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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第1章 〜次代の英雄編〜
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第2話 「十年越しの遺恨」

 日付が変わって日曜日。電車の中。流れる外の景色を――マンションの並ぶ町並みを眺めていたトオルが、暇を紛らわせるようにアイに尋ねる。


「行きたい所ってゲーセンか? 大会とか?」


「ちっちっちー」


「それなら模型店?」


「ぶっぶー」


「じゃあ映画館だな」


「違いまぁーす」


 トオルは不可解そうに首を傾げる。アイの用事と言えば三つのパターンがほとんどだ。


 ゲーセンでEXMを操縦する――実際のコクピットと同一のものが使われている事が売りのアーケードゲームをプレイするか、模型店でEXMのプラモデルを購入するか、映画館で新作のロボット映画を見る事。


「あ、そういえば。近いうちに展示会だったか火力演習だったかがあったような……って、なんで俺こんなの把握してんだよ……」


 トオルが毒されている自分に気付き項垂れる。しかも「大・正・解っ!」とドンピシャだったようで、ますますトオルのダメージとなった。


「なんとここに……じゃーんっ! 新型機の披露会に参加できる一組分のチケットがっ! まだ一度も公開がされてない、EXMの最新機だよっ! ねぇねぇ、トオルくんっ。トオルくんトオルくんトオルくんっ! 行きたいよね? 行きたいでしょ? 行きたいに決まってるよね〜!」


「わぁーった、わぁーった、わぁーったから! は・な・れ・ろ! 十分喜んでるから!」


「ふふんっ!」


 そんな彼女に呆れてトオルが言う。


「はぁ……ほんとお前、ロボット好きな」


「当たり前だよ〜! だってロボットは、わたしの第二の両親だからっ!」


 そんなやりとりをしながら何度か電車を乗り継ぎし、その先で地面に足を下ろした。


「うーん、到着っ! って言ってもまだここから結構距離あるから、歩かないとだけど」


 言って、ずんずんとアイは進んでいく。


「はぁ……」


 大きくひとつ息を吐いて、トオルは彼女の背中を追った。


 道中には廃れた街並みが広がっていた。視界アイフォンに地図を表示させると、やはりというかなんというか、都心から離れた場所だった。


 アイに説明された、今向かっている演習場が併設された駐屯地キチ――花道ハナミチ駐屯地についてを思い起こす。そこは、ECHO出現後に新設された駐屯地の一つだ。その経緯から、前線に近い位置に存在する事は当然といえば当然なのだけれど……。


「あんま前線に近い所いくのはなぁ」


 街がやや閑散としているのは、この辺りは既にほとんどの住人が避難してしまったからだろう。ちらほらと見かけるのはまだこの地に未練がある人か、あるいは避難できない事情がある人か。


「そういえば。お前のもらったチケットってモエさんからか?」


「……えーっと、ううん……自分で応募して当選したやつ」


 どこか気まずげな笑みをアイは浮かべた。


 モエ、というのはアイの姉の名だ。彼女は防衛省の技術研究本部に所属しており、中でもEXMの開発に携わっている。だからもしや、と思ったが……違ったらしい。しまったな、とトオルは内心で顔を歪める。


 彼女達、逸見姉妹の仲は酷く微妙なものだ。


 ――モエは、アイが最も側にいて欲しいと願った時にいなかった。


 アイの両親はEXMの開発者だった。しかし、戦闘に巻き込まれて死亡した。そんなアイには家族が必要だった。側に居て欲しいとモエに願った。だがモエは自分の恨みを優先させた。アイを家に一人放置し、両親の後を追うようにEXMの研究に没頭し続けたのだ。


「……そうか」


「あ〜っ! トオルくん今、気を使ったでしょ? わかるんだからね、わたしっ」


 アイが余計な所で勘を働かせる。


「平気だよぉわたし。確かに寂しかったけど……でも、きっとお姉ちゃんも辛かったんだよ。だから研究に没頭して紛らわせようとしたんだと思うのっ、わたし」


 アイは前向きに笑った。


「それにね、将来はわたしもEXMの開発とかに関われたらなぁ……って、そう思うの。それで……その時は、お姉ちゃんと二人で並んで研究とかしたり、意見交換したり……仲直り、できたらなぁって」


 トオルはその言葉に複雑な感情が内側から湧き起こった。それを押し込めて、口を動かす。


「できるさお前なら。……その為には、好きな教科以外も勉強しなけりゃいけねーけど」


「……う、うぐぅっ!? こ、ここでそれは言わないで欲しかったかなぁ、わたしっ。ていうかそれを言ったら、そもそも勉強してないトオルくんはどうなるのさ!? 昔はあーんなに一生懸命だったのにっ!」


