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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第1章 〜次代の英雄編〜
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第6話 「緋色の怪物」


 ―Side:モエ―


『――――――ァアアアアアッ!』


 モエはその咆哮を、自衛隊の駐屯所の一角――電子機器の並ぶテントの中で聞いた。


逸見イツミ先輩! ドローンの映像来ました!」


 後輩がディスプレイにその光景を表示する。そこにあったのは、項垂れるように動きを止めた緋い機体と、瓦礫から這い出す蜘蛛型。そして……瓦礫に頭を潰された人間の肢体。


「……はは、ははは」


 乾いた笑いが溢れる。その格好……ミリタリーのジャケットやウエストポーチ。どれも見覚えがある。


「……死んだ」


 彼女の脳内に蘇ったのは、死んだ両親の顔だった。ECHOの所為で家族を失った。最後の、たった一人の妹を失った。


「先輩……この子って、確か、先輩の……」


 後輩が言う。モエは思った――そんな事はわかってる、と。


「っ! ”カイエン”がっ……!」


 後輩が叫ぶ。視線を”死体”からシュウエン改――通称カイエンに向ければ、どこから現れたのか、大量の蜘蛛型がたかっていた。それはまるで飴に群がる蟻のようだった。


 その時、だった。


 ――ざわり。


 と、モエの……いや、それを見た全ての人間の肌が怖気だった。そしてディスプレイの中でそれは起こった。


 群がっていた蜘蛛型が、一斉に弾け飛んだ。いや飛んだのは蜘蛛型だけではない。カイエンの装甲もまた一緒に吹き飛んでいた。


 ――パージ。


 もっとも数の多いECHO――蜘蛛型に対抗するため、標準で備わっている機構。装甲ごと取り付いてきた蜘蛛型を引き剥がすための機能だった。


 吹き飛ばされた蜘蛛型達は地面に指を突き立て、反転する。今度こそは仕留めんとカイエンへと突進してくる。


 カイエンがゆっくりと立ち上がる。だがその様子はどこか異様だった。だらりと下がった両腕。まるで息遣いさえ聞こえそうな、肩の上下。視線を巡らすような首の動き。それは機械というより……人間そのものの動きに近かった。


「……パイロットスーツも着てないのに」


 後輩が戦慄したように零した。


 真っ先に飛びかかってきた蜘蛛型。カイエンはそれを回り込むようにして躱す。そのすれ違い様に片手を引っ掛け――蜘蛛型を思い切り、地面へと叩きつけた。そして抑え込むように膝を押し当て、WASPナイフを振り下ろす。


 ――ガスの噴射音が響いた。


 ガチリ、とリボルバーが一つ回転する。一泊遅れて蜘蛛型が内側から破裂した。血の雨が降り――そして、空気に溶けるかのようにそれらは消えていった。


「――”殺した”!? え、でも……だって、さっき……!?」


 困惑したような声。後輩の言いたい事を正確にモエは理解していた。そう、そんな事はありえないのだ。適正がない者がECHOを殺す事など、できるわけがない。


 ならば答えは一つだった。


 ――彼は”今”、その適正を得たのだ。


 コクピット内の映像。その中でトオルが顔を上げる。その目は――虹彩は、緋い光を放っていた。そしてそれに呼応するかのように、コクピットの後部に緋いラインが浮かび上がっていた。


「”キーマン現象”っ……!?」


 適正がある者の中でも特に、”英雄”になりうる素質を持った者だけが引き起こす現象。研究では、彼等は局所的にだがECHOを支配下に置く事が可能だと言われている。それゆえに、彼等が動かす機体は――ECHOの血肉を浴びた機体は、スペックの理論値さえ凌駕する。


 ディスプレイの中で、モエはそれを見た。カイエンの機体各部に緋色が巡っていくのを。それがまるで、人間の血流の如く脈打つのを。


 コクピットの中で、トオルが鮮烈なまでの笑みを浮かべた。


「ひッ――!」


 後輩が本能的な恐怖に後ずさる。モエ自身、こんな彼の表情は見た事がなかった。いやそもそも、彼が顔に感情を出すところを見た事がない。それは彼がそういう病だと――それを抑制する薬の作用だと聞いていた。


 ――でも、これは、まるで……いやむしろ、こちらこそが彼の……。


 次の蜘蛛型が、カイエンへと襲い掛かってくる。だがカイエンはその重量にして1トン近い巨体を片腕で受け止めた。まるで透明な壁にぶつかったかのように宙で蜘蛛型が静止する。


 カイエンの手のひらが閉じられる。肉を握りつぶす音が聞こえた。あまりにも”オーバースペック”な握力。蜘蛛型は必死に藻掻けど逃れられない。カイエンはその腕を大きく振り上げ、地面に蜘蛛型を叩きつけた。凄まじい地響きが起こり、アスファルトの地面が蜘蛛の巣状に破砕する。真っ赤な花がそこに咲いていた。


