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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第3章 〜最終決戦編〜
22/25

第4話 「緋色vs.緋色」


 ―Side:トオル―


 最前線へと到達したトオル――シュウエンと、開演型がぶつかり合った。


 そこはECHOの中核型の目前にまで迫った場所。中核型はまるで中枢神経――脳と神経が寄り集まって樹木のような形を取り、大きく聳え立っていた。枝のように伸びた神経の先端付近には赤い靄がまとわり付いている。それが一瞬、紅葉に見えた。


 周囲の地面には無数のコブ――いや、”胎”があった。あちこちのそれが破れ、内側から粘性のある液体とともに一回りほど小さな”手”や”腕”が生まれ続けていた。あれらもまた、中核型の一部分だ。あれは”根”の一部が膨らみ、地表に露出したもの……”膨胎型マザー”と呼ばれるECHOだ。


 そんな戦場で、シュウエンの持つ旧式のWASPナイフと、開演型の持つ刀。それらがギリギリと音を立て、鎬を削っていた。


「今のうちにッ!」


 トオルは膝を着くエース機に視線を向け、叫んだ。その機体はすぐに、不安定な足取りながらその場から撤退していった。大樹の根元で、シュウエンと開演型の――トオルとタツミの一騎打ちが、始まった。


 開演型の攻勢は凄まじかった。大太刀を縦横無尽に振るいシュウエンを攻め立てる。一方シュウエンの装備は、大腿部に格納されていた小さなナイフのみ。両手に一本ずつ握ったナイフで、受け流すようにして攻撃を防ぐ。


 しかし、その出力はほぼ五分にも近かった。シュウエンの全身から溢れる緋色の光は、もはや爆発とさえ言える程だった。今この戦いを、日本中の人が――あるいは世界中の人が見ているのだ。窮地に駆けつけた蘇りし緋色の機体。その戦いぶりに誰もが”救世主”の姿を見ていた。


 防ぐ。防ぐ。防ぐ。何度も何度も、攻撃を防ぎ続ける。シュウエンの猛攻を小さなナイフで防ぎ続ける。やがてついに、その瞬間が訪れる。


 シュウエンが焦れたように刀を大振りにした。と同時に、


「ォオオオオオオオッ!」


 トオルが踏み込んだ。相手の懐に潜り込む。完璧なタイミング。今更、刀を振り下ろしたところで遅い。十全な力も乗らない。もはやここは刀の領域ではないのだ。


 シュウエンの握ったナイフが、開演型の胸部を切り裂いた――その時。


 ボコリ、と開演型の身体を覆っていた血肉の装甲が膨らんだ。次の瞬間には開演型の姿が変わっている。まるで”忍”の如き外装。手に持つのは苦無くない。開演型は、加速した。一度はわずかに装甲を切り裂いたはずのナイフが、躱される。


「換装ッ……!」


 眼前で見せられたそれにトオルは驚愕の声をあげる。超至近、短剣同士の斬り結び。しかし、


「疾いッ!?」


 ――手数が追いつかないッ……!


 先ほどまでは同等だった切り結ぶ速度。だが今は、開演型が繰り出す苦無をシュウエンは防ぎきれない。こちらは基本の装備。それに対して向こうは軽量さと可動域、馬力ではなく瞬発力に特化した装備。


 装甲自体は薄くなったため、今ならば弾丸でも撃ちぬけそうではあるが……シュウエンにぴったりと張り付いて離れない。


「くっ……このッ……!」


 徐々にシュウエンの装甲を、開演型の苦無が掠めるようになっていく。ガリガリと身体中が抉れていく。やがて、猛攻に耐えられず片方のナイフが弾き飛ばされる。


「しまッ――!?」


 そこへ相手の苦無が迫る。それをギリギリで、腕で直接受けて防ぐ。破砕音を鳴らして腕部を苦無が貫いた。瞬間、トオルの腕にも激しい激痛が走った。


「ッ……!」


 いや、それはただの錯覚だ。今のシュウエンは、まるでトオルが実際に手足を動かすかのように、想像通りの動きを見せていた。それは、あまりにも高い次元に高まったキーマン適正による作用。それが、本当に腕を刺されたかのような錯覚を引き起こしたのだ。


