完結話 「始まりの青」
―Side:Other―
女子高生が一人、横断歩道で足を止める。そのあまりに整った容姿に、同じく横断歩道で足を止めていた人達は思わず振り向く。
――いつもの事だ。
しかし、いつもの事ながら悪い気分ではない……と、その女子高生の”格好をした”男子生徒はクスリと笑った。そんな笑みにまた周囲の人々はドキリと心臓を跳ねさせるのだが、それはともかく。
彼は街頭ディスプレイに映るニュースを見た。それは数ヶ月前に起きた戦いに関するものだった。かくいう彼も、当時はあの中に混じって戦った物だが……まあ、昔の話だ。
――第16師団は解体され、もう存在しない。
EXMは全て廃棄され、人機連隊もなくなった。当然パイロットもお払い箱だ。既にECHOはいない。ならばあんなコストパフォーマンスも性能も悪い物など、誰も使いたがるはずがない。
彼自身、今は普通……とは違うかもしれないが、高校生をやりながらアイドルを目指していた。ただ、
――”彼”と競い合っていた時ほど楽しい日々は、もうないかもしれない。
そんな事を思う事があるくらいで。
と、彼のすぐ脇をきゃっきゃっという声と共に子供が駆け抜けた。しかし、
――信号は、緋い。
彼を含め周囲の者達が気付くが、遅かった。既に子供は道路へ飛び出しており、運悪くそこへトラックが突っ込んできていた。子供は萎縮してしまったのか、よりによって道路の真ん中で足を止める。トラックの運転手がハンドルを切る。ダメだ――ぶつかるッ!
――甲高いブレーキ音が響いた。
ドンッ、という鈍い音が遅れて響いた。周囲が悲惨な光景から逃れようと反射的に目を瞑り……そして、ゆっくりと開いた。そこにあったのは、血に濡れた子供……ではなかった。子供は少し離れた位置で、ランドセルを下敷きに仰向けになっていた。
子供はけろりとした様子で立ち上がってから、今更に恐怖を感じたのか泣き出した。
――奇跡、だった。
彼は、何が起こったのかを目撃していた。偶然にランドセルがトラックと子供の間に入ってクッションとなり、跳ね飛ばされた後もランドセルがクッションとなって子供を守ったのだ。
周囲が、歓声と安堵の声を上げた。
しかし最近、そういう光景は珍しくもなくなっていた。どこかが調査した結果によると、事故や病気による死亡率がここ最近、著しく減っているそうだ。それは……そう、言うならば、
――”奇跡”。
彼は顔を上げた。空は青く晴れていた。そこを、風に乗り、桜の花びらよりもう少しだけ濃い色をした……緋く見える光が宙を舞っていく。それはすぐに見えなくなった。
視線を前へ戻すと、信号が緋から青へと変わった。彼は一歩足を踏み出す。
以前より少しだけ奇跡が起きやすくなった世界。
そこで人々は、今日も生きていく――……
これにて日並トオルの物語はひとまず完結となります。
ですが、ライバル=ミツキの「目指せアイドル」や幼馴染=アイが約束した「トオルの為の機体」、アイの両親による「EXM製作話」、英雄=タツミが戦い抜いた「最初の決戦」や「妻=ホノカとの出会い」、エースパイロット=ギンの「タツミとの出会い」や「鬼教官=アラジと潜り抜けた死線」、師団長=ヒロの「成り上がり復讐道」などなど……書きたいエピソードは山盛りです。
その辺りにつきましては、機会があればまた。
評価、感想、誤字指摘などお待ちしております!
それでは、最後までお付き合い頂き本当にありがとうございました。