表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第3章 〜最終決戦編〜
19/25

第1話 「凡人がなれるもの」


 ―Side:ミツキ―


 ECHOとの戦いは人類側優勢で進められた。諸外国と日本の戦車でスタン弾を撃ち込みECHOの動きを封じる。そこへ日本のEXMが接近しトドメを刺す。もしこれが日本の自衛隊のみだったら、数に押されてこうは上手く事が運ばなかっただろう。


 ――いや。


 諸外国の部隊があっても優勢なのは今だけの話だ。それほどまでにECHOは多かった。過去の大規模侵攻と比べても段違いだ。それゆえ、求められるのは”短期決戦”。


 通信によると、現在の最前線は中核型まであと10kmの所らしい。第162連隊・第163連隊のエースパイロットを中心に戦線を押し上げているとの事。


『新米共ォ! テメェ等はここで待機ッ! 万が一に備えろッ!』


『『「了解ッ!」』』


 アラジの指示にミツキ達は応を返した。彼等は今、花道駐屯地付近にいた。


 諸外国から送り込まれた戦力は”全て”前線に出ている――市街の防衛には一切回されていない。彼等がやっているのは日本の防衛ではなく中核型の取り合いなのだ。そのため、前線を抜けられると守りが一気に薄くなる。


 ミツキ達はある意味、最終防衛線と言える。とはいえ、ECHOがここまで攻めてくるには、まだかなりの距離がある……と、考えたその時だった。


 ――眼前の景色が、揺らいだ。


「ッ――!」


『全機下がれェッ!』


 後方へ跳ぶ。同時に、揺らぎの”頂点”がパックリと裂けていく。その中には赤黒い血肉の色と、そして規則正しく並ぶ白い”歯”が見えた。やがてそれは完全に姿を露わにする。


『なんだ、コイツァ……!? でかい、”口”だとッ……!?』


 人間の口にもよく似た、半球ドーム状のECHO……しかしふざけているのはその大きさだ。直径10m強。開かれた口の中からは、無数の蜘蛛型と、肘を畳んでいた一体の投石機型が姿を現していた。


 ミツキはその巨体に意識の半分で驚きつつ、もう半分では冷静にレーダーを確認していた。先ほどまで何の反応も示していなかったというのに、今はそこに巨大な敵影がある。


「……なるほど、そういうコト」


 彼は、なぜ過去2回の出現で敵の姿を捉えられなかったのかを理解する。この”口”はECHOが持つ”不死”に加え、”不可視”も併せ持っているのは見ての……あるいは見えない通りだ。そして不死と同様に、”適性のある者が一定まで接近”しなければ、不可視という性質を破れないのだ。


 逆に言えば、


『チッ! あの口――”マウス”から距離を離すなッ!』


 適性を持つ者が離れれば、また不可視という性質に戻ってしまう。『マウス』と仮称されたその口は、身体を引き摺って後退を始めていた。あれ自体に攻撃能力はないようだが、逃せばまた不意打ちを受ける事になる。それでいて、その巨体ゆえ倒す事も難しく……中々に厄介だ。


『仕方ねェ……オレが奴を叩くッ! テメェ等は戦車部隊と連携して時間を稼げッ! 8分だ……8分間、死んでも耐えろッ!』


 アラジの機体が飛び出していく。彼が駆るは専用機――まるでマントのようにも見える重厚な装甲を持つ機体。それは、最初機に作られたEXMを改修したものだ。


 アラジはかつて、ギンと肩を並べて戦ったエースの一人だ。すでにパイロットとしてのピークは過ぎ、前線を退き教育隊に身を置いているが……それでも、実力は本物。


 機体の全身から緋い光が迸る。マントに見えた装甲にも光のラインが走り、マントが”動いた”。そして初めて、それが身体を覆い尽くさんほどに巨大な腕部だったのだと気付く。巨大な腕は、プッシュバックの全高程もある巨大な”ナイフ”を両手に一本ずつ握り、マウスへと切り掛かっていった。


