、ヒマリは真面目過ぎるのだ。




「…ヨミジがいる」

「…そりゃあ、狩人様は仕事で行きますからね」

「いや。ミカワもいるぞ」

「……ミカワ様も仕事じゃないですか?」

「んなわけあるか。仕事ならこんな人混みの中になんていないだろ」

「ミナセ様。ダメですよ」

「何がだ」

「あなた様はすぐ下に行きたいって言いますけど!あなた様は下になんて用はないでしょう!」

「息抜きぐらい…」

「だったら仕事をしてください!」



ヒマリの言うことももっともだ。


最近ミナセは仕事をサボっている。

別に仕事が嫌いなわけではない。


人の世界に雨を降らせるという仕事は好きだ。

雨は恵み。

大地を潤すことのできるこの仕事に、ミナセは誇りだって持っていた。



けれどこの前、やりきれぬ思いを抱いてしまったのだ。




『雨なんて…っ、雨なんて、大嫌いだ!』



別に今に言われたことじゃない。

昔から、雨を嫌う者はいた。

悲痛な声で、雨を憎む者だって、いないわけじゃなかった。



なのに何故だろう。

その時、今まで何度も聞いてきたはずのその言葉が、深々と胸に刺さる音をミナセは聞いたのだった。




それから、雨を降らせられないでいる。




どうせそのうち雨を降らせなければいけないことは分かっている。


昔ほど日照りで水がすぐに無くなるわけではなくなっても、やはり下の生き物に水は、雨は、必要だ。




でも。

でも、あともう少しだけ。



明後日…明後日には立ち直るから。




***



ヒマリは主人に服を干してきますと行って部屋を出た。




洗濯物を干し終わって一息つくと、ミナセと共に住んでいる〔神の庭(かみのにわ)〕を意を決して出る。


目指すはヒマリの友人のもと。





ミナセがここ最近仕事をサボっている理由はちゃんと分かっている。


どうせ物の道理も分かってない人間の小童(こわっぱ)になにか言われたに決まっている。

主人が悲しげに笑うのはいつだってそういうときだ。



主人(あるじ)は優しい。

少々優しすぎるくらいに。

……そんな優しい主人のことは大好きだ。




だからこそ、仕事をして欲しいとヒマリは思っていた。



仕事ができない、もしくは仕事を放り出した神は、滅多にないことではあるが降格(こうかく)される。

ヒマリは例外をただ1人だけ知ってはいたが、それはその御方がミナセよりずっと高位の立場にいるからだ。


……神にだって位はある。


ミナセは上から数えた方が早いくらいには上位にいるけれど、なにせこの国には八百万(やおよろず)の神がおられるのだ。

もしミナセが降格されたとしても、代わりに“雨乞(あまご)いの(かみ)”を名乗れるものは沢山いる。そういうものたちは空の力を司る権利をもつ“雨乞いの神”という肩書きを虎視眈々(こしたんたん)と狙っているのだ。


“雨乞いの神”には代わりがあっても……ミナセの代わりなどないはずなのに。



ヒマリには強大な力を持つはずの神々たちが……どうしてかたまに儚げな存在に思えてしまうのだった。





「ーー世界がななつに割れまして」


「ひとつ越ゆるは山の境」


「ふたつ越ゆるは川の境ーーー」





風にのり聞こえてきた歌声にヒマリは耳をすます。


そっと歌の主に近づいた。





「みっつ……って、あれ?ヒマリ」

「こんにちは、ミノト」

「こんにちは。珍しいわね、ヒマリが1人なんて」



ゆったり微笑む彼女は月を司る神、シラツユに仕える者だ。

身分はヒマリと同じである。



「相談事があるんだけど!」

「なぁに?恋の相談?」



ぶんぶん、とヒマリは首を振る。



「ミナセ様のことよ!」

「やっぱりー?ヒマリはミナセ様が本当に好きね」

「ミノトだってシラツユ様のことが好きじゃない」

「貴女の好きとは違うもの」



ふふふっ、とミノトは小首を傾げて頬を染めた。

ヒマリは恋心なんて知らないし今後知ることもないだろうと思っているので彼女のそんな様子には少々疑問を感じる。



身分違いなのに、そんな相手を想えるのかしら……?