 腕を苦無から引き抜き、飛び退く。しかし合わせるようにシュウエンが再び詰めてくる。逃げきれない。


 ――殺られる。


 トオルの脳裏に死が映った。片方の苦無はナイフで防いだ。が、もう片方がトオルのいるコックピットへと真っ直ぐに伸びていた。苦無の先端が眼前に迫っていた。シュウエンの胸部装甲にそれが触れ、


『――”狙い撃つぜ”ッ!』


 苦無に、弾丸が突き刺さった。苦無が弾き飛ばされ、宙を舞う。驚愕したように開演型がバックステップで距離を取った。弾丸が飛んできた方向……その遠方には、一台の大型トラックがあった。そのコンテナから、随分昔に制式装備から外れた、旧式の狙撃砲スナイパーライフルが突き出ていた。


『ほ、ほんとに当たった……。ふ、ふははっ! ”百発百中フライクーゲル”の名を無礼ナメるなっ!』


『馬鹿言ってる場合かぁ! 坊主ぅ、届けもんだぁッ!』


 聞こえた声は、エイミーと老人だった。


 ――あのトラックは……!


 トオルは、シュウエンの足をそちらへと踏み出させる。しかし、逃さぬとばかりに開演型が飛びかかってくる。それを、2機の専用機が間に入り、止める。


 EXMによる戦いにおいて、エースというのは単騎で当千の価値がある。故に、修理や手足の換装を行う専用のトラックが待機していたのだろう。2機のエース機は『今の内に行け!』と言わんばかりに、凄まじい勢いで開演型を攻め立てていた。


 トオルは大型トラックへと走った。戦場を抜け、トラックが載せたコンテナにまで辿り着く。使い方はよくわかっている。


 立ち上がったコンテナ――そのレバーを思い切り引いた。コンテナが開き、シュウエンを包み込む。次に外気に晒された時、そこにあったのは鎧武者にも似た追加装甲を纏った姿だった。


 破壊されたはずの腕も換装され、きちんと動くように。底を尽きかけていた燃料も最大まで回復している。


『行けぇえええっ! トオル君ッ!』


「はいッ!」


 トオルはフットペダルを踏み込んだ――シュウエンが先ほどよりもずっと力強く、大地を踏みしめる。最前線へと――開演型の元へと舞い戻る。先ほど戦いを引き受けてくれた2機が、ボロボロの状態で、しかし攻撃が最大の防御とばかりに攻め続けていた。


 先ほど助けたエース機がトオルが戻ってきた事に気付くと、最後の置き土産とばかりに機体の特殊装備を稼働させた。


 ――機体の背中に”翼”が生えた。


 いや、そう錯覚するほどの眩い緋色の光が放たれた。緋色の翼を生やした機体は、まるで瞬間移動のような速度で開演型へと飛び、タックルをかました。


 開演型はギリギリで躱すも、掠めただけで装甲をいくつも吹き飛ばされ、蹈鞴を踏んだ。一方、翼を生やしていた機体は着地と同時に両足が破損し、盛大に転がった。もう1機のエース機体が、その機体を回収して去っていった。


 命がけで作ってくれた隙。


「ぉおおおおおおおおッ!」


 トオルは開演型へと駆け、刀を振り抜いた。開演型は刀を苦無で受けるも、受け切れない。一撃の重さが先とは違った。連続で刀を振るう。開演型はそれを、苦無と大腿部から抜いたナイフで必死に受け流す。さっきとは丁度、逆の形。


 防戦一方の開演型――その忍にも似た追加装甲を次々と切り裂いていく。あともう一太刀――それで内部フレームにまで刀身が届く、となったその時、再び開演型の身体が緋い靄に包まれた。


「このッ……! またッ……!」


 現れたのは再び鎧武者。しかし、そこには先ほど――鎧武者時に付けた”傷”が健在だった。トオルは気付く――換装する度に全快するわけではないのだ、と。一度その装甲に付けた”傷”は人々に……そしてトオルというキーマン適正者のイメージに残り、再生を許さないのだ。