「さーてっと。それじゃ、あたし達も始めるとしよっか」


 ミツキは軽口を叩くかのように、目の前の大群へとショットキャノンを構えた――。




 ……マウスの出現から30分後。


 ミツキ達は一度駐屯地へ引き返していた。修理と補給の為だ。マウスの撃破にはなんとか成功した。しかし、いつまた透明化した敵がやってくるかわからない。マウスがたった一体しかいない、などと楽観視はできなかった。


 修理といってもそう時間はかからなかった。そもそも、この状況でやれるのは精々パージした装甲の再装着や、燃料や弾薬の補給くらいだ。すぐにまた戦場へと出る事になる。


 ミツキは再びプッシュバックへと乗り込み、アラジの後に続いてカマボコ屋根の格納庫から出た……その時、


「……なんで、ここに」


 ここにいるはずのないその姿を見つけた彼は、その顔を驚愕と、それから苦い笑みに変えた――……


   *  *  *


 ―Side:トオル―


 迷彩色の戦闘服を纏ったトオル。彼は花道駐屯地の敷地内を走っていた。周囲は緊張感と慌ただしさが満ちている。きっと、この間までの己ならそんな空気に居たたまれなさを感じていただろう。命じられていた自宅待機の任を唯々諾々と受け入れ、引きこもっていただろう。


 ――だが、今は違う。


 身体が不思議と軽い。それでいて足取りは力強い。命令がない?――そんな事は関係ない。彼の足は真っ直ぐと格納庫へと向かっていた。行くは最短距離。彼はやや影になっている、建物同士の間を走り抜けようとし、


『――どうして、こんな所にいるのかな?』


「っ……!?」


 進行方向が、鋼鉄の腕に遮られた。プッシュバックのコックピットが開く。降りてくるのはパイロットスーツに身を包んだ、


「……ミツキ」


 だった。


「君には出撃命令は出てない、って聞いてたんだけど」


「そういうお前こそ、早く出撃なくていいのか?」


「叔父さんに許可は貰ってきたよ。……確認しておくけどトオル君、まさか『戦いに来た』なんて言わないよね?」


 ミツキがコックピットからトオルを見下ろす。口元には笑み――しかし、目は笑っていない。彼女はその目で『今なら冗談で済ませてあげる』と、語っていた。しかしトオルの答えは既に決まっていた。


「――あぁ、戦いに来た」


「そう」


 ミツキが無表情になる。乗降用のワイヤーをスルスルと伝い、トンっと軽い足取りで地面に立った。トオルに向き合った時、その手には拳銃が握られていた。カチャリ、と音を立てて銃口がトオルへと向けられる。


「……てっきり、もう理解したと思ってたんだけど。君は、”凡人”でしかないって」


「そう、だな……俺もようやく理解できた。いや、本当はずっと前からわかってた。ただ、認められなかっただけで」


「じゃあ、どうして来たのかな。死に場所が欲しいから? それとも、”また”誰かの足枷になるつもり? ――アイちゃんの才能を殺し続けてきたように」


「――っ!」


 トオルは思わず息を呑んだ。


「あたしね、アイちゃんとはよく連絡取り合ってるんだよね。それで気付いた。……君はずっと、あの子の才能を妬んでたんだって。好意に気付きながら答えを返さないのは、その心を縛るため。怠惰に振舞い世話を焼かせるのは、時間を奪うため」


 ミツキが一歩、トオルへと近づいた。そこはミツキが”確実に”当てられる射程……その、ギリギリ外。一歩でも前に進めば撃つ――そう彼は告げていた。


「彼女は君とは違う、天才だ。事実、彼女は君が”駐屯地ここ”へ来た途端――君から解放された途端、その才能をあっという間に開花させた。……いや、そうなる事は君も最初から分かってたんじゃないのかな。それを許せたのは、自分にも”才能が見つかった”と思ったから。……でも、違った」


 才能――EXMのパイロットとしての適性。あるいはエースと呼ばれるに足る天才性。カイエンを動かしECHOの群れを破った時、トオルは自身にそれがあったのだと、そう……”錯覚”した。


「あれは、英雄の機体と、英雄の息子という存在に……周囲が”夢”を見ただけだ。あれは君の内側から発せられたキーマン現象じゃない。集団的無意識から向けられた”期待”が、あの瞬間、あの一時だけ、君をその領域に押し上げただけでしかない」


