その101から110まで
清三は
賭場に着くなり
男に
「大峰山に行くにはどうすればよいのか
どのような服装で行くのか。
持ち物は何か」
などと
例の口調で
問いただしました。
男は
迷惑な顔もせず
割と親切に
事細かに答えていました。
一通りの質問をしたのち
清三は
「では
大峰山に
あさって行こう」と
言ったのです。
「私と一緒に行く者は居ませんか」
という呼びかけに
何人かの
男たちが応募しました。
というわけで
その翌日
大峰山に出掛ける
服を用意するために
男と大阪の
専門店に
出かけました。
大峰山に
行くのは
修行です。
普通は山伏修行で
例の山伏の衣装で出かけます。
急ですので
ありあわせのものを
組み合わせて買って帰りました。
家に帰ると
清三は
さっそく山伏の衣装を
着てみました。
一番下のけいは
不思議な目で
見ていました。
千代も同じような目で見ていました。
子供のようにはしゃいでいるように
思えたのです。
その日は早く床についた清三は
なかなか眠れなかった。
でも
翌日は
始発電車に乗るため
まだ暗いうちに
起きました。
そんな早く起きたのは
人生初めてです。
枕元に置いてある
山伏の服を
着て
朝の食事もそこそこにして
出かけました。
待ち合わせの
西宮駅に
着くと
待ち合わせた
男たちは
誰も来ていませんでした。
当たり前です。
まだ一時間も前ですから、、
駅についてから
小一時間ほどたつと
3人の男が
例の服装で
駅裏からやってきました。
何か眠たそうに見えました。
少し不機嫌な
男たちに
切符を清三は渡し
駅に入りました。
電車を乗りついて
大峰山のふもとまで着きました。
それから
山を登り始めました。
でも上り始めた頃には
清三は本当は疲れていたのです。
平素運動というものを
なにもやらずに
しているだけの清三ですので
山登りはきついです。
大峰山は霊場で修行の場
六甲山を登るのとわけが違うことは
頭ではわかっていたのですが
こんなにつらいとは
中腹に行くまでには
ばててしまいました。
男たちに助けられて
一歩一歩登っていきました。
倍以上の時間を要して
やっと頂上に登りました。
頂上から見える景色は
曇っていたけど
すばらしいものでした。
清三は登ってきて本当に良かったと思ったのです。
降りるのは登るときより
大変でした。
駅まで着いたときには
へとへとで
家まで男たちに
介抱されながら帰りました。
その日はそそくさと寝てしまいました。
千代は
翌日は起きてこないだろうと
思っていたのに
清三は
あちこちが痛い痛いといいながら
早く起きてきたので
びっくりしてしまいました。
それから
昨日のことを
こと細かに
千代や
けいに話しました。
千代は
けいはなにもわからないのに
と思ってしまいました。
また晩になったので
賭場にいそいそと出かけてしまいました。
もう
清三は
賭け事なしには
生きていけなくなっていたのです。
賭け事は
麻薬と同じで
最初のうちは
快くないけど
段々と
賭け事をしないと
落ち着かなくなり
ついには
賭け事をしないと
落ち着かないどころか
もっと他の症状が
出てしまうのです。
それが
男たちの
思うところでした。
男たちは
清三の
財産を
すべて賭け事で
取ってしまう計画は
予定通り進んでいたのです。
こんな風な清三を
だますのは
男たちにとっては
簡単なことです。
男たちは
いわゆる”いかさまばくち”で
清三の財産を
ひとつひとつ
取り上げていったのです。
清兵衛とゆかが
50年余りかけて作り上げた
財産を
なくすには
10年も要しませんでした。
家族の
千代や
しっかりした武蔵や
少しいい加減の勇治も反対したのですが
清三の暴走をとめることはできなかったのです。
昔の家長制度によるものでしょうか。
伊蔵は途中で気が付いて
止めたのですが
子供のときから
地域とのつながりのない
清三だから
