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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第1章 〜次代の英雄編〜
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第7話 「戦いの終結」


「一体、どこへ……、ッ!」


 気付く。カイエンの視線の先をドローンが映す。そこには天高くそびえる巨大な腕があった。モエは反射的に叫んだ。


「すぐに機体をロック――」


 しかしその指示は、


「――する必要はない」


 掠れた、電子的な……しかし”重い”声に遮られた。


「か、門口カドグチ陸将!?」


 唐突に現れた”大物”に、後輩が驚きの声をあげる。テントに入ってきた彼こそが”ここ”のトップ……門口ヒロ陸将だった。


 陸将……それがどれだけの地位にいる人間かと言えば、その数字を見れば判りやすい。彼は、陸上自衛隊15万人の最上位――たった28人の内の一人なのだ。そして彼は、その28人の中でも一際有名だ。なにせその外見があまりにも異彩。


 彼は車椅子に座っている。腕も脚も包帯でグルグルに巻かれ、手は白い手袋で覆われている。顔や首すらも包帯で覆われ、その目さえ……視線さえ伺う事ができない。今発せられた声でさえ彼自身のものではなく、首のチョーカー――人工喉頭じんこうこうとうが喉の震えを拾い声に変換したものだ。


 聞いたところによると、制帽の下も制服の下も同じように包帯で覆われ、毛の類いは一本もないという。いやそもそも、まともな肌など存在しないという。毛や肌以前に、彼には肉がほとんど存在しない。まるで枯れ枝のように、そして文字通り、”肉が削り落とされた”細い手足だった。


「ど、どうしてここに……」


 後輩が尋ねる。声は緊張で震えていた。言葉足らずな問いに、彼の車椅子を押していた女性が答えた。


「作戦の管理は副官と副師団長が行っており問題はありません」


 どうやら、どうしてここに”来れた”のか、という質問に受け取ったらしい。そんな彼女の尻を無言でヒロは触っていた。直後、女性の手が閃き、手をひねり上げ、その顔面に裏拳を叩きつけていた。


「んなっ!?」


 後輩がギョッとする。ヒロはまるで限界を迎えたボクサーの如く、ガクリと車椅子の上で倒れていた。それを気にもとめず、表情を一切変えないまま女性は説明をやり直す。


「門口陸将がこちらへ来たのは、こちらの問題は現場の者だけでは判断と対処が難しいと考えた為。加えて、その判断に対する説明を口頭で行う為です」


 自衛隊トップの顔面を殴った事がなかったかのように進んでいく説明に、周囲は何も言えなくなっていた。


 そんな彼女の名は、姫野ヒメノカキネ。彼女もまたこの駐屯所における有名人だった。というか、こんなのが有名にならないはずがなかった。


 その外見は、仕事ができる、という印象を強く抱かせるもの。一つくくりにした艶やかな黒の長髪に、いつも冷静さを崩さない面持ち、そして長身でスレンダーな体躯を持っていた。


 陸将である彼の”副官付”――身の回りの世話係であり、そして陸将である彼にあそこまではっきりとやり返せる度胸と信頼関係がある、唯一無二といってもいい存在。そんな彼女は『門口ヒロの飼い主』と称される事も多かった。


「……い、いやぁ、効いたよ。姫野ちゃん、もしかしてまた強くなってない?」


 セクハラミイラ……もといヒロが身体を起こす。カキネは「陸将が弱いだけです」と淡々と返していた。モエはそんな彼等のペースに流されまいと口を開く。


「それで、必要ないとはどういう意味でしょうか? あの機体はこの戦争を終わらせるための要です。万が一、敗北でもしようものなら計画の全てが瓦解します。そもそも、一般人に戦わせるのは――」


「いや、彼は一般人ではない」


「……それは、どういう」


 少なくともモエは、彼がそんな特別な人間だとは思った事がなかった。


 ヒロが「姫野ちゃん」とカキネを呼ぶ。彼女はすぐに宙に指を走らせた。すると、ディスプレイの一つにデータが表示される。全員がそこに写された一人の少年の出自に釘付けになった。


「彼の名前は日並ヒナミトオル。旧姓、”新津アラズ”トオル。――そう、彼はかの”英雄”の一人息子だよ」


 ――英雄に息子がいた……!?