 ミツキが拳銃にもう片手を添える。


「だからすぐにボロが出た。凡人は、どれだけ努力しても天才になる事はない。いや、そもそも『努力をする』というのが既に間違いなんだよ。天才は努力なんてしない。天才にとってそれはただ『当たり前』の事でしかないんだから」


 ミツキは「あたしが見栄えを保っているのも、そう」と続けた。


「君はもしかすると、アイちゃんが死んだと思った時ホッとしたんじゃないのかな? あるいはホッとしてしまった自分に気付いたからこそ……気付きかけたからこそ、ここへ来る事を選んだのかな?」


「……お前は、本当にすごいよ」


 トオルは苦笑した。ミツキの言った事は全て正解だった。


「なら、どうして戻ってきたのかな? 君は、自分が凡人でしかないと理解したんでしょ? だから引きこもった。だから逃げ出した。……それとも、まだ天才のフリを続ける気なのかな? 君の身体はもう、それだけの代償を払い続けられないよ」


「もう、天才のフリをするつもりもない」


「じゃあ、何をしに来たのかな?」


「言っただろ、戦いに来たんだ」


「……本当に馬鹿だね。君は」


 ミツキの手がスライドを引く。トリガーに指が添えられる。


「君は、戦うべきじゃない。帰るんだ」


「俺は戦う」


「……そう。だったら足の一本は覚悟してもらう」


 ミツキが拳銃のサイトを覗き込む。ピタリと銃口の揺れが止まった。トリガーが指に掛かる。本気だった。トオルもナイフを抜き、逆手に構えた。


 一般に自衛官にナイフが支給・貸与される事はない。ただしEXMのパイロットは別だ。EXMの戦闘においてはナイフが多用される。生身で扱えないのに機体越しに扱えるわけもなく、装備として全員に貸与されている。


 ミツキとトオルが向き合った。それはシミュレータ訓練の焼き回しのような光景。


 ――遠くから爆発音が響いた。


 それを合図にトオルが地面を蹴った。ミツキの”領域”に足を踏み入れる。瞬間、凄まじい殺気がトオルを襲った。躱せない。確実に当たる。そんな確信と恐怖に全身が包まれる。


 そして、


 ――発砲音。


 銃弾はトオルの大腿部へ、吸い込まれるように正確に飛び――ギィインと甲高い音を響かせた。トオルの握ったナイフが銃弾を弾いていた。衝撃がナイフから手へと這い上がってくる。酷い手の痺れ。落とすまい、と意思でナイフを握りしめる。次の一歩を踏み出す。


 ミツキはその光景に笑みを浮かべた。トオルは彼が何を思ったのか分かった――二人とも同じなのだ。やっているのはほとんど殺し合いに近い戦い。なのに、こんな状況でさえ、彼ら二人は、


 ――好敵手ライバルだった。


 ミツキが後方へと飛び退りながらナイフを抜こうとする。だが、トオルの踏み込みの方が早い。ナイフを順手に持ち変える。腕を内から外へ思い切り振るう――柄尻でその胸をしたたかに殴り付けようと、


「――なッ」


 その時、気付く。やられた――と。ミツキがナイフを抜こうとしたのも、飛び退ろうとしたのもフェイク。重心はずっと前に置いたままだった。ミツキが一転、前傾姿勢に。柄尻での殴打を、勢いが乗る前に胸で受ける。ドッと鈍い音が響き彼が苦痛に顔を歪める――が、威力が足りない。彼を昏倒させるには足りていない。


 ――読まれてた、のか。


 トオルがナイフを返さず、そのまま突き出していれば……彼は胸を貫かれ死んでいた。彼は信じていたのだ。トオルがナイフを返す事を。そして、トオルの攻撃が無為に終われば……次はミツキの番。銃口がトオルの大腿部へと押し当てられた。


 躱す、躱さない。防ぐ、防がない。そういうのが無意味な射撃――接射。トリガーが引きしぼられ、


 ――乾いた音が響いた。


   *  *  *


 ―Side:ミツキ―


 ミツキはそれを驚愕の眼差しで見ていた。


「なん、で」


 手が痺れる。握るはただの空。離れた地面でカシャンと拳銃の落下音が聞こえた。そして視界では、


「――キーマン、現象」


 トオルの身体が緋色の光に包まれていた。銃弾は緋色の閃光に跳ね返され、拳銃を吹き飛ばしていた。


 ここにドローンはない――観客はいない。なのに、なぜこれだけの現象が起こせるのか。そもそも、なぜEXMなしにキーマン現象が引き起こせるのか。


 ――いや……それでも、まだッ!


