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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第1章 〜次代の英雄編〜
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第3話 「戦の狼煙」

 そこから、目的地まではそう遠くなかった。段々と人の数が増えていき、自衛隊の演習場周りに人だかりが見つかる。だが喜びに染まりかけたアイの顔が、固まった。


 そこにあったのは、賑わいとは一線を画した異様な空気だった。


『人型兵器、はんたぁああああああいッ!!!』


『神に逆らうなぁあああああッ!!!』


『神に謝れぇえええええええッ!』


『軍備増強は悪だぁあああああっ!』


『戦争じゃなく福祉を優先しろぉおおおおおっ!』


 そこでは複数人の男女がプラカードや拡声器を手に叫んでいた。


「……なに、これ」


 ――デモだ。


 トオルは顔を歪めた。


 拡声器で叫んでいる人達――中心になっている数人は皆、同じ法衣を纏っていた。それを見て、彼等が最近ニュースやSNSで話題になりつつある宗教団体だという事に気付く。


 ――”御心会ミココロカイ”。


 『神に心を捧げよ。神の心を受け入れよ』とECHOを神と崇め、敵対ではなく恭順を選ぶ……あるいは人々に選ばせようとしている団体だ。こちらから攻撃しなければ、向こうも攻撃をやめてくれるはずだ……そんな風に、勝つ事を諦めてしまった人達の、成れの果て。


 普段なら見て見ぬフリをして通り過ぎればいいのだが……こうも駐屯地の入り口に陣取られていると、入る際に何かされないか心配になる。


 ――なんてトオルの思考は甘すぎた。


 気付いた時にはもうアイが隣にいなかった。


「っ!? あの馬鹿っ……!」


 御心会メンバーの男の眼前。いつの間にかそこで仁王立ちしていたアイが口を開く。


「なんだお嬢ちゃん」


「EXMはっ――」


 トオルが遅まきながら、彼女を止めんと駆け出そうとした。しかしその時、ピクリとアイが反応し、口を噤んだ。振り返ったアイにつられ、トオルもまた視線を彼女と同じ方へ向ける。柵を越えたずっと向こう。そこには……。


「……車?」


 しかし、アイの先の怒りを忘れたような嬉しそうな様子からすぐに気付く。アイに日頃から聞かされまくっている薀蓄うんちくの中にその答えはあった。あれはEXMの”運搬車”だ、と。


 数は……全部で三台。ただし、一台だけそのコンテナが赤く塗られていた。


「あの運搬車っ……! 第三世代・量産型EXM――プッシュバックだぁ! トオルくんトオルくん! あれがねっ、今もっとも多く利用されている量産機でっ……て、そうじゃなくて! あの赤いやつ! あれ! 見た事ない! きっとあれに新型――」


 アイが運搬車から視線を離さぬまま、叫んでいる。「あぁあぁあぁ〜」とトオルは頭を抱えた。彼女には、御心会の面々に向けられた鋭い視線が見えないのだろうか……見えないのだろうな。


「でも……あれ?」


 アイが疑問を発した。


「なんでこっちに走って来るんだろ? 演習場は向こう……」


 その時、トオルは視線の先でそれを見た。


「――え?」


 運搬車の一台が、爆発した。衝撃と暴風が襲いかかってくる。大地が揺れ、その場に膝を着いた。


「……一体何、が」


 腕で土煙から顔を庇いながら、トオルは前を見る。運搬車の一台が燃え盛っている。内部に乗せていたEXM――プッシュバックの残骸が、まるで裂かれた腹から溢れた臓物のように、運搬車のコンテナに開いた穴から飛び出していた。


 甲高いサイレンが響き渡った。トオルは何が起きたのかを理解した。


「……ECHOの、襲撃だ」


 運搬車の残骸から、巨大な人の手が這い出てくる。事ここに至り、ようやく理解する。運搬車はこちらへ”逃げて”きたのだ、と。


 遠方にぽつりぽつりと、肌色の怪物が姿を現し始めていた。残った二台の運搬車は一気に速度を上げてこ

ちらへと向かってくる。


「ッ! アイ、逃げるぞッ!」


 トオルが我に返り叫んだ。だがあちこちから上がる悲鳴やサイレンの音で、アイは気付かない。「あぁぁああああああっ! プッシュバックがぁあああああぁっ!」と嘆いている。


「あの馬鹿っ……今はそれどころじゃっ……!」


 トオルは彼女の下へ行こうとする。だが、こちらへ逃げてくる人の波に飲まれてしまい、進めない。


 と、遠方に一際に巨大な”腕”が振りかぶっているのが見えた。そして”それ”を投げた。


 ――着弾。


 大地が揺れ、激しい爆風が身体を打つ。走っていた運搬車のすぐ脇に、クレーターが生まれていた。そこからは、どこか蜘蛛にも見える動きで、”手”が這い出してきていた。


 遠方に見える巨大な腕が、投石機よろしくECHOを投げてきているのだ。


「なんだ……これ」


 そういった攻撃をしてくるECHOがいる事も、投擲機型ブリューナクと呼ばれる事も、知っている。だが実際にその脅威に身を晒されて冷静でいる事は不可能だった。


「怪、物っ……」


 トオルが零した。


 投げ込まれたECHO――蜘蛛型アラクネが、その五指を蜘蛛の足のごとく蠢かせ運搬車を追ってきていた。進行方向にはトオル達がいた。


「マズいッ……!」


 蜘蛛型のECHOは精々3メートルほど。だがそれでも、人間にとっては十二分に脅威な大きさだ。このままじゃマズイ、そう感じたのは運搬車の中にいる者も同じだったのだろう。