「ラァアアアアアアアッ!」


 シュウエンと開演型が切り結ぶ。互いの鎧を削り、刀を折り、兜を割る。手甲を剥ぎ取り、脛当てを切り裂き、大袖を切り落とす。やがて両者の刀が全て尽きる。開演型が三度みたび、換装を試みる。


 トオルは即座に跳びのきながら追加装甲をパージする。そして危険を顧みず、側まで近付いて来ていたトラック――そのコンテナから巨大な杭打機パイルバンカーを取り出した。それが稼働に、片腕から背部にかけてをガッシリと覆い尽くす。


 両者が地面を蹴った。そして、振りかぶったパイルバンカーのトリガーを引く。全く同じタイミング。鏡合わせが如く、杭は同じ軌跡を描き――衝突。凄まじい衝撃が大地を揺らした。


 正面からぶつかり合った杭が変形し、あらぬ方向へと飛んでいく。シュウエンは即座にパイルバンカーをパージし、掛けた。大腿部からWASPナイフを引き抜いた。それは先ほどの換装で再装着した、最後の一本。


 対する開演型も追加装甲を消した。大腿部から同じく最後の一本であるWASPナイフを抜き放つ。お互い、全ての換装を使い果たしていた。ナイフが、ぶつかり合う。


「ッ――!」


 擦れる刀身。激しく散る火花。相手のナイフに注意を向けながら、互いの拳を、あるいは足を、相手の身体へと叩き込む。単純な機体スペックは圧倒的に開演型が上。しかしシュウエンには、民衆の”勝利を願う心”というバックアップがある。それで、同等。


 だから、後の勝負を決めるのはパイロットの力量だった。そして……それもまたなんと、”同等”だった。


 ――あぁ、そうか。


 トオルは互角に格闘を続けながら思った。操縦技能が高いのは圧倒的に相手――タツミの方だ。だがタツミにはなくて、トオルにだけあるものが一つだけあった。それは、


 ――経験。


 それもさらに言うなら、対EXM戦闘の経験だ。トオルはこれまで何度もシミュレータで戦闘訓練を行ってきた。EXM同士の戦いにおけるセオリーや戦術がいくつも彼の中にはあった。それが、技術の差を埋めていた。それはまるで、”誰か”がこの状況を予測してEXM同士の戦闘をさせていたのではないか、と思うほど。


 ――そういえば。


 ギンとのシミュレータでの戦いを思い出す。彼との戦いも、圧倒的な技術を持つ相手との戦闘だった。しかし、冷静になってみれば、もしかしたらあの時、トオルにも勝てる可能性はあったのかもしれない。


 相手には対人のほとんど経験はない。ならば、このように格闘戦へ――自分の土俵へと相手を引きずり込んでいれば、あるいは……。きっと、相手が天才だから、なんて無意識の諦念がトオルに実力を出させなかったのだ。


 ――でも、今は違う。


 シュウエンの一撃が、開演型の装甲を削り取る。同時に、開演型の一撃がシュウエンの装甲を削り取る。


 ――今はもう、知っている。


 開演型の腕を掴み、引き寄せる。ナイフを突き出す。開演型は腕の装甲をパージして逃れる。もう一度突っ込んでくる。だが開演型は、刃を交合わせる直前で装甲を全てパージした。一気に速度が上がり、こちらの攻撃が外れる。


 相手のナイフが迫る。そこへトオルも合わせて全身の装甲をパージし、速度に対抗する。ナイフがぶつかり、火花を散らした。


 ――凡人でも、英雄にはなれる。


 両者がぶつかる。トオルは一歩、先ほどまでよりさらに深く踏み込み、ナイフを振るう。開演型も引かない。同じように深く踏み込み、ナイフを振るう。両者の前面装甲が引き裂かれ、中のコックピットが露出する。


 トオルの眼前で、凄まじい破砕音と火花が起こっていた。装甲の破片がコックピット内を飛び交い、幾つかがトオルの身体を打ち、あるいは切り裂く。血が額から流れていた。


 緋色の髪をした男と、トオル……お互いがお互いを、肉眼で見ていた。緋色の目が――視線が合っていた。


 一瞬の静けさ。いつの間にかそこは中核型の間際だった。人間の脳にも見えるピンク色の”幹”を背に、開演型が足を止める。シュウエンもまた足を止めていた。どちらも引く事などできなかった。


