表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

その151からその160まで

前の日から

熱があったのかもしれません。

しかし体温計というものが

前線にはありませんので

あまり良くわからなかったのです。


朝には熱が出て

すごい寒気がします。

戦友も同様に

熱が出ていて、

一方

動けるものは

敵と戦っていたのです。

誰も武蔵を

世話をするものなどいません。

昼には殆ど意識がないようになって

寝込んでしまいました。


その日の夜半に

帰らぬ人となります。


翌日

精鋭の部隊の

援軍がやって来て

敵方と激しい戦闘になります。

戦闘は

3時間ぐらい続きますが

敵方は

一旦兵をひいたのです。


部隊はやっと救出されます。

晴天のその日

武蔵のなきがらは

火葬にされ

遺骨のみが

日本に帰還することになってしまいました。


もう少し援軍が

早ければ

助かったのですが

武蔵は

不運だったのでしょうか。


この一連の戦闘で

亡くなったのは

3名しか出なかったのですが、

武蔵は

異国の地で

灰となってしまいました。




戦病死の知らせは

数日後に

市役所の職員を通じて

千代の下に

届けられます。


死亡公報を受けた

千代や

けいは

大きな悲しみにおちいります。

武蔵が勤めていた酒蔵の杜氏たちや

親戚縁者隣人など

武蔵を知るものたちは

ことごとく悲しみます。


まだ

中国戦線で

戦死者は少なく

稀であったので

名誉の戦死に

驚きと

畏敬の念を覚えたのです。


少し前の

清三が

亡くなった時より

千代らの

悲しみは大きいものでした。


千代にとっては

清三や勇治が居ても

武蔵がいるから

生きていけたのです。


その武蔵が

お国のために

死んでしまうとは

どう考えていいものか

わからなくなってしまいました。




数週間後

白い布で包まれた桐の箱と

恩賜金が

千代の家に届けられました。


武蔵は

一階級特進して

陸軍伍長となって

骨となって帰ってきてしまいました。


千代は恩賜金のすべてを使いはたし

武蔵の墓を

ふるさとの今津の

清兵衛と清三の隣に

建てました。

そのお墓は4尺ばかりの白御影石の台座の上に

少し小さい石がのっており

その上に

四角い台形の細長い石がのっています。

一番上の石は

先がとがっています。

前には

陸軍伍長 川野武蔵刻まれています。

後ろには

戦死広報に書かれていた戦死の顛末が

小さな字で刻まれています。

前には

花を立てる石と

水を供える窪みがある石があります。

その石の前には

河野家の紋が刻まれています。


このお墓が出来上がると

送られてきた

骨壷を収めました。


千代の納屋には

武蔵の

形あるものは残りませんでした。

ただ悲しみだけがいつまでも残ったように思えました。




方や

勇治は

全くの音信不通で

武蔵の死は外地にいて

知りませんでした。


勇治は

天真爛漫というか

日本人としての

傲慢さを持っていたのです。


満州でも

悪いことをやっていました。

日本人相手あるいは中国人相手に

やっていたのです。

(著者注:

どのようなことをやっていたか

具体的には

あまりにも非人間的なので

この小説の中では書きません。

読者の皆様は

類推してください。)


