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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第3章 〜最終決戦編〜
24/25

最終話 「緋い雪の降るクリスマス」

 ―Side:トオル―


「……っ」


 トオルの指先がピクリと震えた。ゆっくりと瞼が持ち上がる。酷く身体が痛んだ。しかし、それ以上に周囲の爆音が気になった。身体を起こすとそこはコックピットではない。地面だ。振り返ったそこにあったのは、


 ――戦争。


 だった。


 EXMが一方的に蹂躙されていく。鋼鉄の腕が、足が、頭が、胴が、バラバラに砕け散っていく。外国部隊の戦車が砲弾を放つたびに、それは起こった。しかしEXMは立ち止まらず、敵へと足を踏み出していく。


 ――憎い。


「……ッ!」


 トオルの中に、コールタールのような黒く粘性の高い感情が流れ込んでくる。


 ――憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……奴らを殺せッ!


 機体も何もない生身だというのに、身体は立ち上がろうとする――敵へと突撃せんとする。と、その時。ポケットから一つのビニール袋が落ちた。それを見た瞬間、トオルは本能的にそれを引っ掴み、中に入っていた薬をガリッと噛み砕き、飲んだ。


「……はぁッ、はぁッ、はぁッ……はぁ……」


 徐々に心が落ち着いていく――いや、違う。ただの精神安定剤ではない。


「お袋……」


 思わず声に出る。この薬は、トオルが戦闘に巻き込まれ、入院し……1週間ぶりに家に帰ってきた時、テーブルに置きっ放しになっていた物だ。もう飲む必要はなくなったと言われたが、それでも御守り代わりに持ち歩いていたのだ。


 今なら、この薬にどんな効果があったのかが解る。


 ――この薬には、周囲との”共感”をカットする力があるのだ。


 パイロットはただ、ECHOに与える影響が大きいだけではない。人にも、同様に感情やイメージが伝播しやすい――人々に希望を与える事ができるのだ。もちろん、悪意も。


 もしこの戦争が”終わって”しまえば、もはや止められなくなる。全面戦争が始まる。それも、日本人全員が特攻隊・決死隊の、だ。皆殺しにされるまで、それは止まらない。


「やめ、ろぉおおおおおおッ!」


 トオルは叫んだ。しかし周囲は誰も耳を貸さない。戦いがただ一方的に進められていくだけ。今ここで動けるのはトオルしかいなかった。トオルが、この戦争を止めなければならないのだ。


 そんなトオルが、ふと振り向く。自分の背後にある物に気付く。


 ――中核型。


 それにトオルは、アイが掴んだという情報――”英雄計画”のあらましを聞いていた。その計画の要であるタツミのクローンには、ECHOを倒す以外にもう一つの役割があった。開演型が一度の搭乗でパイロットをほぼECHO化してしまうのも、ある意味では副作用ではなく、効能。


 それは、


 ――ECHO化したパイロットを、中核型のコントローラーとする事。


 ECHO化したパイロット……それはある意味では、人工のECHO……人語を理解するECHOだ。それを中核型に同化させる事で、ECHOをコントロールする事こそが最上の目的。


 既にタツミは消えてしまった。しかし、こにはもう一人、開演型に搭乗した影響で身体のほとんどがECHOと化している人間がいる。


「――俺、は」


 トオルの頭にアイ達――大切な人達と、そして、その他大勢――顔も知らない人達とが浮かぶ。トオルが死ねば、アイ達は悲しむだろうか。きっとアイは悲しむだろう。凡人だとか天才だとかじゃなく、トオルだからと言ってくれた、アイ。


 ――『トオルくん、待って……ダメっ……!』。


 そんな声が聞こえた気がした。


 悩み立ち尽くすトオルに、砲口が向いていた。トオルは、はッと気付き振り向く。が、遅すぎた。炸薬の燃焼――砲口の奥で閃光。砲弾が飛び出し、こちらへと飛んでくる。


 ――死。


 何も選べないまま、ただ死ぬ。そんな未来をトオルは見た。


 ――そこへ、手が差し伸べられた。


 ギギギとカイエンの身体が崩れ落ち、トオルに覆いかぶさるように倒れていた。着弾――激しい爆発が起こる。しかし弾丸はカイエンの半身を吹き飛ばしただけで、まるで奇跡のようにトオルを守りきっていた。


「……親、父?」


 トオルは不思議と、そう言葉を紡いでいた。コックピットには当然、誰もいない。なのに、なぜか父に守られたように感じられた。


「……あぁ、そうだよな」


 同時に、決心が着く。


 トオルは地面を蹴っていた。向かう先は――中核型。


「もう、結論はあの時に出てたんだ」


 あの時……アイの袖を振り払った瞬間に。そうして、中核型へと辿り着く。腕を伸ばす。背後では、次弾を装填した戦車砲がトオルを向いていた。


「アイ……俺は、皆の英雄ヒーローになるよ」


 砲弾が放たれた。それと同時、腕は、身体は、まるでそこが本来あるべき場所だったというかのように、あっさりと中核型へと溶けていった。


 爆発がトオルの居た場所で起こった――……


   *  *  *


 ―Side:アイ―


 アイはディスプレイの向こうでそれを見ていた。


 トオルが中核型へと溶けた直後、ECHOに異変が起きていた。全てのECHOが溶け、緋い靄へとなっていく。蜘蛛型アラクネも、投石機型ブリューナクも、百目型アルゴスも、膨胎型マザーも、巨大な口も……そして、中核型ユグドラシルも。


 赤い靄は空へと消え、やがて、空からは緋い光が降ってきた。


 ――緋い雪。


 それを見てアイは今更、今日がクリスマスイブだった事を思い出した。


 奇跡のような光景だった。緋い雪を浴びた機体は……あるいは戦車は、攻撃を止めた。我に返った様に、あるいは夢でも見ているかの様に、彼等はコックピットやハッチから身体を出すと、ただ空を見上げた。


 いや、ディスプレイの中だけじゃない。アイ達の上にもその紅い光は落ちてきた。その小さな光をアイは両手で受け止めた。光は雪のようにすぐに溶けて、やがて消えた。ただ、無性に愛おしさと悲しさだけが胸に溢れた。


 ぽろぽろと両目から涙が溢れ続けた。涙はいつまでも、いつまでも止まる事なく流れ続けた。モエはそんなアイを強く抱きしめた。


 戦いはそうして、終わりを迎えた。


 戦場で空を見上げるEXMのライトから、溶けた紅い雪が雫となって流れていた――……


 あとはエピローグです。

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