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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第2章 〜高等工科学校編〜
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最終話 「理由の在処」


 エイミーに連れてこられたのは、薄暗い倉庫だった。そこは最初に施設を案内してもらった際、彼女が”骨董蔵”と称したあの建物だった。窓のない、暗闇に包まれたそんな倉庫の一角。彼等がいる場所だけがまるで、スポットライトが当てられるかのように蛍光灯で照らされている。


「医務室じゃ居心地悪いでしょ」


 と、彼女は言った。確かに戦闘直後の今、あそこは慌ただしい事だろう。中にはさっきの一部始終を見ていた人もいるかもしれない。


 エイミーは、どこからか取り出してきた引っ張り出してきた救急箱を見せて言う。


「片腕だから丁寧さには期待しないでね」


 トオルは木箱に座らされつつ倉庫内を見渡した。奥までは見通せないが……。


「汚いところでしょ?」


 ふふっ、とエイミーが心を読んだかのように言う。


「でも結構、居心地いいのよ、ここ。私の隠れ家なの。……辛い時とかね、ここによく逃げ込んでくるの」


 エイミーは懐かしむように言った。


「私がここに来たばかりの頃はもう本当に、外国人への敵対心がすごくてね……はい、ちょっとジッとして」


「痛てっ……!」


 頬に湿布が押し当てられる。平手で張られただけとは思えぬ痛みに、トオルは身じろぎした――と、手が木箱に乗せてあった物に当たり、落とす。カシャンと落下音が鳴り、それは音声を垂れ流し始めた。それは、随分と旧式のラジオだった。ギンの死を悼む声がシンとした倉庫に響いた。


「2尉は……俺に怒りを向けないんですね」


 トオルは自然と問うていた。ギンがトオルの為に力を尽くしてくれている事は、周知の事実だった。トオル自身でさえそんな事は気付いていた。にも関わらずトオルは、ギンが命を賭していた時、のうのうと眠っていたのだ。死んだ事すら知らなかったのだ。


 だがエイミーは、


「私も、同じだから」


 と首を振った。


「私も同じ。何もできなかった。肝心な時に戦場にいなかった」


「でも、それは……それだってっ! 俺の所為で怪我をしたからでっ……!」


 エイミーはトオルに苦笑する。


「そうかもしれない。でも、私はこの怪我自体は何も後悔してないの。この怪我は、私の信念に従って行動した結果だから」


 トオルは言われて、声を詰まらせた。


 ――自分の、信念……?


 エイミーは「だから、怒ってるのは自分自身の弱さにだけ」と呟いた。それから、


「ねぇ、あら……いいえ、”トオル君”」


 エイミーははっきりと、トオルの目を見据え、問う。


「――君は何の為に、戦ってるの?」


 答えようとしてトオルは口を開き……しかし、声が出なかった。いつしかラジオは止まっていた。静寂が倉庫に満ちていた。


 ――俺は……。


 と、倉庫にギィイイという音が響いた。側の扉が開いて、ツナギを着た小柄な老人が姿を現す。老人はエイミーへ視線をやると嗄れた声で言った。


「はっ、また来とったのか……」


「うん、お邪魔してるー」


 それから老人の視線がこちらを向く。じぃっとトオルの顔を見つめた。1秒か……あるいはもう少し長かったかもしれない。それぐらいの時間見つめてから、彼は「はっ」と言って視線を外した。入口脇の工具箱を手にする。


「手当てが終わったならとっとと帰んな……ここは女子供が来る場所じゃねぇ」


 老人は最後にもう一度「はっ」と鼻を鳴らし、倉庫の奥――暗闇の中へと消えていった。エイミーはどこか驚いたように老人の背を視線で追ってから、トオルへ言った。


「驚いた……トオル君、随分と気に入られてるのね」


 ――そう、なのだろうか?


 トオルにはわからなかったがエイミー曰く、あれは『治療が終わるまでここに居ていい』という意味らしかった。


 それから少しして湿布を貼り終えると、「よしっ」とエイミーが立ち上がり、言った。


「ちょっと外、出てみない?」


 その言葉でトオルは、入学以来、一度も駐屯地の外へ出ていなかった事に初めて気が付いた――……


   *  *  *


 休養を言い渡されているエイミーと、放置されているトオル。二人はあっさりと外出許可を得て駐屯地の外へと出ていた。辿り着いたのは、駐屯地から少しだけ離れた所にある、


 ――”孤児院”、だった。


 エイミーが「ただいまー」と言いながら扉を開ける。すると、あっという間に子供達が駆け寄ってきて彼女を取り囲んだ。


「エイミーお姉ちゃんおかえりー!」「腕のそれ何? なぁーにぃ?」「怪我してるの!? 大丈夫!?」「よかったぁー、生きてたぁー……!」「ほーら、言った通り元気じゃないっ!」「さっき、テレビのニュースで駐屯地が大変だって――」