…と、その話は今は置いて。





「ミナセ様のサボり癖がまた出てきたの」

「前回は……かなーり前だったわよね?理由は?」

「前と一緒」

「まぁ……暫くすれば治るのじゃなくて?」

「そうかもしれないけど…」

「ミナセ様はお優しいものね」




ミノトの言葉に大きく頷いた。







ミナセは人の世によく降りる。



人の子が好きなようで、見かけるとついつい可愛がってしまうのだそうだ。



そんな可愛がる対象の人の子に、ミナセは言われたのだ。





『雨なんて…っ、雨なんて、大嫌いだ!』

『ママを殺した、雨なんて…大嫌い…っ!!!』




泣きじゃくる幼子にミナセはとても…とても傷ついた顔をしたのだ。

ヒマリは幼子をど突いてやろうかと思ったがそれは主人が悲しい顔をするだろうことが分かっているのでやめた。



正直言って、なぜあれほどミナセが傷ついた顔をしたのか、ヒマリはわからない。




似たような理由で泣く人を、今まで見なかった訳ではなかった。




そう言うと、ミノトは少し考えるような仕草をしたのち、呟いた。



「…これまでも、傷ついてきたのじゃないかしら?」

「え?」

「きゃぱおーばー、だったのよ」

「きゃ、きゃぱ?」


重すぎてもう持てないことだ、とミノトは教えてくれた。


「重すぎる……?何が?」

「言葉が、かしら。ミナセ様は傷ついたけど知らないふりして……それが今回溢れてしまったんじゃない?」

「溢れて……」



もし。もしそうだとしたら、自分はお仕え失格だ。



主人の心の痛みも知らずに、仕事だと煩く言って。




ヒマリは頭を抱えた。




もう、千年も、お仕えしてるのに。

涙が一粒頬を伝った。





気付いたミノトが慌ててフォローするも、ヒマリの耳には入らない。

ミノトは眉を下げた。




「何を(うめ)いているのだい?」

「シラツユ様!」


顔を上げる。

長い瑠璃紺の髪を一つに束ねた美しい人。



ミノトが困ったように経緯を説明するとシラツユは成る程ね、と少し呆れたように笑った。



「…あいつもまだ子どもだなぁ……割り切って仕舞えば、楽なのに」



まあ、それがあいつの良いところだが、とシラツユはまた笑う。



「ヒマリ」

「は、はい……」

「ミナセに、今晩ヨミジは暇なようだと伝えてくれ」

「何故狩人(ヨミジ)様の予定を知っているのです?」

「知らないよ?でもミナセに誘われたら余程のことがない限りあいつは断らないからね」

「はぁ……」

「私はこれから仕事だ。ミナセにもう一つ」




シラツユはミノトから袿をもらうと肩に羽織った。



「早く仕事に復帰しておくれ。じゃなきゃただでさえ多い私の仕事が増えるからね」




***


ヨミジが暇だそうだ、と伝えるとミナセは大喜びで酒をひっぱりだしてきた。



ヨミジも勝手に自分の予定を決めつけたシラツユに呆れながらも特に文句は無いらしく、いつものようにミナセと酒をのみかわす。




ヒマリは肴を用意しながら、ため息をついた。





なにも出来ない。

ミナセ様には、こんな自分など要らぬだろうか。


要らぬと言われたらすぐに出て行く。

でも、そう言われたら悲しい。


…悲しい。




追加の酒と肴を出しにいくと、ミナセは壁にもたれて寝ていた。



ヨミジはそれを微笑んで見ている。

……無表情と言ってしまえば無表情なのだが。



ヒマリは少し気まずく思いながらもそっと肴の乗った盆を差し出す。



目の前の狩人様は他のどの神よりも整った顔立ちをしていて綺麗だが、無表情なこの神のことがヒマリはどうにも苦手だった。




「……ミナセは、明日から仕事をするそうだ」

「え?」



突然そう言われ、一瞬戸惑うも意味を理解してまた落胆する。



…結局自分はなにも出来なかった。



「…そう気を落とすな。ミナセはお前のお陰だと言っていた」

「お陰…?私なにも……」

「『ヒマリが変わらず仕事を催促するから、頑張らないと』と言っていたが?」


それ、お陰って言わない……。


「ミナセは嬉しかったらしい。人の子の言葉に傷ついたが、お前が雨を降らせることは大事な役割だから、と自分の仕事を肯定してくれたことが」

「あの、それだいぶ前に言った言葉なんですけど……」

「……つまりそういうこと、だな」

「…そういうこと、ですか」




ヒマリは主人を叩き起こしたくなった。



サボってただけですか!

もうとっくに立ち直ってた訳ですか!

私の涙返してください!




心地よさげに寝入る主人の顔に、まぁいいや、とヒマリは少し笑う。







明日の朝ごはんは主人の好物を用意しよう。


たとえ主人が降格されたって、何処までもまとわりついてお仕えしよう。


これから千年と言わず、何千年だって。





なにせミナセはヒマリの大好きな大好きな、たった1人の主人(雨乞いの神)なのだ。




***


翌日、人の世界は雨に包まれた。




ミナセ

“雨乞いの神さま”。

女性。結構天然。

ごくたまに(?)仕事をサボる。

空に関わることを司るので神々の中ではわりと高位。

誰とでも気兼ねなく話す、基本的に明るい神。

酒は好きだがあまり強くない。



ヒマリ

ミナセに仕えている。

しっかりきっぱりはっきりした少女。

主人(ミナセ)のことを尊敬している。

神ではないので何かを司る力は持っていない。

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