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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第2章 〜高等工科学校編〜
16/25

第5話 「蘇る英雄」

 実戦訓練の内容は、ECHOに占拠された区域へ入り、戦闘を一度行い、帰還する……というもの。偵察隊――ヘリによって敵の数・所在が確定しており、護衛と監督を兼ねて正規の機人部隊――第161機人連隊・第1機人中隊・第1機人小隊が同行している。


 ――危険性は低い。


 いつもシミュレータで行なっている内容に比べれば、単機でさえ遂行可能なレベルだ。それに、この日に向けて実機――プッシュバックでの訓練もきちんと重ねてきている。


『決して前に出るなァ! 今回、オメェ等が行うのは遠距離からの射撃のみだ。実戦の空気を感じるが今回の目的だ! トドメは正規部隊の連中に任せておけ!』


『『『「了解ッ!」』』』


 通信機を介して指示を聞く。一歩一歩、歩くたびに振動がトオルの身体を貫いた。今回の作戦に参加する事になった生徒はトオルとミツキを含めて4名。これが1個小隊となる。


 2列縦隊――IIの形に列を組み、正規パイロットに挟まれる形で進んで行く。歩行の速度が一定に保つよう意識しながらフットペダルを踏み続ける。


『全機停止ッ!』


 アラジの指示にフットペダルから足を上げる。


『まもなく敵との戦闘予定地だッ!』


 放棄された土地。その大通りを進んで辿り着いた場所には、荒れた田畑が広がっていた。


 風も少ない。天気は快晴……そんな空を撮影用のドローンが飛んでいた。この訓練の様子も生中継で配信されている。世間は次代の英雄の活躍を待ちくたびれていた――今回の急な実戦訓練も、それが理由だろう。


『レーダーを確認!』


 アラジの声で視線をメインモニタへ落とす。そこには偵察隊が観測した敵の位置情報が共有され、表示されている。数は全部で2体。


 ――簡単な訓練だ。


 トオルは思った。なにせ初戦では、あれを10も20も屠ったのだから。


『V型隊列を取れ!』


 アラジの指示で隊列をVの字に変える。トオル達は少し後ろに下がり、vの部分に立った。


『全機、戦闘準備!』


 全員が『戦闘準備! ……よーし!』と返す。トオルも弾倉や安全装置の確認を終え『よーし!』と返した。


『それでは、これより”防衛”行動を開始する! 全機、前進よーい! ……前へッ!』


 土煙が上がった。『ぉおおおおおおおッ!』と雄叫びをあげて、一斉に駆け出した。敵の姿がすぐに見えてくる。向こうも気付いたようで、こちらへ突進してくる。


『全機停止! 撃てェッ!』


 トオル達はショットキャノンのトリガーを引き、発砲した。スタン弾がいくつも宙を走る。まだ距離がある段階で、早くも一体目が地面を転がった。なんとなくトオルは、当てたはミツキだと思った。


『隙を見せずに気迫を見せろ! 手を休めるんじゃない! まだ敵はいるぞッ!』


 トリガーを引く。ミツキには負けられない。自分が当てるのだ――そう意気込んだ、その時だった。


『ッ! ――全機退避ィイイイイイイッ!』


 すぐ側で爆発が起きた。激しい衝撃。トオルの機体は後方へと倒れた。


『作戦中止! 作戦中止! 全機すぐさま撤退せよッ! ……投擲機型ブリューナクだ!』


 『偵察隊は何してやがったッ!』『応援要請!』『生徒を連れて逃げろッ!』――怒声が響く。遠方には、いつの間にか塔のごとく巨大な腕が屹立きつりつしていた。その足元には蜘蛛型の群れ、さらに、それらの奥に”揺らぎ”のような物が見えた気がした。


『新津生徒! 早く立って! 逃げなさい!』


 声が聞こえた。聞き覚えがある。一番最初、駐屯地の案内を務めてくれていた第1機人小隊長――エイミーだ。トオルは立ち上がろうとしてフットペダルを踏み……足は交互に前へ出た。


「――ッ、しまっ……!」


 気付く。操縦設定が”歩行モード”のままになっていた。アラジが『戦闘準備』と指示を受けたにも関わらず、切り替えるのを忘れていた。立ち上がるためには、フットペダルが機体の脚と連動するよう――操縦設定を”戦闘モード”へと変更しなければならない。