 ナイフを抜こうとした。しかしパシッと足が払われ、あっさりとミツキは地面に転がった。抑え込むようにトオルが馬乗りになってくる。影になったトオルの顔――そこにあかく爛々と光る彼の目を見た。


「……はぁ」


 ミツキは息を吐き身体を弛緩させた。勝負はあった。


「俺、さっきまでさアイの所に行ってたんだよ」


「……アイちゃんの?」


 トオルは頷く。


「それで、全部話してきた。お前がさっき言った俺の本音も……それに対する謝罪も。そしたらさ、あいつなんて言ったと思う?」


 トオルはまるで馬鹿話をするみたいに……いや、彼にとっては馬鹿話そのものだったのだろう。


「――『そっかぁ〜。”あ~、天才やっててよかった”! おかげでトオルくんと一緒にいられたんだね〜わたし』だってさ」


 トオルの目が放つ緋い光が、揺れた。ぽたり、ぽたり、とミツキの頰に雨が降ってくる。


「あいつにとっちゃさ、俺が天才だろうが凡人だろうが、どっちでもよかったんだなって。あいつにとって大切なのは、”俺”である事だったんだなって」


 ミツキはそこまで語られてようやく理解する。いや、ミツキもまた天才に属する人間がゆえ、彼の本当の願いを理解しきれていなかったのだ。彼は天才になりたいわけじゃない。天才に勝ちたいわけじゃない。彼は、


 ――”何者か”でありたかったのだ。


 何か、どんな事、どんな分野だっていい。”すごい奴”に成ったなら、その人物はオンリーワンだ。替えのきく量産品ではなくなる。彼は特別な”何か”でありたかったのだ。


 そして、世界中から特別扱いされる父を見て育った彼は当然のように、世界で一番特別な存在に――パイロットに憧れた。


「俺は凡人でしかない。そして、凡人が天才には決してなれない。でも……それでもッ! 凡人でもッ、誰かの”英雄ヒーロー”にはなれるんだ!」


 トオルはゆっくりとミツキの上から立ち上がった。ミツキは身体を起こさなかった。


「英雄になるのに、特別な才能はいらない。ただ、誰かが助けを求めている時、たった一時、たった一瞬でいい……勇気を出せたなら――一歩前へ進めたなら、そいつはもう英雄だ」


 トオルの目は今ではない、いつの日かの過去を……おそらくは大切な女の子との出会いを写していた。


 そして、その場を後にした。緋色の光が、わずかに残滓として宙を舞っていた。


「……英雄の証、か」


 ミツキは自分の上に落ちてきた緋色の欠片を掴んだ。これは英雄の証だ……天才だとか、凡人だとかは関係がない。そういう意味ではきっと彼は誰よりも――英雄だった。


 緋色の光は、手の中であっさりと消えた。


「トオル君……君は本当に魅力的な男の子だよ。ほんと、なんで必死に頑張ってる子ってあんなにも魅力的なんだろう。可愛いんだろう。だから……誰よりも頑張ってる――頑張り過ぎる君の事を、守ってあげたいだなんて思っちゃったのかな」


 ミツキは腕で目元を覆った。何かが溢れそうだった。


「ううん。きっと、そんな事を思った時点でもう、ダメだったんだろうね。だってそれって……頑張るのを止めさせる、って事だもんね。あたしが『可愛い』を『可愛くない』にするなんて、できるわけがなかったんだ」


 ミツキはそれから少しして、身体を起こした。その目にはもう何の迷いもない。すでに見えなくなった彼の背へと言葉を投げかけた。


「”頑張れ……頑張れ、男の子”。頑張ってる君は、世界で一番可愛い」


 その顔に浮かんだ笑みは、愛おしさと、悲しさが混ざったものだった――……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