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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第1章 〜次代の英雄編〜
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第5話 「暴走」


 ……トオルは目を覚ます。


「ぅ、ぐっ……」


 霞む意識の中、重力の方向がおかしい事に気付く――機体が仰向けに倒れていた。身体中が痛い。手が重い。操縦桿が遠い。そしてようやく、響く”音”に気付く。ピシィイと、胸部の装甲に罅が入った。いや、既に罅は無数に入っていた。コクピットは歪み、今にも潰れそうな有様だった。


 視界が蜘蛛型に覆われていた。


 ――俺は、一体どれだけの時間眠っていた……!?


 今まさに、ギィイイとコクピットが潰されようとしていた。”死”――それをはっきりと感じた。その時、


『――大腿部! カバーオープン! 抜けッ! トリガーを引きなさいッ!』


 それはもはや無意識にも近い行動だった。トオルの手が操縦桿に届いていた。動かす。”それ”を抜き、蜘蛛型へ突き刺す。操縦桿越しに”手応え”を感じた。プシュゥウとまるで炭酸が抜けるかのような音が響いた。


 ――目の前に張り付いていたECHOが、内側からボコリと膨らんだ。


 そして……血肉を、骨を撒き散らし内側から破裂した。血の雨が降る中、トオルは手に握っていたそれを見る。EXMサイズの短剣。しかしただの短剣と違うのは鍔部分にリボルバーがあり、さらに切っ先には小さな穴が空いている事。


 ――リボルバー式のWASPナイフ。


 ECHOに突き刺しトリガーを引く事でその体内にガスを送り込む事で、内側から破砕させる”雀蜂”の名を冠する武器――WASPナイフ。それを、連発できるようにしたもの。


 ガチリとガスカートリッジの詰まったリボルバーが一つ、回転した。


 ――倒せた、のか。


 トオルは掌を見下ろした。未だそこには、操縦桿から伝わった、突き刺した時の感覚が残っていた。それはとても生々しかった。息を吐き、背もたれに身体を預ける。見上げた空はECHOの血で斑らに染まっていた。


