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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第2章 〜高等工科学校編〜
14/25

第3話 「敗北」

 19:00(ヒトキュウマルマル)から19:50(ヒトキューゴーマル)――それは”自主管理時間”といわれる。洗濯掃除にアイロン掛け、靴磨きやベッドメイクを行うのだが……その余った時間。


 それが一日で唯一の自由時間だ――。




 ……39年度生との合同訓練が始まってから1ヶ月が経過した、9月某日の自由時間。


 特別に与えられた寮の個室で、トオルはEye-phoneアイフォンを手にしていた。アイに連絡を取ろうと思ったのだ。駐屯地に来てからずっと訓練漬けで、ついつい後回しになってしまっていた。


 床に座り、右手を宙に走らせる。コール音が骨伝導で聞こえてくる。コール音が4つ目に差し掛かった時、電話が繋がった。


『ト、トオルくん……!?』


「よぉ、久しぶり」


 視界にアイの泣き顔が現れた。彼女の顔を見るのは3ヶ月振りだった。


 少し見上げるようなアングルになっているのは、腕輪についたカメラによる映像だから。トオルも軽く腕を持ち上げながら話す。


『い、今までどうしてたのぉ〜!? 心配してたんだからね、わたしぃ!』


「わりぃわりぃ。どうだ、そっち調子――」


 その時だった。


「――ト・オ・ル・君っ」


 ぽふんっ、と背に衝撃。同時に、甘い匂いと、頬を撫でるさらりとした髪の感触。真横にあった顔を見れば……そこにいたのはミツキだった。彼がトオルの背に覆い被さり、ぎゅっと、首元に抱きついていた。


「えへへっ、来ちゃった」


 『だ、だ、だだだだだだだ誰ぇその女ぁ〜!?』


 キィンと頭に声が響いた。


「『来ちゃった』、じゃねぇええええッ!?」


 トオルは叫ぶ。と、抱きついてきたミツキがトオルの顔――正確には、アイフォンのランプを見ていた。そこは、通話中を示す青色に光っている。


「あっ……ご、ごめんねトオル君。電話の邪魔、しちゃった?」


 ミツキが酷く申し訳なさそうに言う。が、トオルは騙されない。


 ――ワ・ザ・と・だ・ろッ!


 しかし、それはミツキを知る者だけがわかる事で、


『ちょっとトオルくん、どういう事!? どういう事なのぉ〜ッ!? 聞いてないよわたし!? ダメだよトオルくん……それは、その、すごく、ダメ! ダメだと思うなわたしッ! ……はッ! ていうか、もしかしてもうっ……!?』


「俺は童貞だっ! ……ってそうじゃなくて! 誤解だ、アイ! とりあえず落ち着け、な?」


 トオルはなんとか事態の収拾を試みる。ていうか、


「いつまで抱きついてんだミツキ! いい加減離れろ! あと演技もやめろ!」


「トオル君……あたしの事、嫌いになっちゃった……?」


 ひどく傷ついた乙女の面持ち――悲しそうな笑みを浮かべるミツキ。あまりにも完璧なその表情に、一瞬トオルまでもが『言い過ぎたか』と罪悪感に駆られた。


 ――って、いやいやいや……誰がいつ誰を好きだなんて言った!?


 と、そんな親密気なやり取りを見せられたアイは……。


『ふ……ふふ……世界の、歪み……』


 アイが壊れた、と思った。


「……もう、どうにでもなれ」


 トオルは事態の収拾を諦めた――。




 ……その後、ようやくアイが落ち着いた所で、ミツキを加えてグループ通話に移行した。


『……で?』


「おいアイ、そのマジな目やめろ」


「やっだー、トオルったら冗談面白ーいっ。目なんて髪で隠れて見えないじゃーんっ」


 ミツキがケラケラと笑い、「もぉーっ」とトオルの胸をぽんっ叩く。自然なボディータッチ。アイはその”女子力”に充てられ、くらりと眩暈を起こした。トオルは慌ててミツキを引き剥がす。


「よく聞け、アイ。こいつはなんと……男だ」


『……へー』


 アイの表情が死んだ。


 ――あ、これダメなやつだ。


 トオルは慌てて弁明する。


「本当だ。本当に男なんだ……!」


 トオルは「訓練で忙しいのに、恋愛する暇なんてない」「たった3ヶ月で彼女なんてできる」「そもそも女子に会う機会がない」「訓練も男女別だし」「……そう、女子に会うわけなかったんだよ」「俺もなんで騙され……いや、これは違った」「ともかく、女子と話したのなんて初日の案内の時だけだ」「ていうかここ男子寮だから。女子入れないから」と根拠を並べ立てた。