 知らされていない事実に全員が息を飲む。それは確かに、作戦中の指揮所で口にしては周囲に混乱を与えてしまうだろう。


 全員の視線がディスプレイの向こうで戦うトオルへと――カイエンへと向いていた。


 カイエンが地面を蹴る、蹴る、蹴る。その速度は増し続け、凄まじい勢いで地を駆けていた。投石機型との距離があっという間に詰まっていく。市街の破壊に専念していたその巨大な腕も、彼の接近に気付いたようだった。


 彼我の大きさは圧倒的だ。数字にして3倍以上。ここまで敵が大きくなると、WASPナイフだけで倒すことは困難になる。しかもカイエンの持つナイフは、ガスが残り少ない。


 だとしても、ほんの僅かたりともカイエンの足が緩むことはなかった。


 ――最初に動いたのは、投石機型だった。


 その腕が肘で曲がり、腕の付け根――地面あたりをまさぐった。次に空へその掌が上がった時には、そこに蜘蛛型ツブテが握られていた。


 振り被り、投げた。そして凄まじい轟音が響いた。まるで流星の如き様で蜘蛛型が飛翔してくる。カイエンはそれを躱さんと、進行方向を斜め前へカクンと変えた。が直後、蜘蛛型が一瞬だけ掌を開く。空気抵抗がその飛翔方向に変化をもたらす。まるで追尾するかのようにカイエンへとカーブした。


「だめッ――!」


 後輩が声を漏らす。投擲された蜘蛛型がカイエンへと直撃した。


 ――凄まじい衝撃が、地面を揺らした。


 金属の破砕音が響く。土煙が起こる。その中に宙を舞ういくつもの部品が見えた。だが次の瞬間、土煙から一つの巨体が飛び出してくる。それは、片腕を失ったカイエンだった。


 カイエンは土煙をたなびかせながら地面を駆け続ける。と、その土煙が晴れた後には、カイエンから捥げた腕が突き刺さった蜘蛛型が転がっていた。それが崩れ落ち、空気に溶けていく――凌いだだけじゃない、仕留めてもいた。


「お見事です」


「姫野ちゃん」


 言いながらその手は尻を握っていた。カキネの手が閃く。彼の腕を捻りあげ、顔面へと拳を叩き込んでいた。小慣れすぎている程に自然な一連の動作だった。それから彼女は、


「そうですね。英雄の息子ですから、これくらいは当然ですね」


 と言った。


 投石機型が第二射を振り上げ、投げた。


 一瞬で飛来する1tの砲弾。それに対し今度はカイエンも跳んだ。蜘蛛型が一瞬掌を開き、カイエンの進行方向へと追従しようとして――追いきれない。激突の間際、カイエンは空中でありながら急速に方向転換したのだ。


 見ればその両肩口からはワイヤーが伸びていた。アンカーが近くのビル――その柱へと突き立っていた。キィィイイイとワイヤーの巻き取り音が甲高い音を鳴らした。


 蜘蛛型がカイエンを掠めるようにして、後方へと飛び去っていく。カイエンは飛翔の勢いのまま横合いの、ビルの壁面へと着地する。そして三角飛びの要領でビルを蹴った。地面へと着地し、ほとんど勢いを殺さぬまま駆けていく。”返し”を外したアンカーが、その機体の肩口へとガシャンと引き戻された。


 そして、投石機型の第三射――が放たれる前に、視界が開けた。ついに投石機型の下へと辿り着く。周囲にわらわらといる蜘蛛型の間を駆け抜け、一気に投石機型の根元まで到達する。腕の付け根はまるで、イソギンチャクかダンゴムシの脚のように、無数の指が生えていた。それが地面に突き立てられ、その巨大な身体を支えていた。