 トオルは「は・は・は」と無表情に笑った。


「じゃあ今日は披露会に行くのはやめて、帰って勉強を……」


「ゆ、許してくださいお代官様ぁ〜っ! 真面目に、真面目に勉強しますからぁ! 言う事も聞きますからぁ! 今日だけは、どうかご勘弁をっ……!」


 アイがトオルに縋り付く。トオルは大袈裟にため息を吐いた。


「……仕方ない。特別に許可してやろう」


「さっすがトオルくんっ! ありがとぉ〜っ! ……って、あれ? なんでトオルくんに感謝しなくちゃいけないんだろうわたし?」


 わいわい、がやがや。二人は雑談をしながら歩みを進め、


「あ」


 と。トオルは思い出す。


「どぉしたの?」


「いや、ちょっとど忘れしてただけだ。でもまあ……後で良いか」


「……あぁっ! そぉいえばトオルくん、今日お昼のときお薬飲み忘れてたねぇ」


「お前、そんな事はよく気付くのな」


 トオルは呆れた声で言った。


 彼は幼い時分に、脳内物質の分泌器官に異常をきたした。遺伝病、らしい。それ以来、彼は薬剤師だったか薬科学研究員だったかの母に渡された薬を常用していた。ちなみに、彼の感情が顔に出にくいのも、この薬の副作用らしい。


「まあ、大丈夫だろ。今までも何回も忘れた事あったけど、何もなかったし」


「だめだよぉっ、きちんとお母さんの言いつけは守らなきゃっ! うぅ〜ん、でも……心配だし。一旦帰って……」


「んな大げさな……。大体、薬くらい飲み物なくても飲めるだろ」


「ダメだよぉ〜。そんな飲み方したら、胃に悪いよぉ〜」


 先ほどまで絶対に行くと言い張っていたアイが足を止めていた。その顔はじぃ〜とトオルを不安そうに見つめている。


「……はぁ〜。こんな辺境でも自販機の1台や2台はあるだろ。そこで飲み物買って飲む。それで良いだろ?」


「それなら……うぅ〜ん。許すっ!」


 なんだそれは、と呆れながら再び歩き始める。


 ――思えば、彼女とも長い付き合いだ。


 もう10年ほどになるだろうか。こんな変人とこれだけ長くつるむ事になるとは思わなかった……ていうか、こんな変人に育つとは思わなかった。


「まあでも、根っこの部分は変わってねぇのかな」


 彼女にとってはロボットが至上。でも……。


 ――その大好きなロボットのイベントより、俺なんかを優先しようとする。


 それは当時のままだった。


 二人して歩く。歩く。歩く。自販機が見つからないか、視線を脇道にやりながら進んで行った。のだが、探しものというのは探している時に限って見つからないもので。


 ――これなら寧ろ、駐屯地に着いてから水でももらう方が早いかもなぁ。


 あえて地図ではなく、アイに尋ねる。


「駐屯地まであとどれくらいだ?」


「あともう少しかなぁ、わたしのロボットセンサーがそう言ってる!」


「あー、はいはい」


 そんなやりとりをした、ちょうどその時。覗き込んだ脇道――というより路地裏から悲鳴が聞こえた。


「トオルくん」


「……しゃーねーなぁ」


 アイはその返事を聞くと満足そうな笑みを浮かべ、しかしすぐにキリっと表情を引き締める。トオルはアイを伴い路地裏へ足を踏み入れた。


「……らない」


「……お前……悪い……」


「お前達……だから……俺達は……」


「……反抗……俺達……」


 二人が進むにつれ、声は明瞭になっていく。トオルがアイフォンを操作し、録画を開始した。そして、アイを制しながら、曲がり角から声の聞こえて来た路地裏へと顔を覗かせた。


 そこにいたのは中学生らしき三人の少年と、彼らに囲まれた座り込んだ小学生らしき二人の少女だった。少女の周りには、彼女達の手荷物らしき物が散乱していた。


 トオルは叫んだ。


「お前等、何してるッ!」


 少年三人がビクッと肩を跳ねさせ、飛び出して来たトオルを振り向いた。しかし、


「……はぁ〜、なんだ吃驚した」


 彼等は、トオル達の姿を確認した途端、彼らは安堵の息を吐いた。そして殊勝な表情を作り、言う。


「あのぉ、お兄さん達。僕ら別に虐めをしてたとか、ってわけじゃないんです」


「「そうそう」」


 三人組のリーダーらしき少年に他の二人も同調する。だが、ならばこの惨状は何だというのか。反省の色が見られない彼等にアイはぼそりと呟く。


「……この子達すっごいワルだと思うなぁ、わたし」


「お姉さん、違いますよ! ほら、よく見てくださいよコイツら」


 聞こえていたのか、弁解するように少年は言う。そして、囲い込んでいた少女の内一人――どことなく稲穂を思わせるサイドポニーの金髪を掴み、引っ張り上げた。少女から「痛っ……」と小さな悲鳴を上がる。


