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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第2章 〜高等工科学校編〜
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第4話 「凡人と天才」


 ――あれは”事故”だ。


 翌日。ギンとの集合場所で、トオルは昨日のシミュレータ訓練の事を思い出していた。昨日の訓練内容はECHOの撃破数を競うものだった。その中でトオルは集中力を限界まで引き絞り、敵を屠っていった。このままいけばギリギリではあるがミツキのスユグドラシルを上回れる……そう思った矢先だった。


 ――一瞬、意識が途切れた。


 『え……?』と、気付いた時には機体はECHOに襲われ、大破していた。


 ――あんな物が、実力であるはずがない。


 俺はまだ戦えた。本来であれば勝っていたはずだ。たまたま、調子が悪かった所為であんな事になった。俺は”天才”だ。負けるはずがない。そう内心で繰り返した。


 そこへギンがやってくる。挨拶を交わした後、ギンが言った。


「本日の訓練は休暇とする!」


 トオルは「了解ッ」と返す。こういう事は珍しくなかった。いくらトオルの教官とはいえエース、前線に全く出ないわけにはいかない。トオルはいつものように、自主訓練を始めようとし、


「――新津生徒、オレの言葉が聞こえなかったのか?」


「は……?」


 ギンがトオルへ、叱責を飛ばした。


「オレはこう言っているんだ――キサマの『訓練内容が休暇』だと」


「なッ……!?」


 トオルは咄嗟に言い返そうとした。受け入れられるわけがない。ミツキは今なお、凄まじい勢いで成長を続けているのだ。ならばトオルも成長し続けなければ……そうでなければ、次は”本当に”負けてしまうかもしれない。


「上官の命令に逆らう気か?」


「それは……しかし、それでも納得いきませんッ!」


 トオルは断固として拒否を示す。ギンが「そうか」と目をすぅっと細めた。


「ならば、」


 彼が口にした提案は、


「――オレがシミュレータの相手をしてやろう」


 という物だった――……


   *  *  *


 ――戦闘は終了した。


 トオルは、シミュレータの中で愕然と目を見開いていた。視界にはバーチャルの世界。荒れた街並み。そして、”見上げた”空があった。仰向けに倒れているのだ。


 トオルはギンの提案に、『願ったり叶ったりだ』と二つ返事で了承した。これまで彼と実際に戦った事はなかった。エースである彼と戦えば、何か得る事が出来るかもしれない。そう考えての事だった。


 ――しかし。


「……負け、た? こんなに、あっさり? 一方的に……?」


 同じ機体――プッシュバックに乗って、戦ったはずだ。だというのに、向こうは”徒手”で、トオルは装備を全て使用して……その上で全く歯が立たなかった。放った弾丸は一発も当たることはなく、ふるったナイフは全て受け流され、ただ一方的にやられた。


 ――遠い……遠すぎる。


 いくらなんでも、ここまで差があるわけがない。


「も、もう一回……つ、次は必ず……!」


 ――敗北した。


 今度はこちらからは一切近づこうとせず、徒手の相手へ遠距離攻撃で仕留めんとして……ダメだった。かすかな身じろぎだけで、そのことごとくが躱された。弾が切れ、接近戦となり、負けた。


「もう……一、回……」


 ――敗北した。


 予備の弾倉をいくつも装備して行った。全てを回避しながら接近され、倒された。


「ま、まだ……」


 ――敗北した。


 ショットキャノン自体の数を増やした。両手に持ち乱射した。それでも全てを躱され、接近され、負けた。


「――まだやるか?」


 ギンは言った。いつまででも付き合うぞ? という風に。トオルは、


「……もう、いいです」


 そう答えた。答えるしかなかった。


 ――はは、は……なんだ、これ。


 どちらが強いとか弱いとか、何かを学ぶとか学ばないとか、そういう次元ではない。勝負にすらなっていない。これが……”差”だって言うのか。これほどまでに大きいというのか、”こいつ等”との差は。