 そこへWASPナイフを突き立て、トリガーを引いた。ガスの噴射音。わずかなラグの後、炸裂。何本かの指が吹き飛び、巨腕がわずかに揺れた。カイエンは続けてWASPナイフを突きたてた。しかし、そのまま放棄して飛び退いた。直後、そこを蜘蛛型が雪崩の如く埋め尽くした。


 蜘蛛型は、まるで子が親に従うかのように投石機型の周りに集っていた。二度と根元に近づけはせぬ、とばかりにそこを埋め尽くしていた。


 ついにカイエンは最後のWASPナイフを失う。……あるいは蜘蛛型だけなら、彼はそれでも勝ってしまえるのかもしれない。しかし現実は違う。蜘蛛型を叩かんと足を止めた瞬間、


 ――空が降ってきた。


 いや、それはただの錯覚だ。だが、そうと見まごうほどに圧倒的な力で、投石機型の掌が遥か上空から叩きつけられた。その破壊力は凄まじく、完全に躱したはずのカイエンは宙に浮き、破砕された地面が弾丸の如く襲いかかってきた。


 装甲をパージしたカイエンではそれに耐えられない。礫を浴びた機体の各部から火花や破片が飛んだ。複数回バックステップを行い、距離を離した。


 このままではジリ貧は必須。しかし、そこまで含めた全てがトオルの思惑通りだったのか。


 ――カイエンの手に武器ショットキャノンが握られていた。


「いつの間に……」


 モエは言ってから気付く。カイエンが後退したその場所には、プッシュバックの残骸が転がっていた。


 カイエンがショットキャノンのトリガーをありったけ引いた。スタン弾が放たれる。それは全て、地面を叩いたばかりの投石機型――その手の甲へと突き刺さっていた。蜘蛛型は連射するカイエンを止めようと慌てて走るが、遠い。根元を守るために集まったのが仇になっていた。


 残弾がゼロになると同時、ショットキャノンを放棄する。そして、同じく残骸の中から引き抜いたWASPナイフを握り、跳んだ。


 スタンアンカーを射出し、巻き取り、投石機型の手の甲へと張り付いた。投石機型が立ち上がる。カイエンを振り払おうとするかのように、腕を大きく振った。カイエンの身体が宙を舞いそうになる。それをアンカーで繋ぎ止める。


 スタン弾と、打ち込んだアンカー。そこから火花が散る。ありったけの電撃でその動きを鈍らせ……WASPナイフを振り下ろした。カイエンの背部――エンジンが唸りを上げた。


「先輩ッ! カイエンの燃料が!」


 残量が今まさに0を示そうとしていた。よりによってこのタイミングでッ――モエは歯噛みした。できることは何もなかった。いや、あるとすればそれはただ一つだけ。


 ――勝利を願うことだった。


 カイエンは負けてはならない――それは”計画”の上で絶対だった。モエは心のそこからその勝利を願った。


 いや、モエだけじゃない。この戦いは、ドローンによる生中継で日本中へと配信されている。その戦いを見ていたおそらく全ての人間が、カイエンの勝利を望んでいた。


 WASPナイフの引き金が引かれた。ガスの噴射音が響いた。


 ――一度、二度。


 投石機型が大きく身体を苦悶に身を揺らす。その根元から、敵を引き剥がさんと蜘蛛型が連なり、這い上がってくる。それはまるで、植物の茎を登るアブラムシのようにも見えた。


 引き金が引かれる。


 ――三度、四度。


 投石機型がその手を近くのビルへと叩きつけた。それを見た人々の口から悲鳴が上がった。ビルとの板挟みになったカイエン。部品が宙を舞う。カイエンの両足があらぬ方向を向いていた。火花が激しく飛び散る。邪魔だ、と言わんばかりに下半身がパージされる。宙を舞い、地面との激突して四散する。