 ――そうか、やれたんだ。


 沸々と心の奥底から湧き上がってくる感情があった。


『……ふぅ、なんとか無事みたいね』


 ディスプレイへと視線を移す。そこに映る女性を見てトオルは気付く。


「あれ……モエさん? なんで……」


『なんで、はこっちの台詞よ……トオル君』


 ややクセのある茶髪を短いポニーテールにし、白衣を纏い、メガネを掛けている二十代半ばの女性。アイの姉だった。


『あぁーもうっ……やってくれたわね、あなた……! こんなの予定にないわよ、私』


 恨めしげにトオルを見るモエ。だが大きく息を吐いた後、割り切ったように口を開いた。


『まぁいいわ。ある意味では、都合がよかったとも言えるし。トオル君、その機体を私が指示するところまで運んで頂戴』


 トオルはそれに反射的に頷こうとし、だがギリギリで首を振った。


「それは……できません」


 瞬間、モエがゾッとする程に冷たい目をトオルへ向けた。しかしトオルは頷かなかった。こうやって落ち着いてみて、気付く。街に入り込んだECHOは他に何体もいる。


 ――俺には、力がある。


 WASPナイフを見る。技術があるわけでもない。だが、何もできないわけじゃない。ならば可能な限り……やれる事をやるべきだと、そう思った。


『ふざけないでくれる? その機体は特別なのよ、君なんかの命よりずっとね。5分もすれば応援が到着するわ。それまで君は逃げ回っていればいいわ』


「でき、ないッ!」


『……あぁ、そう。だったらもういいわ』


 モエの顔から感情が消える。視線がトオルから外れ、隣に向く。


『機体をロックしなさい』


「なっ……!?」


『システムに致命的な”バグ”が存在するわ。機体を停止させなさい』


 冷たい声でモエは言い切る。『変に動かされて壊されるより、まだしも放置の方がマシだわ』と。


「なっ……ま、待てよ! ECHOがいるんだ! それを放っておいたら人が――」


 はぁ、とモエはため息をついた。そして冷たい目でトオルを射抜く。


『なんども言わせないでくれるかしら? ――その機体は人命より大切なの』


「アンタッ……!」


『そもそも、君にできる事なんか何もないでしょ? 君には――』


 そうモエが言おうとした時、トオルは視界の端に”その姿”を見つける。


「――ア、イ? お前、なんでここに!?」


 アイがこちらへと駆けてくる。逃げろ言った筈なのに。外の音声を拾ったマイクが、トオルに彼女の声を届けた。


『トオル君……トオル君っ……! よかった、無事だった……! すっごく心配したんだよわたし……! ねぇ、早く逃げようっ? みんなで……!』


「馬鹿っ……」


 ――『みんな』って……俺以外の、って意味に決まってるだろ……!


 だが同時にトオルは気が抜けた。一体、何をムキになっていたんだ、と。


 ――モエの言う通り、機体はここに置いて彼女と一緒に逃げよう。


 そう、トオルは口を開こうとして……そして、ソレを見た。


 アイの背後で、血が、肉が、骨が寄り集まり、急速に膨らんでいく。同時に、まるで潮が引くかのように、機体にべったりとこびりついていた血や脂肪や肉片が消えていくのを。


「逃げろッアイぃいいいいいいッ!」


『――ぇ?』


 トオルが叫ぶ。彼女を守ろうとフットペダルを踏み込む。間に合わない。アイが不思議そうに背後を振り返り――その身体が、飛んだ。


「……ぁ」


 蜘蛛型に跳ね飛ばされ、ビルの壁に打ち付けられる小さな身体。追い打ちをかけるかのように突進する蜘蛛型。衝突。衝撃で壁が崩れ落ちる。土煙があたりに立ち込める。


「ァ、」


 伸ばした手の先。その土煙の合間にトオルはそれを見る。見慣れた肢体は、あらぬ方向へと手足が向いていた。そして、その首から上は……なかった。あったのは大きな瓦礫だけ。その瓦礫の下から滲み出してくるあの緋い液体は……ええと、なんていうんだっけ。


「ァ、ァア、」


 緋い……緋い……緋い。


 ――寝てるだけ……そうに決まってる……さっきだってそうだったじゃないか。


 心が、理解しそうになる。それを必死に理性で否定する。だが、その緋いものがなんであるのか。それはわかりすぎる程に明瞭で……。


『……どういう、こと? アイがそこにいるの? トオル君……トオル君ッ! トオルッ! 答えなさい!』


 声は、トオルには届かない。


 ――耳鳴りが激しい。


 そんな風にを彼は思った。


 崩れた瓦礫の下から蜘蛛型が這い出してくる。そうだ、俺は一体何を勘違いしていたのか――トオルの心が深い沼へと沈んでいく。


 ――パイロットになるには、”適正”が必要。


 そんな事、ずっと前に思い知らされたはずなのに……。


 EXMのパイロットには選ばれた者しかなれない。だがそれは操縦技能とか耐G能力とかではない、それ以前の問題。そもそも才能がなければ……適正がなければ、ECHOを”倒せない”のだ。


 ――ECHOは超個体だ。


 微細生物が集合する事で”個”を作り上げる。そこには微細生物同士の通信が存在し……その通信に介入できる事が――命令を”混線”させられる事が、パイロットになるための資格。適正と呼ばれるもの。特定の脳構造を持つ、選ばれた者だけの力。


 ――なぜ、忘れていたのか。


 そんな、当たり前すぎる事をなぜ。そう考え……トオルは気付く。これは、自分の傲慢が招いた事だと。トオルは夢を諦めきれていなかったのだ。パイロットとして活躍したい。そんな自分の欲望を優先させた。だから……こうなった。


「ァ、アア、ァアア、」


 声が溢れる。


 対ECHOのため開発されたEXM。数少ない適正を持つ人間のため――”個人”で高い近接戦闘能力を扱うため開発されたそれ。逆に言えば、ECHOを倒すのに必要なのは機体ではない――選ばれた人間の方こそが、必要。そして……トオルは”いらない人間”だった。


 ついに心が、理解した。


「――――――ァアアアアアッ!」


 トオルの口から咆哮が轟いた。同時に彼は、自分の中で何かが”切れた”のを感じた――……



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