「自覚しろ。お前は既に”限界”だ」


 ギンはそう、トオルに告げた――……


   *  *  *


 自室で、トオルは床に座り込んだ。ピキリと全身が痛みを発した。今更ながらに気付く。身体はボロボロだった。自分がいかに無茶な訓練を続けてきたのかを自覚した。


 かといって、休めと言われてもこうしてじっとしている以外、何をしていいのかわからない。散々考えた挙句思いついたのは……。


「そうだ、アイ……」


 彼女には結局、一度連絡を入れたきりだ。あの後は、自由時間も勉強に費やすようになった所為で全然話をしていない。前回話してからもう3ヶ月近くが経っている。


 のそのそとアイフォンを引っ張り出し、コールする。


 ――高等工科学校に入ってもう半年。アイもそろそろ学校に復帰できているかもしれない。


 そんな事を考えながら、コール音を聞く。中々繋がらない。10コール目でようやくアイが出た。


『トオルくん! 久しぶりぃ〜!』


「おう、久しぶりだな」


 と、挨拶を交わしただけなのに。


『……もしかして何かあったかなぁ、なーんて』


 なんでこういう時だけ鋭いのか、アイはそう問うてきた。


「別になんでもねぇっつの。俺は”天才”だぞ? 訓練も余裕だ」


『う〜ん……そう? でも、うん……トオルくんがそういうなら、きっと大丈夫だよねっ』


 アイはトオルの言葉を疑わなかった。ズキリ、と胸が痛んだ気がした。


「それより、そっちの調子はどうだ? 前に電話した時はそっちの話、聞きそびれてたしな。学校にはもう戻れたのか?」


『あー……うーん、それなんだけどね』


 アイは照れる様に言った。


『――実は今ね、防衛省技術研究本部にいるの、わたし』


「……は?」


 それは、自衛隊の装備を――ひいてはEXMの設計・開発を行っている場所。国中から集められた天才達が集う研究施設だった。


「なん、で……」


『えへへ……この業界じゃあ”逸見イツミ”の名前はすっごく有名だから。それを使って、頑張って描いた設計図を持ち込んだの、わたし。すぅ〜っごく、ズルに近いけどね』


 彼女は『でも』と続けた。


『――設計図の価値だけは、嘘じゃない。……もうすぐ、だよ。トオルくんが乗る機体の開発を、もうすぐ始められるかもしれない……!』


「……そう、か」


 トオルは顔に笑顔を浮かべた。


「ありがとうアイ、俺の為に……すっごく嬉しいよ」


『うんっ……! あとねっ、前にトオルくんが操縦した機体――カイエンって言うんだけど、今度それの設計図も見せてくれるって――』


 そこから先の会話を、トオルは覚えていない。二、三言を話して通話を切ったように思う。その間、おかしな事は言ってなかったはずだ。

 でも、


「――なんで」


 ぐにゃり、と視界が歪んだ。


「――なんで、そんな簡単に」


 身体の奥底から熱がぞわりと溢れた。嫌な熱だった。でも、止まらなかった。


 まだあれからたった半年。なのになんで前は、そんな簡単に夢を叶えかけている? そんな簡単に結果を手にしようとしている? 俺はこれだけ必死に努力して、それでも届かないのに、お前や、ミツキや、ギンはッ……!


「――お前らはッ、なんでそんな簡単にッ……!」


 熱が喉を駆け上がってくる。激しい嘔吐感。口元を抑えようと腕を持ち上げ、気付いた。


 ――腕がぐにゃりと歪んでいた。


「……ぇ?」


 視界じゃない――腕が歪んでいた。いや、脚も、腹も、身体中がぐにゃぐにゃと脈打つように揺れていた。瞬間、記憶がトオルの身体を駆け巡る。その中でトオルは戦っていた。一番最初、カイエンに搭乗し戦った時の記憶だ。


 無茶な操作。無茶な挙動。身体に襲いかかる圧力や衝撃。急停止と急発進、方向転換の連続。投石機型のECHOに張り付く。ビルに叩き付けられた。なんとか倒す。その後に地面に落下し、ぐしゃりとコクピットが潰れる。


「――〜〜〜〜〜〜〜ッ……!」


 トオルはうずくまった。身体を抱え込んで、耐える。今にも溢れ出してしまいそうな熱い物を、内側へと押し込んでいく。ダメだ。ダメだ。ダメだ。これは……ダメだ。


 やがてその熱は内側へと戻っていき、そして消えた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 全身から汗が噴き出していた。嫌な汗だった。


 ――なんだったんだ、今のは。


 そう呟こうとして、しかし、口から出たのは声ではなく、血だった。咄嗟に口元を押さえた手と床が緋色に濡れた。


「……はぁ……はぁ……、ははッ」


 なぜか笑えた。あまりにも惨めな姿だった。華々しい”彼等”とはあまりにも対照的だ。


「掃除、しないと」


 トオルはフラフラと立ち上がり、血の跡を片付けた。それから……ギンの命令を無視して自主訓練を始めた――。




 ……その数日後、通達がなされた。


『成績上位者に実戦訓練を実施せよ』


 その中にはトオルの名前もあった。いや寧ろ、トオルに実戦を積ませる事こそが目的のようだった。


 ギンの「お前は辞退しろ」という言葉を、トオルは無視した――……



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