そんなことをやっていた勇治も

段々心細くなっていきました。


南方の戦線で

日本の敗戦が続き

関東軍の

主力部隊が

転戦していってしまったのです。


軍隊相手の仕事や

左官の仕事

その他の悪行も

稼業も

うまく立ち行かなくなってしまったのです。


八方塞になってしまいました。

だからといって

本土に帰ることはできなかった勇治は

少しだけ悩みました。

でも直ぐにそんなこと忘れてしまいます。



日本の敗戦の色が濃くなってきた

昭和19年の初夏に

勇治は

軍の

募集に応募して

台湾に行くことになりました。


日本軍は

戦争遂行のための

物資が底をついていたのです。

それで

当時は日本領だった

台湾の資源に目をつけたのです。


予備役で招集されていなかった日本人の

勇治は

軍隊に応募したというか

徴用されて

軍に所属することになります。


このような軍の仕事をする人を

軍属と言います。


勇治は

長春から旅順満州鉄道で行って

そこから

日本の貨物船で

一路台湾の高雄に向かいます。


貨物船には

勇治以外にも

一癖もふた癖もある男が

十人ばかり乗っていました。


そのほか

台湾へ持っていく

弾薬や

軍のその他の装備を

喫水線までつんでいました。


船は

夜を待って出航し

目立たないよう

灯火をつけずに

東シナ海を

南に南下しました。




航海は危険がいっぱいです。

勇治の乗った船は、

民間の徴用船ですが

船足は遅い

老朽船でした。


もちろん嵐や

風が怖かったのですが、

もっと怖いのが

敵の潜水艦です。


護衛してくれる

駆逐艦がついていればいいのですが

そんな余裕は

海軍には

ありませんでした。

恐る恐る

東シナ海を

南下していきました。


出航した

夜が明けて

明るくなると

敵の潜水艦に

見つかるかもしれません。

船には

歩哨が立ち

魚雷を監視しました。


窮屈な船の中で

ひやひやしながら

勇治は

仲間のものと

花札賭博をしていました。


でも相手が同じなので

お金がいったりきたりするだけで

直ぐに飽きてしまいました。




勇治が花札に飽きた

二日目の夕方に

船はにわかに大騒ぎになります。

もう少しで晩になって

闇に隠れることが出来るようになるのに

敵の潜水艦に見つかったのです。


船橋にいた数人の見張りが

右斜め前方に

魚雷の航跡を見つけたのです。


船長は即座におもかじをを命令しました。

一発目に魚雷は

船すれすれで

遠ざかっていきました。


しかし2本目が

大きく右に切った前方から来たのです。


なおも

船長はおもかじをきり

よけようとしましたが

船倉が

貨物でいっぱいで

喫水線が

深かったので

曲がり切れません。


最初の魚雷を発見してから

数十秒後に

船の船首左に

魚雷が炸裂したのです。


船長は

軍に被弾の状況を打電した後

退船命令を出し

避難を始めました。

救命用の

ボートのようなものは積んでいませんでした。

ほんの小さな

手こぎの伝馬船が一艘あるだけでした。


それに船員達は群がり収拾がつきません。


そのころ

船倉にいた

勇治は

大きな音で

立ち上がりました。

魚雷が当たったこと知った勇治は

一目散にデッキに上がり

小舟を探しました。




勇治は貨物船に

避難用の船が

今はないと思いました。


勇治は

やおら

上着を脱ぎ

ズボンや靴下まで

ふんどしを残して脱ぎました。


勇治は貨物船が危険と

わかっていたので

海用のふんどしをしていたのです。


どんなふんどしかというと

赤い布で作った

長さが

18尺ばかしのふんどしです。


ご存じのように

勇治は

今津の海辺で育ちました。

子供の時はもちろん

大きくなっても

夏の暑い日には

海へ出かけて

海水浴をよくしていたのです。


家からすぐの

打出浜で

よく泳ぎました。


普通旧盆を過ぎると

海では泳がなくなるのが普通ですが

勇治はよく泳いでいました。

本当かどうかわかりませんが

「淡路島まで泳いで帰ってきた」

と言っていたこともありました。


その時に

赤いふんどしは

鮫除けに良いのだと信じられていたのです。


人間の体を

大きく見せるのに

都合がよいのだと

勇治は言っていました。



勇治は

飛び込む用意をして

船の端に行きました。


それからまだ

貨物船が

傾いていないときに

一番に飛び込みました。


船に乗っていた

他の者は

それを見て

服を脱ぎ捨て

飛び込み始めました。


勇治はできるだけ

船から離れるよう

泳ぎました。


勇治は

頭を水中に没しない

平泳ぎで

泳いでいきました。


船首に魚雷が当たったので

船首からゆっくりと

貨物船が沈んでいきました。


勇治は

船の進行方向の

南南西に

泳いでいきました。


海に飛び込んだ

他のものも

いましたが

暗くなった頃には

誰もいませんでした。


勇治は

暗くなった海を

星を頼りに

南南西に

泳いでいきまいた。


外洋なのに

なぎっていて

勇治には幸運でした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