 ワイワイガヤガヤ。子供達の勢いにトオルは圧倒され、後ずさった。と、それがいけなかったのか。一人の子供がトオルに気付いて言う。


「なんだぁーそこの男! エイミーの彼氏かー!?」


 一斉に子供達の視線がこちらへと向く。今度はトオルが取り囲まれる。


「若ーい」「ガキじゃん! エイミーには似合わねー!」「えー、良い人そーだよー?」「なんて名前!? なんて名前!?」「子供何人欲しいー?」「まだはえーだろ!」「この人テレビで観た事――」


 トオルが否定するも、ちっとも話を聞かない。疲れ果てながらエイミーへと助けを求めると、彼女はけらけらと笑いながら「頑張って〜」と手を振った――。




 ……しばらくして、ようやく子供達が落ち着く。


 大部屋で輪になって勉強する彼等を、トオルは疲労困憊といった様子で椅子に座りながら見ていた。訓練とはまた全然違う疲労だった。


「よかったらどーぞ」


「助かります……」


 エイミーが差し出したコップを受け取り、飲む。子供の対応で喉を酷使した為か、普通の水がとても美味しく感じられた。自分の分のコップも持ってきて、エイミーが隣の椅子に腰掛ける。一口、水を飲み、


「――ここが、私の戦う理由なの」


 と言った。トオルが視線をエイミーへ向ける。彼女は暖かい眼差しを子供達へ向けていた。


「私もね、ここの出身なんだ」


 彼女は、自身の生い立ちを話し始めた。


 ――お父さんが外国人、お母さんが日本人だったの。


 ――外国軍が日本を見捨てて逃げてから、外国人に対する世間の見方が変わった。


 ――お父さんとお母さんも上手くいかなくなった。


 ――お父さんが私を置いて国に帰った。


 ――その後すぐ、お母さんも私を捨てた。


 ――そうしてここに辿り着いた。


 ――ここで私は、同じような境遇の、自分よりもずっと幼い子達と出会って……。


 ――やがて、ここは私の居場所になった。


 エイミーの視線が、その手に持つやや欠けたコップへと落ちた。


 ――今もここはすっごく貧乏だけど、当時はもっと酷かった。


 ――院長は毎月、数万円だけぽんって置いてそれでどっか行っちゃう。


 ――それでも、お腹は減る。


 ――当時、私は中学生で……この孤児院の最年長だった。


 ――なんとかして、みんなを守らなきゃって思った。


 ――でも外国人への偏見は強いし、年齢も足りてないしで……バイトしてお金を入れようにも、どこも雇ってくれない。


 ――だからね、「あーもう、身体売るしかないかなぁ」って……若さだけは万国共通だからね。


 エイミーはなんてことのない話、という風に……あるいは全てを諦めた口調で、淡々と話していた。しかし、その声音が変わる。


「――そんな時、現れたのが”末岡さん”だった」


 彼女の目に意志が宿っていく。


「あの人がいきなり私の前に現れて言ったの――『お前の未来を買ってやる』って」


 当時を思い出したかのように彼女はくすくすと笑った。


「ほんと何言ってんだこの人、って思ったんだけどね……彼の言った事は本当だった。私宛に毎月お金が届くようになった。私が中3になった頃には高等工科学校の資料が届いて、『ここを受けろ』って」


 彼女は「もー、そこからはあっという間」と困り果てたような、あるいは楽しいような、そんな表情で言う。


「末岡さんは、日本中から私みたいな子達を集めて、自衛官パイロットに育て上げて、自分の部隊を作り上げて、大勢の日本人も外国人も救って……いつの間にか、外国人への偏見はほとんどなくなってた」


 彼女は視線を子供達へ向け、「この孤児院にも……ううん、全国中の外国人向けの孤児院に、きちんとお金が支給されるようになった」と言った。


「もちろん辛いこともいっぱいあったけど……でもね、私はあの時の自分の選択は――彼についていった事を、今でも、正しいと思ってる」


 エイミーは「って、話が脱線しちゃったね」と頬を掻こうとして……その手がギプスに覆われている事に気付き、その手を下ろした。


「とにかくね……ここが私の原点、ここが私の戦う理由なの。この子達を守るために、私は戦ってる。そして――君はこの子達を守ってくれた、命の恩人なんだよ」


 トオルは視線を子供達へ向けた。そこにはいつかの、金髪と銀髪の少女がいた。


「そんな、おおげさですよ……虐められていた所を一度助けただけです」


「……うん?」


「え?」


 エイミーの声にトオルはあれっと首を傾げた。


「ええと……あの金髪の子と銀髪の子が、中学生の子に絡まれてた所を助けたって話じゃ……」


 それを聞きエイミーは、頭を押さえて「かぁ〜っ」と唸った。


「あの子たちはっ……そういうことがあった時はきちんと言いなさいと、あれほどっ……! え〜っとね、私が言ってるのはそれじゃなくて……いや、それも感謝してるんだけど、街中に侵入したECHOを倒してくれた時の事よ」