 走っている運搬車のコンテナが稼働した。天井部が開き、内部の装置が立ち上がっていく。日の光に晒されたそれは、ハンガーに固定されたEXMだった。


「きゃぁああああああぁ〜っ! プッシュバックぅうううううう!」


 人混みの向こうから歓喜の声が上がる。


 何度も彼女に語られた……あれは、第三世代型・量産型EXM……プッシュバックだ。頭部のセンサに胸部のコクピットに膨らんだ背中……形状は映像で見たシュウエンに類似点が多い。


 異なる点といえば、薄い茶色に統一されたカラーリングと、右肩に描かれた”部隊マーク”、肩口から突き出している”トゲ”や、肩にある”取っ手”、臀部と踵のローラーくらいか。


 ハンガーから両腕のロックが解除される。機体の腕が脇へと伸び武器を掴む。EXMサイズの散弾銃――ショットキャノンだった。


 そのトリガーが引かれる。優秀な火器管制システムが照準を補正し、運搬機に揺られているにも関わらず、弾丸を迫る2体の蜘蛛型へと命中させた。直後、ビクンとECHOの身体が跳ね、走っていた勢いのまま地面を転がった。


電撃スタン弾……」


 ECHOは接近戦でしか倒せない。そのために開発されたEXMだ。しかし、動きを止めるだけなら別。遠距離からスタン弾を打ち込み、電流を流し動きを封じる事が可能だ。


 ――そして、動きを止めたなら。


 プッシュバックを乗せていた内の1台がブレーキを掛けた。速度が落ちるとプッシュバックは全身のロックを解除し、飛び降りた。ギギギと擦過音が響く。特別頑丈に舗装された駐屯地内の地面が、プッシュバックの巨体を受け止めた。


 プッシュバックが地面を蹴る。重量からくる振動が、地面を通してトオル達へと伝わった。プッシュバックは走りながら大腿部へと手を伸ばし、短剣を引き抜いていた。


 と、そこでようやく人の波が途絶える。アイの下へと辿り着く。


「アイ、いい加減にしろッ! 逃げるぞッ!」


「トオルくん……すごい、すごいよ! 生の戦いなんて見るの初めてだよわたし!」


 戦闘の興奮で、周囲が見えていないようだ。自分も危ないって事くらい気付け馬鹿、と腕を引っぱる。アイが足を突っ張って抵抗する。


「このっ……ロボ好きもいい加減にしろよお前!? 戦闘なら中継でいくらでも見れるだろうがッ!」


 ECHOとの戦闘は、そのほぼ全てが生中継で配信・報道される。今も空に視線を向ければ撮影用ドローンが飛んでいた。


「でも、映像と生じゃ全然違うし〜っ」


「ああ、もうッ……!」


 全く聞き分けようとしないアイに舌打ちし、トオルは言い方を変える。


「お前がここに居たら、邪魔になってEXMが全力で戦えないだろ! その所為で負けちまってもいいのか!?」


 その言葉にアイは、ハッと動きを止め、顔を上げる。


「そ、それは盲点だったよわたしっ!」


「わかったらさっさと行くぞっ!」


 さっきの集団から遅れて、ようやく二人は逃げ始めた。


 走る。走る。走る。


 しばらく走って……ようやく、先に逃げた集団に追いつく。しかし、そこには怒声や悲鳴が飛び交っていた。ほとんどパニックに近い状態だ。爆発音が度々起こり、衝撃に地面が揺れる。揺れに足を取られて一人が転べば、さらにその人につまづいて大勢が転ぶ。


「アイ、しっかり掴まってろよッ!」


「う、うんっ!」


 アイの腕を引いて走る。いつしか随分と走っていた。あとはこの道をまっすぐ進むだけ……そう、トオルが交差点に足を踏み入れた時。


 ――すぐ横に、影。


 大きなエンジン音が響いた。クラクションが響く。真横から、運搬車が飛び出してきていた。その真っ赤なコンテナには何体もの蜘蛛型が取り付いついていた。プッシュバックがそれらを引き剥がそうとしているのが見えた。


 運搬車が目前まで迫ってくる。トオルにはその景色がスローモーションに見えた。運搬車の運転手が驚愕に顔を染めハンドルを切る。甲高い擦過音が響く。車体がわずかに腹を見せる。が、遅い。


 ――かれる。


 そうトオルはそう直感した……その時、


 ――目の前で運搬車に蜘蛛型が着弾した。


 衝撃に、トオルの身体と意識は吹き飛ばされた――……



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