「この髪、コイツら――ガイコクジンなんですよ!」


 トオルはその発言に表情を歪めた。まだこんな奴がいるのか、と。


「コイツ等ガイコクジンの所為で、僕の父は死んだんです! こいつらは人殺しなんです。犯罪者なんです。僕らはただこいつらに罰を与えてただけなんですよ」


 言うと彼は急に手を離した。少女がバランスを崩し倒れる。それをもう一人の――銀の髪をした少女が受け止めた。二人はお互いを守りあうように抱き合っていた。


 ――『外国人の所為で』。


 トオルは昔、その言葉を何度も聞いた。しかし最近は、”ある男”の活躍によりなくなった、と思っていたのだが……それは表面的なものだったのか。


 彼らが言っているのは、ちょうどこの間の授業でも見た、”英雄最後の戦い”の事だ。あの作戦の内容はシンプルで、諸外国との連合部隊と英雄で、ECHOの中枢――隕石の落下した中国地方の山奥に巣食う”核型ユグドラシル”を打倒し、日本に平和を取り戻す事だった。


 だが作戦成功の間際にイレギュラーが発生した。ECHOに新種が現れたのだ。それによって人類は一転、苦境へ追いやられた。


 そんな時、


 ――外国軍は逃げ出した。


 状況が不利とみるや、日本を見捨てて撤退を開始したのだ。戦線は崩壊。揺り返しのように大量に攻めてきたECHOは市街地まで侵入し……大勢の人が死んだ。


 その怒りは、トオルにだって理解出来る。トオルもまた大切な人を失った一人だ。けれど……。


 ――だからって、外国人って一括りに敵対するのは間違ってるだろ。


 トオルはコツコツと自身のアイフォンを叩いて、少年達に示した。そこには赤いランプが灯っていた。


「わかるだろ、録画中だ。今後この子を虐めれば……このデータを学校に提出する」


「なっ……お兄さん、ガイコクジンを守るんですか!?」


「外国人云々じゃない。ただ人として、暴力を止めるだけだ」


 リーダーらしき少年が怒りの形相でトオルを見ていた。しかし残る二人は「や、やばいよ……」「ちがっ、僕たちは……」慌てて弁明しようとしていた。


「わかってるんですか? ガイコクジンは、僕らの敵なんですよ!? こいつらさえいなければ――」


「――わたし達の敵はECHO、でしょ?」


 アイは、「そう思うなぁ、わたしは」といつもの間延びした、しかし否を言わせない声で言った。少年はたじろぐが、「それでもッ!」と続けた。


「こいつ等の所為で父さんが死んだ事実は変わらないッ……!」


 それを捨て台詞としたように、「いくぞっ」と少年は去っていく。他二人も彼を気遣うように、あるいはトオル達から逃げるかのように、去っていった。


 その後ろ姿を見ながら、ぽつりとアイが呟いた。


「復讐じゃ……誰も救われないんだよ」


 アイの言葉は彼等か、あるいは姉に向けられたものか……。


 彼等が立ち去り、静けさを取り戻した路地裏。トオルとアイの二人は、残された金髪と銀髪の少女を見る。少女達の服は一目で分かる程の古着だった。それに今時アイフォンを着けてもおらず――当然、手首に腕輪型センサもない。


「もう大丈夫だよ〜」


「来ないでッ!」


 近づこうとしたアイに、金髪をサイドポニーにした少女が鋭い視線を向ける。もともと勝気な目元をしているのも相まって、アイはやや気圧される。


「へーき……自分達でできる、から」


 金髪少女の後ろ、肩口までの銀髪をした少女が淡々と言う。


 結局、彼女達は二人で荷物を拾い終えると、逃げるように去って行ってしまった。


「……なんか、悲しいね〜。みんな仲良くできればいいのに」


「まぁ、簡単にどうこうできる問題じゃあないしな……それこそ、戦争が終わらない限り」


 戦争が終わらない限り、日本のどこかで『あの時、外国軍が逃げなければ』という恨みは増え続ける。おかしな話だ。外国と和解すれば平和を取り戻すのは簡単だろう。しかし、和解のためにはまず平和が必要なのだから。


 トオルは気持ちを切り替えるようにアイに声をかける。


「そういえば、時間は大丈夫なのか? 披露会は何時からだ?」


「はぅあっ! そ、そうだったぁっ! 急がないと見逃しちゃうよぉ〜っ!」


 ばッと立ち上がり、彼女は急いで元の道へと戻り始める。トオルはそんな様子に、ほっと小さく息を吐き、その後ろ姿を追いかけた。


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