 エイミーはトオルへ説明する。


「あの時、この子達は逃げ遅れちゃっててね。すぐ目前にまで投擲機型ブリューナクが近づいてたのに、まだここにいたの。あの時、君が戦ってくれてなかったら……この子達はきっと生きてなかった」


 エイミーは言う。


「君が戦ってくれたお陰で、この子達は助かった」


 彼女は、「だからね、」と続ける。


「あの時に君を庇ったのは、そのせめてものお礼……って気持ちもあったの。だから、この腕の傷を恨むことなんてない絶対にないのよ。感謝する事はあれど、ね」


 彼女が、「ねぇ、トオル君」とトオルへ向き直る。


「君は何の為に戦っているの? 何の為に戦おうとしているの? 何の為に頑張ろうとしているの? それは……”誰かに勝つ”事が目的なの?」


 言われて、愕然とする。戦うのは誰かを……何かを守る為のはずだ。誰かに”勝つ”為では、決してない。なのにトオルは、戦う事をその為の手段にしようとしていた。だから訓練にも関わらずあんな無茶を続けて、トップを取ろうとした。そして、負けた時あれほど取り乱した。


 いつか、アイだって言っていたはずじゃないか。


 ――わたし達の敵はECHO、でしょ?


 エイミーが言う。


「トオル君、君はどうしようもなく……凡人よ」


 ミツキにも言われたその言葉――ずっと受け入れる事を拒否し続けてきた、その言葉。だが今、それをトオルは素直な気持ちで受け止める事ができていた。自分の顔を覆っていた何かに、ピシリと罅が入ったような錯覚を見る。


 トオルはずっと、自信を”天才”なのだと虚勢を張り続けてきた。父に憧れ、ずっと父のようになろうとしていた。でも……。


「ねぇ、トオル君。君は凡人だけれど……でも、あの日、あの時、あの瞬間、私達にとっては――」



「――君こそが英雄ヒーローだった」



 トオルは心の内で、言われたその言葉を繰り返した。


 ――俺が、英雄……。


 何度も、何度も、繰り返した。じっと黙りこくってしまったトオルへエイミーが言う。


「別に今すぐ答えを返さなくてもいいよ。でも、少しだけ考えてみて」


 そう、優しげな笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。その瞬間、


 ――がぁーっと、彼女のズボンが真下へ引き摺り降ろされた。


 彼女の下着が丸見えになっていた。


 金髪と銀髪の少女が「わーっ!」「きゃー」といいながら逃げ去っていく。ブチッという音がどこからか聞こえた。エイミーは冷静に、片手でズボンを引っ張り上げると、今度こそ引き摺り降ろされぬよう、片手ながらベルトをきつく締めた。


 そして、


「こぉんっっっっのぉぉぉおおおおおおおおッ、エロガキコンビめぇぇぇええええええええッ! 待ぁぁあああてごらぁぁぁああああああッ!」


 と、追いかけていった――。




 ……その日の晩、自衛官全員に報がもたらされた。


『ECHOが集結を開始した』


 それは大規模な侵攻の前触れだった。予想された侵攻の開始日は……わずか1週間後。そしてその日は、奇しくもクリスマスイブだった。


 それに合わせて、生徒の一部には正規部隊として編成に加わるよう通達がなされた。


 加えて、諸外国から無宣告で次々と軍隊が送り込まれた。ECHOの命令中枢である”中核型ユグドラシル”を掠め取ろう、という魂胆が透けて見えた。もしそれを手に入れ、制御する事ができれば……その価値と驚異は計り知れない。しかし、拒否もできなかった。


『――国民の命よりも国のプライドを選ぶというのかッ!』


 それが彼らの言い分だった。皮肉な事に、外国に対する敵愾心はギンの活躍によって薄れており、国民は諸手を上げて彼らを歓迎した――。




 ……そして、その日が訪れる。


 自衛隊と諸外国による連合部隊。そこへ号令が掛かった。戦車が、ヘリが、攻撃機が……そしてEXMが。ECHOの占拠する領域へと足を踏み入れた。


 クリスマスイブのその日、決戦の幕が上がった――……

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