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短編

旅立ち

作者: いまり 鈴

 こういう事は今まで何度もあった。ぴょんと飛び込めばそこはオレがいた世界とは異なるパラレルワールド。同じ場所のこともあれば全く違う世界を点々とすることだってあった。だが、どうやら今回は違うらしい。気まぐれに開く小さな扉を気まぐれに通れば、そこは前回来た場所と同じ。「運命の三度目」だった。




「父さん、母さん、オレは外の世界に移るようです」

 帰ってきたその日の食事の席で、何気なく切りだす。食器と食器のこすれ合う音がピタリと止み、視線が集中しているのが感じられる。


「お前の風穴の時期はまだ先じゃなかったかい?」

「森でたまたま見かけたのに思わず飛び込んじまって」


 この世界の至る所で見られる「風穴」は、数多ある世界への入口の一つ。常に開いている大きなものもあれば、今回オレが通ったような、人知れず開閉する小さなものまである。風穴をくぐった先は以前同じ穴を通ったからといって同じ世界にたどり着くわけではない。また、違う風穴を通っても、同じ世界に落ちることもある。その中でも、成人後に三度同じ世界に落ちることを「運命の三度目」と呼び、次に風穴を通れば二度と元の世界には戻れない。

 残りたいなら行かなければいい、というのは無理な話だ。成人した後一年間、月に一度は勝手に吸い込まれてしまう。しばらくその世界を徘徊した後、再び何らかの力によってこちらに引き戻される。繰り返しの中で、「何か」はオレがどこにいるのがふさわしいのか判断するのだ。その「何か」が何なのか、誰にも分からないし、オレは別に知ろうとも思わない。ただ一つ、ここを離れると決まったら、残りの時間で何をするかはずっと考えてきた。自分から行かない限り、世界が待ってくれる時間は、あと一ヶ月。




 ―― 一ヶ月。いつもどおりの朝。朝に弱い弟や妹たちが寝ぼけ眼で機嫌悪そうに起き上がってくるのを苦笑いしながら、部屋に散らばった木くずを集める。前に風穴をくぐったのは日が沈む直前だったから、今回引きずられるのもきっとそのくらいだろう。オレを見た最後が、引っ張られて「うわあ」なんてカッコ悪いのは嫌だ、という変な理由でオレは街が管理する大きな風穴に、時が来る前に自分から入ることにした。


「にいちゃ、行っちゃやだ」

「やだって言われてもなあ」

「もう会えなくなったら、誰が文字の練習見てくれるの?」

「魚の捕り方は誰が教えてくれるの?」

「誰がお花を一緒に植えてくれるの?」


 仕事で忙しい両親の代わりに、何とか自立はできるように見てきたはずなんだけどな。わしゃわしゃと髪をかきながら、今日も仕事で早く出かけてしまった両親の顔を思い浮かべる。今さらだけど、やっぱり寂しい。それでも後戻りはできない。先に行った人たちは、どんな思いでここをくぐっていったのだろう。


「いいか、オレがいなくなっても、オレはずっとお前たちと一緒にいる。寂しかったら、オレがいつも使ってた机の引き出しを開けてみろ。それでも前を向くのを忘れるな。それじゃあ、親父とお袋を頼んだぞ」


 内臓が宙を舞うような、何度味わってもなれない感覚の後、気がつけば、大きな建物に大きな機械が元気良く動き回る、これからオレが生きていく世界についていた。前を向くのはオレだろ、そう思いながら、荷物に入れてきた木彫りの家族を眺め、深呼吸をして歩きはじめた。





fin.

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