 その、わずかな時間が命取りだった。


『――新津生徒ッ!』


 エイミーの声が響いた。同時にグッと機体がGが掛かる。彼女の機体がトオル機の肩――そこにある”取っ手”を引っ張り、投げ飛ばしていた。


 トオルは自身を投げ飛ばしたエイミー機を見ていた。まるでストロボ写真のように。彼女の機体に、肌色の弾丸が、襲いかかって……。


 ――キィイイイインと、激しい耳鳴りが起きた。


 破砕音が響いていた。耳鳴りは通信機からの音声だった。目の前からエイミー機は消えていた。あるのは抉れた地面だけ。視界を横へとズラしてようやく見つける。彼女の機体は右手右足が失われ、コクピットのある胴体――脇腹が、大きく陥没していた。


『2尉ぃいいいいいいいッ――!』


 誰かの声が響いた。トオル機が肩を引かれ、立ち上がらされる。


『トオル君、早くッ!』


 ミツキだった。トオル機は彼の機体に引っ張られるようにして歩き出す。


「で、も……」


『あっちは正規の人に任せればいいのッ!』


 エイミー機に第1機人小隊の二機が駆け寄り、それぞれ肩口の取っ手を掴んでいた。引っ張って、撤退していく。機体の臀部と踵に取り付けられているローラーが、キュルキュルと音を立て回った。


 少し走った所で投擲は止んだ。どうやら射程から外れたらしい。そのままトオル達は駐屯地まで撤退していった――……


   *  *  *


「――テメェ一体何をしてやがったッ!? 仲間を殺すつもりかァッ!」


 駐屯地。ハンガーに固定された機体の並ぶ格納庫。そこにアラジの怒鳴りと、続いて打撲音が響いた。しかし、殴られたのはトオルではない――偵察部隊員だった。


 彼は「すいませんでしたッ!」と、ただただ謝罪と敬礼を繰り返す。隣にいた別の偵察部隊員が、耐えかねたように口を開いた。


「あれは――」


「言い訳はいらねェ! 報告をしろッ!」


「ッ――は、はいッ、報告しますッ! 敵の反応は突如出現! 今年5月に出現した敵と同タイプかと思われますッ!」


 今年5月……それはトオルが巻き込まれたあの披露会での戦闘の事だ。アラジはそれを聞き舌打ちした。


「研究者共は一体何をやっていやがるッ……!」


「出現はあの一度きりだったため、サンプルも未だ捕獲できていないとの事です!」


「そういう事を言ってんじゃねェ!」


「はいッ! すいませんでしたッ!」


 そんなやり取りがトオルの頭越しに行われ続けた。誰一人として、トオルを攻め立てる者もいなかった――。




 ……結論から言うと、エイミーの傷はそれほど大したものではなかった。機体の損傷こそ激しかったが、彼女自身は意識の喪失と片腕の負傷だけだった。


 ただ世間は――トオルを見限った。


 ――あれは次代の英雄などではなかった。


 と――……


   *  *  *


 ―Side:モエ―


 ディスプレイに文字が流れる。


『あいつホントに英雄の息子なの?』『よく見たらあんま似てないしね』『ていうかマジでありえなくね』『エイミーちゃんかわいそー』『英雄の息子とか勝手に名乗ってんじゃねーぞ』『誰だよ次代の英雄とか言い出したやつ』


 期待は一転して、失望へと変わっていた。


「あ、先輩ー! 上の方からお達しきましたよー! 修理と調整の終わったカイエンですけど、パイロットは”アレ”の方で行くらしいですー!」


 後輩の報告にモエは短く「そう」と答えた。モエはいくつものディスプレイを置きながら、”最終調整”を行っていた。その中の一つにはSNSのページが開かれた物もあった。後輩がそれを見て言う。


