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これが恋だと知りました  作者: 神楽
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3. 気になる人 sideかおり

午後の授業が終わり、講義室から次々に学生が出ていく。


専攻の生物とは関係ない宇宙化学の講義には、あまり見知った顔が居ない。


唯一知っているのは、同じサークルの飯塚(いいづか) 寛人(ひろと)くらいだ。


その寛人が私を見つけると声を掛けてきた。


「今日、サークル顔出すか?」


「あぁ、ごめん、今日はカテキョだから・・・。」


涼介の家に行く前に簡単に予習しているので、家庭教師のバイトの日はサークルに顔を出すことが少なくなった。


「そっか、木曜だもんな。

達也先輩の従弟によろしくな。」


同じサークルなだけに寛人はこのバイトを引き受けることになった経緯(イキサツ)を知っている。


そういえば、私が達也から家庭教師を頼まれたとき、寛人はすごく心配していた。


寛人に手を降りながら、そんな事を思い出していた。




「木曜日かぁ・・・。」


何となく呟いた。


正直、毎週木曜日は気が重い。


この前、ペットの『ハヤブサ』の話をしていた時はすごく穏やかな顔をしていたのに。


ハヤブサの事もお兄さんの事も好きなんだろうなぁって、感じられた。


でも、それも一瞬だった。


クールなイケメンと言えば聞こえは良いが、あの隙の無さはちょっと怖い。


もう一度大きくため息を吐くと、講義室を後にした。




生物系の実験室の近くを通りかかると、たくさんの荷物を抱えた人物がこちらに向かってきた。


院生の小池(こいけ) 篤宏(あつひろ)だ。


私は思わず駆け寄った。


「すごい荷物ですね?

何か持ちますよ。」


「えっと、橘さん?」


驚いた顔で小池が私を見た。


「明日の実験の準備ですよね?

私も取ってるんで、荷物運びくらい手伝いますよ。」


涼介や達也のようなイケメンという訳ではないが、小池の優しい穏やかな笑顔は私をいつも安心させた。


小池は生物科学系の院生で、院生は学部生の実験の時に、教授や准教授、講師の先生のお手伝いをしている。


小池の所属する神崎研の講師の先生方が、1年生の基礎実験をいくつか担当していて、その度に小池がアシスタントとして来てくれていたので、小池と親しい学部生も多い。


講師の先生の説明の後に、実際に小池が実験の手順を実践して見せてくれるので、そういった質問等のやり取りでも小池の人の善さが発揮されているのだろう。




今も小池の笑顔に誘われて、ついつい私も笑顔になる。


「ありがとう。

えっと、じゃあ、この左手に持ってるやつ、ちょっと持ってもらっていいかな?」


「良いですよ。」


両手に荷物を持ち、さらに抱えているので、手元が見えてないらしい。


「ちゃんと持ったので、左手を離しても大丈夫ですよ。」


落とさないようにしっかりと持てたのを確認して、小池に声を掛けた。


小池がそっと手を離した。


「助かったよ~。

実はドアが開けられないなぁって思ってたんだよね。」


「一度に運ぼうとするからじゃないですか?」


「まぁ、そうなんだけどね。」


小池が申し訳なさそうに答えた。


「でも、研究棟から遠いですから、気持ちは良く分かりますけど。」


「だよね。」


二人で顔を見合わせて笑った。



私は小池から鍵を受け取ると、実験室のドアを開けた。


「何から何までありがとう。」


私がドアを押さえながら小池を招き入れると、本当に申し訳なさそうな顔でお礼を繰り返していた。


小池は、大層な荷物を前の実験台におろした。


「そんなに気にしないで下さい。

それより明日、よろしくお願いします。」


小池が手が空くのを待ち、そう言って私は持っていた荷物を小池に差し出した。


「そうだった。

持ってもらってたんだよね。

本当に助かったよ。」


そう言いながら、私の持つ荷物に小池が手を伸ばした。


その時、ほんの少し、小池の手が私の手に触れた。


「・・・!」


「ごめんっ!」


そう言うと、小池は慌てて手を離したが、私は驚きのあまり荷物を落としそうになった。


自分で顔が熱くなるのが分かった。


何とか落とさずに済んだ荷物を、真っ赤になった顔を伏せながら、前の実験台まで運んだ。


荷物を置きながら大きく深呼吸をして、赤くなった顔を、ドキドキと脈を打つ心臓を、鎮めようとした。


あまりじっとしている訳にもいかず、とにかく何か話さなければと、頭をフル回転させた。


「・・・あっ・・・明日の実験って、培養があるんですよね?