 蜘蛛型は次々とカイエンへと飛びかかってくる。カイエンはそれらを一方的に屠っていく。一騎当千、というよりもこれは……。


「怪、物……」


 後輩が零した。それはモエの心の声と一緒だった。これではまるで、カイエンの方こそが怪物ではないか、と。


 それからも数体の蜘蛛型を屠る。そしてカイエンが何度目かのWASPナイフのトリガーを引こうとした時、ガキン、と音が響いた。モエはすぐに何が起きたのか気付いた。


 ――刀身が、折れた。


 WASPナイフは本来、『斬る』ためには作られていない。にも関わらず無茶な使い方をしていた所為だ。


 蜘蛛型が暴れだす。カイエンから逃れ、反撃せんとする。カイエンの判断は一瞬だった。すぐさま柄だけになったナイフを放棄すると、刀身の刺さった切り口へ両手を差し込んだ。そして、


「ぅ……おぇっ」


 後輩が嘔吐えずいた。人間の手に似たそれが、ブチブチと引き裂かれていく様は、悍ましいの一言だった。


 傷口から血が幾筋も噴き出す。苦しむかのように蜘蛛型がジタバタと暴れる。やがてひときわ大きな、何かが千切れた音が響き、蜘蛛型の動きが止まった。


 殺したのを確認すると、ゆっくりとカイエンは立ち上がる。未だ健在の蜘蛛型達はまるで怯えるかのように、一瞬動きを止めた。


 カイエンは足元に転がるナイフの柄へと顔を向けていた。まるでそれは人が『困った』と悩んでいる風にすら見えた。しかし、それから何かを探すように視線をぐるりとあたりへと巡らすと、ガシャンとそのもう片側の大腿部からWASPナイフの柄が露出した。嬉しそうにそれを掴み、引き抜いた。


「まるで、ちぐはぐだわ……」


 モエが思わず零す。徒手であれだけの異常を為せるのだ。武器などもはや必要ではないだろうに……。


 先の数秒で自身の持つ装備を認識したのか、カイエンの動きが変わった。カイエンは深く身体を沈めると次の瞬間、跳んだ。反動で散弾のごとく背後に瓦礫が撒き散らされた。建造物がいくつも崩れ落ち――


 ――一瞬、だった。


 遠方にいた蜘蛛型を、ピンポイントでカイエンは踏み潰していた。衝撃に蜘蛛型が叩き潰された。続けて、跳躍。カイエンは次の標的へと跳んだ。だが蜘蛛型も、学習したかのように着地点から退避した。が、逃れられなかった。


 ――逃げようとした蜘蛛型の甲に、”鉄針”が突き刺さっていた。


 その鉄針の尾からはワイヤーが伸び、その先はカイエンへと繋がっていた。肩口から生えていたトゲ――それが射出され、蜘蛛型に突き立っていたのだ。そして、鉄針にわずかに火花が散った。直後、ビクンと蜘蛛型は痙攣を起こし、地面に倒れ伏す。


 ――電撃錨スタンアンカーだ。


 ワイヤーが巻き取られる。ガクンとカイエンが空中で加速し、標的だった蜘蛛型を踏み潰した。死んだ蜘蛛型は身体を空気中へと溶かしていく。ワイヤーが巻き取られ、ガシュンッとスタンアンカーがカイエンの肩口へと戻った。


 戦いはもはや、一方的な蹂躙だった。次、次、次と、蜘蛛型が屠られていく。


「――ムチャクチャだわ、こんなの」


 モエの口から思わず溢れる本心。あの機体を設計したのは彼女だ。だからこそ、どれだけの性能が限界値かはよく知っていた。アンカーの巻き取りにあれだけの出力などない。ワイヤーの強度にそれだけのものはない。そもそも、名前こそはアンカーだが、あれはあくまでワイヤー針タイプのスタンガンでしかない。


「ほんと、”キーマン”ってのは馬鹿げてる……こんなの、私たちの世界を完全に無視しているじゃない」


 アンカーを打ち込まれた2体の蜘蛛型が引き寄せられる。カイエンはその2体を纏めて地面に叩きつけ……。


 ――戦いは終わった。


 瓦礫の山。砕けた地面。消えゆく血肉。それらの中でまるで産声をあげるかのようない身体を震わせるカイエン。


「……ここまで、ね」


 モエは計測班から齎されたカイエンの機体状況を聞き、言った。


 ひどい有様だった。全身の関節に蓄積された負荷は全て限界を振り切っている。燃料は底を尽きかけ、演算装置はいつ焼け切れてもおかしくない。


 ――しかし、カイエンはゆっくりとその足を踏み出した。


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