「にしても、先輩の言ったとーりになりましたねーっ。さっすが先輩ですっ!」


 モエは誇るわけでもなく「別に」と答えた。彼女にとってはわかりきっていた事だった。と、どしんっと後輩が後ろから凭れ掛かってくる。


「もー、先輩。もっと喜びましょーよー! これで、先輩が考案した”パイロット”と機体が揃うんですからー」


 後輩が「もー、もー」と肩を揺さぶってくる。モエは「いい加減に……」と口を開こうとして、


「――あ、先輩ここ間違ってますよー?」


 彼女がディスプレイの一つを指差して言った。


「……本当ね。助かったわ」


「いーんですよー、もうっ。先輩は理論とか設計の人ですから! こーいうのは下っ端に任せておけばいーんですよっ」


 役に立てて嬉しい、という風に後輩が笑みを零し、自分のデスクへと戻っていった。モエは指摘されたディスプレイをじっと見た。10分程かけて、ようやくミスを理解し、修正する。


 ため息を一つ。それからSNSをちらりと見る。


「……私は、貴方のようにはならない」


 ぼそっと、声が零れる。


 ――だって……。


 その口元に狂気的な笑みが浮かぶ。


 ――だって、私には”これら”があるもの。


 暗い部屋の中。彼女の背後。そこにはディスプレイに映るカイエンと、淡い光に照らされたガラス柱があった。ガラス柱の中を赤い髪が揺蕩っている。その揺れる髪の奥で……ゆっくりとソレは目を開こうとしていた。


 ――私は、証明してみせる……私が”凡人じゃない”って事をッ……!


 彼女の脳裏に浮かんでいたのは、両親と、そして……妹の姿だった――……


   *  *  *


 ―Side:Other―


 その日、一つの披露会が行われた。だが世間はそれほど期待をしていなかった。所詮は5月に行われるはずだった事のやり直し。既に戦闘も見たのだし、と。


 ――そこに乗り込むパイロットを見るまでは。


「え……?」


 ディスプレイの向こうに、全人類が釘付けになる。なぜならそこにいたのは、紛れもない、


「――新津アラズタツミ……!?」


 かの英雄その人だったのだから。


 緋色の髪を揺らし、彼はコックピットへ乗り込んだ。


 胸部装甲が閉じる。代わりに、カイエンを映している映像の脇に小さな小窓が現れた。そこにコックピット内の様子――タツミの姿が映っている。彼は、チャッチャッチャと機体内部のトグルを上げ、メモリキーを捻る。瞬間、機体が鼓動を高鳴らせ始めた。


 カイエンの眼に光が灯る。同時に、背部――その横からシュゥウウと排熱が行われ始める。身体を身じろぎさせる。それはまるで、眠りから覚めた人が伸びをするようにも見えた。


 ディスプレイの向こうから歓声が聞こえて来る。演習場まで直接見に行った人々だろう。


 心が沸き立つ。世界はこれから変わる――そんな予感を覚えた。


「お母さーん! テレビ! テレビすごいよ! 英雄が――」


 その、次の瞬間だった。


 ――カイエンが、観客へと弾丸を撃ち込んだ。


「……え?」


 人がまるで果実みたいに砕け散った。抉れ、掘り起こされた地面に、パララララと肉片が降り注ぐ。緋い。緋い。緋い。大勢が一瞬で死んだ。


 その時、カイエンがガクンと動きを止める。関節がロックされたのだと気付く。ひとまずの安堵が溢れ……しかし、ギギギギと音を鳴らした次の時には、その身体がまたスムーズに動き出した。


 ――止まらないッ……!?


 次々と弾丸を撃ち込む。その度に大勢が死ぬ。


 カイエンの足元に飛び出してくる研究者らしき、白衣を纏った女性。彼女が愕然としながら何かを言っている。


『こんなはずじゃ……』


 声は聞こえない。だが、そんな事を言っているように見えた


 数機のプッシュバックが現れる。カイエンの凶行を止めんと取り押さえに掛かる。瞬殺だった。カイエンが大腿部からナイフを抜き、叩きつける。それで終わり。暴力的なまでの強さだった。


「違いすぎる……マシンポテンシャルが」


 止められない。


 ――希望は一転して絶望へと変わっていた。


 さらに別方向からも悲鳴。映像がそちらを向く。そこには蜘蛛型の群れ。


「誰か……」


 口から零れる。


「誰か……誰でもいいから……これを止めて……!」


 そんな、声を――銀色の光が叶えた。


 空から白銀に輝く機体が舞い降りカイエンと激突した。両者のナイフがぶつかり、火花を散らす。蜘蛛型にも数機のプッシュバックが――第161機人連隊の部隊マークが入った機体が対処に当たっていた。


 戦いが始まった――……



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