 引き金を引く。


 ――五度。


 リボルバーの回転音が響く。最後のガスカートリッジが刀身と接続される。密閉性が確保され、トリガーのロックが解除される。指が引き絞られる。その光景は不思議と、ゆっくりと視界に映った。そして、


 ――六度。


 ガチリ、と音が響いた。ガスの噴射音が響いた。投石機型が動きを止める。静寂があたりを包み込んだ。そんな中で唯一、カイエンだけが背部側面から、フシュウウウと勢いよく熱を排出した。


 ――ボコリ、と投石機型の身体にコブが生まれた。


 コブは連鎖した。まるで水面が泡立つかの様に投石機型は膨らんでいき、そして――破裂した。ドバシャァと血肉が市外にこぼれ落ちた。折れた骨が宙を飛び、遠くのビルへと突き刺さった。


 ぐたり、と力を失ったそれはゆっくりと市街へとその腕を横たわらせた。カイエンの身体が空を舞った。ゆっくりと、その眼に灯っていた光は薄れていき……ガシャンと地面に激突した。バラバラとパーツがあたりへ散らばった。


「計測班ッ!」


「生死……不明! カイエン、完全に沈黙!」


 モエの叫びに部下の一人が答えを返す。センサ類の一切に反応がない。コクピット内を写していたディスプレイは『DISCONNECT』――通信不能の文字だけが浮かんでいた。


 ドローンが映す、地面に転がった鉄クズにしか見えないそれ。胸部装甲はヒビ割れだらけで、中のパイロットが無傷でない事だけが明白だった。


 ――しかし、戦いはまだ終わっていない。


 映像の中で、その鉄クズに蜘蛛型が集ろうとしていた。機体がだんだんと肌色のそれらに埋め尽くされていく。痛々しい、金属のひしゃげる音が響く。


「誰か、彼をッ――!」


 その言葉を発したのは誰か。あるいは全員か。はたして……その願いは――成就された。


 ――銀の光が、空を駆けた。


 蜘蛛型の身体に、巨大な杭が突き刺さっていた。その後部から伸びた極太のワイヤーが巻き取られ、その機体が地面に降り立つ。それは全身が銀色に輝く機体だった。その全身から、キーマン現象による光が――緋い光が溢れていた。


「時間通りだね」


 ヒロが言った。EXMが続々と現れ、蜘蛛型を蹴散らしていく。


「……勝った、のね」


 モエが安堵の息をこぼした。そして、思わず釣り上がりそうになった口元を咄嗟に押さえた。俯いたモエに、後輩が声を掛けてくる。


「先輩……妹さんの事……」


 言われてあの様を思い出す。


 モエにとってアイは間違いなく、かけがいのない存在だった。いや、今もそうだ。彼女が死んでしまった事を心の底から残念に思う自分がいた。だがそれは悲しいという感情ではなかった。”敵”を見失ったような……あるいは”安堵”したような、そんな感情に近しかった。


 ――そういえばあの子はずっと、勘違いしていたわね。


 モエは思う。アイは、モエが復讐心や悲しみから研究に打ち込むようになったと思っているが……そうじゃない。モエはただ”ある事”を証明するためだけに、研究に打ち込んできた。そして今、それを証明する手段が手に入ったのだ。


 10年以上だ……10年以上、彼女は”それ”の証明に費やしてきたのだ。これが喜ばずに居られるだろうか。


 ――できる事ならその瞬間を、アイに見てもらいたかったけれど……。


 でも、いなくなったらなら、それはそれでもう、仕方ない。そう割り切れた。今は妹を失った悲しみよりもずっと、喜びの方がずっと大きかった。


 モエの熱を帯びた視線がディスプレイへと注ぎ込まれる。


 ――彼で、これほどまでなら……。


 ついに証明する事ができるかもしれない。そう彼女は、狂気的な笑みを浮かべた――……



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