「――――ッ」


 トオルの喉が、言葉にならぬ咆哮を発した。両者が同時に足を踏み出した。右手に握ったナイフ同士がぶつかり、砕け散った。すかさず、左の拳を振り抜く――それもまたぶつかり、砕け散った。


 両の腕を振り抜いたシュウエンも、開演型も、身体のバランスを崩していた。互いに回避行動など取れぬ状況。だからこそ、動くならば今だった。


 両者の肩口が稼働する。ガシャンと音を鳴らし、”トゲ”の先端が相手を向く。


 ――電撃錨スタンアンカー


 照準は互いにコックピット。


 トオルはその光景を、スローモーションに見ていた。いや、トオルだけじゃない。その光景を見ていた全員が、その一瞬を、鮮明に捉えていた。


 バシュッ、という音が重なり響く。宙をアンカーが駆ける。ワイヤーがシュルシュルと伸びていく。互いのアンカーの軌跡が、宙で交わる。一本は互いにぶつかり、あらぬ方向へ弾かれていく。しかしもう一本は、ギリギリを掠め、狙った場所へと吸い込まれていった。


 ――破砕音が響き、鮮血が舞った。


 シュウエンのコックピットに、アンカーが突き刺さっていた……トオルの頬を掠めるようにして。そしてトオルは、アンカーに腹部を貫かれたタツミを見ていた。


 ――開演型の攻撃は、外れていた。


 戦場に静寂が訪れる。全てのECHOが動きを止めていた。


 そこに、ぽつりと声が響いた。


「――長い、夢を見ていたようだ……」


 タツミが、言葉を発していた。その目に闘争の色は――紅い光はなく、優しい色が浮かんでいた。


「親、父……?」


「……トオル、か? いつの間に、こんなに大きくなったんだ……。これじゃあまるで、”未来”を見ているかのようじゃ、ねぇか……」


「っ……!」


 トオルは気付く。タツミ――いや、”父”の時間はあの戦いで止まっているのだ、と。


「お前が未来のトオルなら……どうか、答えてくれよ。お前の時代はもう、戦争はなくなったか? 絶望はなくなったか? お前は幸せに暮らせているか?」


 トオルは口を開きかけ、しかし歯を食いしばって言葉を飲んだ。そして笑みを浮かべる。


「とても、平和だよ。刺激がなくて退屈なくらいだ」


「……そう、か。よかった」


 意識が混濁しているのだろうか、タツミの言葉は酷く曖昧になっていく。視線は虚ろに、ここではないどこかを見る。


「なら……俺の願いは、叶ったん、だな……」


「親父っ……!」


 トオルが叫ぶ。しかしその声は届かない。彼の口からごぽっと血の塊が溢れた。


「あぁ……ホノカに、一緒……いられ……悪か、った……」


「親父ッ!」


 途切れ途切れの言葉。タツミはふと、斜め上空を見上げた。そこにあるのはコックピットの内壁だけだ。しかし彼は嬉しそうに”そこ”を見て、笑っていた。


「あいつ、も……褒めて……。強く、なっ……ギ、ン……」


 そしてタツミの身体は急速に膨らみ、パンと弾けて消えた。緋い靄になった。トオルには最後、彼が何を見ていたのかがわかった。開演型の肩口――攻撃を外したアンカーの射出機からは、火花が散っていた。それはギンが最後に放ったパイルドライバーが突き刺さった場所だった。


 ――最後に救ってくれるのは、仲間。


 そんな誰かの言葉を思い出した。アイと、ミツキと、エイミーと、ギンと……他に大勢の姿が、トオルの意識に浮かんでいた。


 パイロットを失った開演型は、直立したままその眼から紅い光を薄れさせていき、やがて完全に停止した。戦場に立っていたEXMの一機が、拳を高く掲げた。勝鬨が、戦場に響き渡った――……


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