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17/24

その161からその170

(著者注

作中 勇治は

2日間東シナ海を

泳いでいたと

けいに

後日話をしています。


しかしこれは

勇治の話なので

実際問題として

2日間も

東シナ海の

外洋を

泳いでおられるかどうか

疑問です。


勇治の話を信じるかどうかは

皆様にお任せいたします。)


勇治は

貨物船を撃沈されて

放り出されて

暗闇の

東シナ海を

星の位置を

参考にして

南南西に泳いでいました。

子供のときに

夜 打出の浜で

泳いだときに

星の見方を

会得したそうです。


得意の平泳ぎで

泳いでいたのですが

疲れると

上を向いて

立ち泳ぎをしていました。

夜も更けると

寒くなってきたし

眠たくなってきました。


「眠ったら 死ぬぞ」と

言い聞かせながら

泳いでいきました。




夜の海は不気味です。

波音だけがする世界です。


少し立ち泳ぎで

休みながら

星を頼りに

南南西にすすみました。


長い夜が終わって

その朝が来ました。

東の空から

太陽が昇ってきました。


綺麗な景色でしょうが

勇治にはそんなこと

考えているひまがなかったです。


勇治は

のどの渇きを覚えました。

でも海の水は飲むことができないし

困り果てながら

天を仰ぎました。


海は

ずーとなぎっていました。

雨など降る様子はありませんでした。


太陽が

相当高くなって来たとき

空が曇ってきました。


雨がしとしとと

降ってきたのです。

悪運の強い

勇治ですから

都合よく

雨が降るのです。


雨でのどの渇きを

潤しながら

また泳ぎ続きました。


丸一日がたっても

雨の中

台湾はおらか

島影も見えません。


そしてまた夜が来ました。





二回目の夜は

本当につらいものでした。


段々と海は荒れてきて

立ち泳ぎで

休むことはできません。

眠たくなって

力を抜くと

海水を飲む始末です。


勇治にとっては

人生最大の試練のときです。

勇治は何を頼りに

がんばったのでしょうか。


普通の人なら

きっと愛する人や

親や子供のことを思い出すのでしょう。


勇治には

母の千代や

ふたりの子供がいたのですが

特に思い出さなかったそうです。


美味しいものが食べたいとか

賭け事で大勝ちするとか

任侠の世界で

有名になるとか

そんなとりとめもないことを

考えながら

がんばって

夜の海をひたすら泳ぎ続きました。


そして2日目の朝が来ました。

明るくなってくると

南の方角に

陸地のようなものを見たのです。

目だけは

良かった勇治ですが

ながく塩水に浸され

あまり良く見えなくなっていたが

ぼんやりと見えたのです。


勇治はそれに向かって

最後に力を振り絞って泳ぎ始めました。




勇治はあと一歩というところまで泳いできたのです。

しかし昼になっても

いっこうに陸地が近づいてこないのです。


海流の影響でしょうか。

それとも

勇治が力を

使い果たしたのでしょうか。


勇治はあせり始めました。

日ごろから

飽き性の勇治でしたが

こんなことで

二日にわたって

泳ぎ続けたのですが、

もう飽きてしまいました。


夕方近くなると

もう泳ぐのをやめて

波間に浮いていました。


疲れと同時に

諦めたのでしょう。


勇治はこれで終わりだと

確信しました。


そのとき

普通の人なら

思い出が

走馬灯に浮かぶのでしょうが

勇治はそんなことは浮かばず

あの世に行ったら

どんな悪いことをしようか

などと考えていたのです。


そして天を仰いで

目をつむって

から数十分経ったとき

「ボー ボー」

という音が聞こえたのです。





勇治は

殆ど眠っていました。

「ボー」という音は

三途の渡しの渡し舟の汽笛かと

一瞬思ったのですが

あまり身近に聞こえたので

目を開けてみました。


そうすると

前から

駆逐艦がやってくるのです。

勇治は

条件反射のように

手を上げて

叫びました。


船から

縄の付いた浮き袋が投げられ

体にはめると

引き上げられました。


引き上げられたのでしょう。

そのあたりの記憶は全くないのですが

気が付くと

台湾の病院に

収容されていたのです。


3日後に目覚めた勇治は

助かったことが実感できたのです。

衰弱しきっていたので

2ヶ月ばかり

病院の片隅の

ベッドに寝さされていました。


憲兵が

その間何度もやって来て

尋問されました。


退院することには

回復し

仲良くなった憲兵に連れられて

退院していきました。





病院から退院すると

軍の力を借りて

色々なことをします。

本当に色々なことで

普通では考えられないことを

やってのけました。


(占領政策の

片棒を担いでいたのですが

何をしていたかについては、

割愛します。

断片的に聞いておりますが、

どれもこれも

ここで書けるような

話ではありません。


戦争と同じく

非人間的な

部分を含んでおり

台湾出身者や

旧軍関係者

その他先の大戦で

不幸な経験をされた人の

名誉が損なわれることとなると思うからです。


そのようなものを

私的なこのブログで

書くことをはばかります。


それでいきなり終戦の日を

迎えて前後が

繋がりませんが

ご了承ください。


皆様におかれましては

想像をたくましくして

ご推測ください。


皆様にも考えてもらうために

この小説は

2日間休みます。)