絶対コンタミしちゃうから、培養苦手なんですよね。」


勢いよく話し終え、恐る恐る小池の顔を見た。


自分のことばかりに必死で、小池が黙っている事にやっと気付いた。


どうやら小池も真っ赤な顔で戸惑って居たようだ。


「小池さん・・・?」


半ば硬直していた小池が、名前を呼ばれて我に返った。


「ごっごめん。

ビックリして・・・。」


一瞬、小池と目が合って、あまりに狼狽(うろた)えた小池の反応が可笑しくて、つい吹き出してしまった。


そんな私を見て、小池も笑った。


「ひどいなぁ、橘さん。」


「ひどいのは小池さんですよ。

ちょっと驚き過ぎですよ!」


「そうだよね。

情けないけど、慣れてないんだ。」


典型的な草食系男子らしいが、正直に話す小池には好感が持てる。


「そういえば、コンタミさせないコツとかあるんですか?」


どうせなら、明日の実験に役立ちそうな事も聞いておこうと思い、改めて小池に話しかけた。


小池の方もそういう話ならという感じで、快く答えてくれる。


「そうだなぁ。

基本的には素早くやるって事だと思うけど、慣れない間は実験の手順も心配でどうしても動作がゆっくりになりがちだよね。」


「慣れって事なんでしょうか?」


「まぁ、そういうことになるかな?」


期待していたほど効果的なアドバイスが貰えず、少々残念だったが、実験室の時計を見てそんな気分はすっ飛んだ。


時計の針はちょうど5時を指すところだ。


「ごめんなさい!

今日6時からバイトでした!」


小池も振り替えって時計を確認した。


「あぁ。

こちらこそ、手伝ってもらって、本当に助かったよ。

ありがとう。」


「失礼します!」


半ば駆け出すように実験室を後にした。


「気を付けて。」


後ろから小池の気遣ってくれる声が聞こえた。




小走りに進みながら、頭の中で時間を計算する。


ここから(うち)のマンションまで20分、家庭教師先の涼介の家に10分前に到着するためには5時半には家を出たい。


10分では当初予定していた予習はできない。


腹をくくって、ひたすら家に向かった。




家に着くと、テーブルに置いてあった家庭教師用の参考書に目を通した。


予習する事は諦めたが、全く見ないという訳にはいかない。


自分の中でだいたいの手順が思い浮かんだ。


「よし、何とかなりそう。」


そう呟きながら、参考書をバッグに詰め込んだ。


ペットボトルのお茶を一口飲むと、時計を確認して部屋を後にした。




涼介の家の前に着くと、携帯で時間を確認する。


何とか10分前に到着した。


ホッと胸を撫で下ろし、チャイムを押す。


いつものように涼介の母、美紗子みさこが玄関を開け、中へと招き入れる。


「いらっしゃい。

今日もよろしくお願いしますね。」


「はい、こちらこそお願いします。」


いつものように挨拶を交わすと、私は涼介の部屋がある2階へ向かう。


それを確認すると、美紗子は1階のキッチンへと戻っていく。


私は階段を上がって、真っ直ぐに涼介の部屋に向かうと、ノックしようとドアの前で立ち止まった。


すると、珍しく中から声が聞こえてきた。




「しっかし、もったいねぇなぁ。

ミスK高だろ?」


この声は涼介では無さそうだ。


友達かもしれない。


「まあ、そうみたいだな。」


これは涼介の声だ。


いったい何の話をしてるのだろう?


「お前も出てたらミスターだったかも知れないけどな。」


「興味ない。

面倒なだけだろう?」


「あぁあ、モテるやつはいいよなぁ。

あんだけいい女も振っちゃうわけだしな。」


「向こうが振ったんだろ?」


「そうは言っても、普通、告られて付き合うって時に、好きじゃないって言うか?

その時点で振ってるよな?」


「ちゃんと、それでも良ければ付き合うけどって言ったよ。

お互い納得してたんだから、気持ちとか今更言われても困るだけだ。」


「身体から始まる恋もあるっていうじゃん?」


「そんな事あるわけないだろ。」


友人の言葉に、淡々と涼介が答えている。




どうやら涼介が彼女と別れたらしい。


それも何か、好きじゃないけど付き合ってたってこと?


しかも、身体って・・・何?


今まで満足に異性と付き合ったことはないが、付き合うってもっと違うのでは?


ドアの向こうから聞こえてくる話が、他人事とはいえ、ショックだった。


高校生が話しているからなのか、自分の常識とは違うからなのか、それは分からなかった。


これ以上、この二人の話は聞きたくなかった。


私は意を決して、ドアをノックした。




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