そのようになったのかもしれません。
けいが生まれたときは
清兵衛の生きていて
河野家は
隆盛の極みでした。
しばらくして
清兵衛とゆかが相次いで亡くなったのち
河野家の
没落が始まったのです。
千代や武蔵はもちろん止めましたが
とめることができずに
田んぼをひと町ひと町売っていくのです。
その対価の大方は
男たちの手に入っていくのです。
男たちはそんな金ずるを
決して離しません。
最後になるまで
搾り取るのです。
しかし清三には
搾り取られるという
感覚がなかったように思います。
男たちを
親友と思っていたのです。
親友のためなら
お金を使うのは当たり前と考えていたのです。
そんな清三を
千代は
もう黙ってみていました。
けいは
幼心に
友達は怖いものだと
思っていました。
一番上の
武蔵が
兵役で
福住の連隊に入営中に
最後の河野家の財産である
家屋敷を手放して
金を作って
さいころ賭博に通います。
家族のものは
千代の実家である
甑岩に移り住まざる得なくなってしまいました。
あの酒蔵の町を
後にする千代やけいは
どんなに悲しかったことでしょう。
もちろん清三も
家族の悲しみもわかっているのですが
友達のためには
そうするのが正しい道と
あえて思っていたのです。
家がなくなった清三は
妻の実家に
行くわけにはいきませんので
賭場の
2階に
仮住まいをしていました。
まだかぞえで12歳になったばかりの
けいは
父親に会ったのは
家を出るときに見たその姿が
最後でした。
清三が家屋敷を売ったお金は
たちまちのうちに
男たちに搾り取られてしまいました。
賭け事は
怖いものです。
どんなにたくさんの富でも
一夜のうちに無くしてしまう事が
可能です。
男たちは
さいころ賭博をしていたのですが
そのさいころには
仕掛けがあって
丁半が偶然出るのではなく
あらかじめ決まっていて
そんな巧者な仕事ができていたのです。
男たちは
いかさまさいころを
作るのに
命を賭けており
遠くまで
習いに行ったり
相当のお金をはたいて
買ったりしていたのです。
無一文になった
清三は
男たちに追い出されもせず
堵場の
陰気な屋根裏部屋に
住んでいました。
男たちも
清三がかわいそうに思っていたのかもしれません。
男たちにとっては
「かも」でしかなかった
清三ですが
清三にとっては
男たちは
親友だったのです。
それを
同情していたのでしょうか。
男たちは
無一文の
清三にも
前と同じように
接していたのです。
清三は
堵場の屋根裏部屋に
住んでいたけど
金がないので
もちろん賭博はできません。
清三は
ばくちができなくなって
しばらくの間は
本当に苦しかった。
禁断症状のようなものが
出たのです。
しかし
ばくちをせずに
10日ぐらいたつと
その禁断症状も
徐々に消え
20日ぐらい経つと
今までの
行いは何だったんだろうと
思うようになりました
そうなると
4町の田地と
家屋敷を
男たちのために盗られたことが
妙にうらやめしくなりました。
それにも拘らず
男たちの同情で
こんな場所に
住んでいること自体が
清三には許せなく感じられました。
そんな風に感じていた頃
男たちと
一緒に
大峰山に行きました。
清三は
家を売ったときに
山伏の衣装も
なくしてしまったので
平服で
出かけました。
大峰山には
もう20数回通っていましたので
それほど感動はないだろうと
思っていました。
しかし
今回登ったときに
今までにはない
感慨を覚えました。
修行のひとつ、「西ノ覗き」(にしののぞき)を
いつものようにしました。
それは断崖絶壁から、さかさに身をのりだし
谷底を覗く荒行です。
いつもは
怖いということしか
残らないのですが
この日は違っていたのです。
谷を覗いて
見た後
はかなく
無常を感じたのです。
清三は
強く感じました。
父母に
妻に
子供に
迷惑をかけたことに
気が付いたのです。