 そうしてようやく、


『……え〜っと、もしかしてほんとに?』


 と言わせる事に成功する。


「アイ……信じてくれたか!」


『いやなんか、あまりにもトオルくん必死で、見てられなくて……わたし』


 ピクとトオルの顔に青筋が浮く。これは喧嘩を売ってるのだろうか?――と思ったが、折角上手く纏まりそうだったので、グッと言葉を飲み込んだ。


『あの……ほんと、なんですか? ミツキさん……くん? が、その……』


「そうだよー、男だよー。見せよっか?」


『い、いいですっ! 遠慮しときますぅわたしっ!』


 アイが顔を真っ赤にして断った。でも色々と気にはなるようで、


『でも、じゃあミツキくんは男の子だけど、トオルくんの事が、そのぉー……」


「もー、やだなー。アイちゃんまだ勘違いしてるの? あれはアイちゃんをからかってだけだよー」


「え」


 アイが伺うようにトオルを見る。トオルは「いやだから誤解だって言ったじゃねーか」と返す。


『えぇと、ていう事は……トオルくんが好きなわけじゃないけど、男の子が好きってこと……?』


「それも違うよーっ。別に男同士で付き合いたくてこんな格好してるわけじゃないよーxち。でも、男の人にチヤホヤされるのは大っ好きだけど」


 アイはますますわからなくなっていく。


『じゃあ普通に、女の子が好きなの……?』


「嫌いじゃないけどぉ、別に付き合いたいとかはならないよねー。ほらだって、あたしより可愛い女の子なんていないんだもんっ」


 そのあまりの自信にトオルは呆れた。アイは思考がついに追いつかなくなったのか、頭から煙を出している。


「あんまり深く考えるな。こいつはそーゆー奴だ」


『なるほど……まったくわからん』


 アイは理解を諦めた。それが正しい、とトオルは思った。


「にしても……トオル君には本当に驚かされちゃった」


 ミツキが口を開く。


「だってすごいよー。あたし、それまでどんな訓練だろうと一度も譲った事のなかった一位トップの座と、主役(ヒロイン/ヒーロー)の座、いっぺんに奪われちゃったんだもん」


 ミツキは「負け通しでほんとまいっちゃうよー」と言った。


「はッ……当然。俺は”天才”だからな」


 言いながらしかし、トオルは思っていた。


 ――お前の方がずっと馬鹿げてる。


 最初のシミュレータ訓練から1ヶ月。度々、合同で訓練を行ってきたが、トオルとミツキの成績は常に僅差の1位と2位だった。しかし、それがトオルの方が優れている、という証明にはならない。なにせミツキはずっと、


 ――”見栄え”を気にしながら訓練をこなしている、のだから。


 トオルが嘔吐を繰り返しながらなんとかやり遂げた体力錬成を、ミツキはキラキラと健康的な汗を宙に舞わせるだけで終えてしまう。トオルが集中力を引き絞り乗り越えるシミュレータ訓練を、ミツキは『あー、楽しかったっ』と言って終えてしまう。


 ――手を抜いてるんじゃないのか?


 そう尋ねた事がある。だがミツキ曰く、


『それは逆だよーっ。”可愛さ”の為だからこそ、どんなに辛い訓練も乗り越えられるんだよ』


 との事。


 それがどんな意味かはさておき。トオルは、訓練においてミツキが苦しんでいる所や努力をしている所を見る事は、一度もなかった。どころかミツキは、毎朝30分前に起きてメイクを整え、訓練を終えた後は肌や髪のケアまで行っているらしい。


 ――”怪物”め。


 トオルは心の中で言った。


『……ところで、ミツキくんはどうして自衛官になろうと思ったの?』


「だってパイロットって、目立つじゃない?」


 ミツキは言った。ぶっ飛んだ理由だが、あながち間違いじゃないのがミツキの恐ろしい所だった。


「元々はアイドルになるつもりだったんだけどねー。今の時代はこっちのが注目度高いでしょ?」


 確かに、エースパイロットともなればそのカリスマ性は非常に高い。なにせ、現代を生きる英雄だ。見目の優れている者はアイドルのような扱いを受ける事となる。というか実際に、アイドルとして広報活動も行っているパイロットが存在する。


「あたしの可愛さを全世界に知らしめるには、こっちかなーって。美少女、男の娘、アイドル、そこにパイロット属性とヒロイン属性まで付いちゃったら……もう可愛さ最強じゃない?」


『なんていうか……す、すごい子だね』


 タジタジといった様子でアイが言う。完全に同意だった。


 ――と、そんな所で自由時間の終わりが来る。


 ミツキが一足早く「じゃーまた来るねー。アイちゃんもまたねー」と去っていった。トオルも通話を終えて……。


「あ、忘れてた」


 トオルはアイに”調子”を訊こうとしていた事を思い出す。しかしすぐ、大丈夫だろうと思い直した。彼女は3ヶ月前と変わった様には見えなかった。というか、あれからまだったのに3ヶ月なのだ。何かを変える方が難しいだろう。


 ――あれだけ元気なら、身体の方も問題ないだろ。


 まだまだ先は長い。連絡する機会なんていくらでもある。それよりも今は……と思い出したのはミツキの姿。


 近頃、ミツキはますますとその実力を上げていた。いや、ミツキだけじゃない。生徒の全員がメキメキと力を付け、トオルへと迫ってきている。……いや、それも違う。


 ――トオルの”伸び”が悪くなってきているのだ。


 小さく呟いた。


「負けられねぇ」


 トオルは、訓練量を増やし続けた。訓練はもはや拷問の域に達していた――。




 ……日々はあっという間に過ぎ去っていく。


 11月を迎え、39年度生は2年生後期のカリキュラムが始まった。


 実物のEXM(とは言っても複座式の、教官と二人で搭乗する”練習機”だが)を使った訓練も開始された。その訓練では、シミュレータとの差異、搭乗前の確認、搭乗の仕方、機体トラブルなどに慣れていく事になる。


 並行してシミュレータによる戦闘訓練も続けられていた。いつもトオルが1位、僅差でミツキが2位。それは変わらない。いや、変わらないと思っていた。


『訓練終了。――尾山オヤマ生徒の勝利だ』


 シミュレータの中で、トオルはそれを聞いた――……



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