暑い夏の日

天皇陛下の

玉音放送が

あるというので

勇治をはじめ

多くの日本人は

広場に集まりました。




12時から始まった

玉音放送を聴いた勇治は

あまり良くわかりませんでした。


でも一番えらい憲兵隊の隊長が

涙を流していたので

ただならぬ状況だと思いました。


他の場所では、

玉音放送を

ポツダム宣言を受け入れて

無条件降伏を知らせるものだとわからず

戦争遂行の詔勅と

受け取ったものも多かったのです。


勇治は

もう仕事ができないのかと

残念がっていました。


軍隊は

書類を3日間に渡って

燃やし

証拠を隠滅したのです。


勇治も戦犯にならぬよう

名前を変えて

収容所に入りました。


3ヵ月後

日本に向かっていく

帰還船にのって

大阪に向かいました。

今度の船は

ぎゅうぎゅう詰めでしたが

危険はありませんでした。


大手を振って

日本に帰って行きました。



本当に窮屈な

二日あまりの航海でした。


でもどこで手に入れたのでしょうか。

花札を持っていたのです。

勇治にとっては

必携品の花札で

花札賭博をしたのです。


詳しく知りませんが

花札賭博は

熟達すると

勝てるのだと

勇治は言っていました。


船の中での

賭博で

勝った勝ったと

言っていましが事実はどうかわかりません。

また大阪に着くと

こんな利益はすべて没収されてしまうのですが。


大阪の港に着くと

進駐軍の簡単な取調べと

税関の取調べがありました。


進駐軍の取調べは

さほどのものでもなく

勇治にとっては

なかったに等しいと考えていました。

しかし

進駐軍は

戦犯を探していたのです。

勇治も

C級戦犯の対象ではなかったかと思われるようなことを

台湾でしていたのです。

軍属であったために

勇治は名前を変えただけても

わからなかったのです。



税関では

お金を探されました。


決まったお金しか

もって入国できないのです。


勇治はここで

大方とられてしまったと

話していました。


本当にどうかわかりません。


それから上陸をゆるされた

勇治は

どちらにいこうか

迷いました。


普通なら

母親と

わが子が待つ家に帰るのですが

わがままな勇治のことですから

直ぐに帰りません。


千代や けい は

武蔵の戦死の知らせは届いて

大変悲しみました。


勇治がいなくなって

7年が経って

千代や けい は

勇治は

満州で

生きているのか死んでいるのか

わからなくなっていました。


その子供も

大きくなって

千代や

甥と姪を養うために

けいは

仕事を変わっていたのです。



けいが

母親や勇治の子供を食べさせるために

戦後の動乱期

がんばっていた頃

勇治もある面ではがんばっていました。


昔の仲間のところで

闇市関係の仕事をしていました。

でも警察の取り締まりが大掛かりにあって

勇治の仲間は

大損をしてしまいます。


それで行き場を失った勇治は

昔のもうひとつの仕事である

左官仕事を

親方のところに

頼みに行ったのです。


戦争で

多くの家が焼けてしまって

使える木もなくなった当時は

どこにでもある土で

家を作る

左官屋さんは

引っ張りだこでした。


それで腕のいい勇治も

仕事が

切れ目なくきて

日銭が入ってくることになります。


羽振りがいいので

仲間内からちやほやされて

勇治はご機嫌になります。



終戦後の動乱期に

日銭が入り

勇治は羽振りが大変良くなりました。

そうなると

勇治のことですから

調子にのって

余計にまじめに仕事を

してしまいました。


でも毎日

パー と使ってしまいます。

だから翌日働くことになります。

雨なんかが続くと

大変です。

勇治はお金がなくなってしまいました。

そんなときに

千代のことを思い出したのです。

何年も会っていないことにはじめて気が付き

甑岩にいくことになりました。


電車賃さえないので

今津から六甲山のほうに向かって

だいぶ歩くと

甑岩に着きました。


今津は戦争で丸焼けになってしまいましたが

甑岩当たりは

田舎だったのか

B29も爆弾を落とさず

前と何も変わりませんでした。


道も忘れず

千代の納屋まで

たどり着きました。

そして躊躇なく

納屋の扉を

いきなり開けました。




この連続小説「昭和」は

私のブログ

ロフト付はおもしろい

に連載したものです。

8年7月17日現在204話まで書きました。

よろしければ

http://a123.noblog.net/

をご覧ください。

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