ワシ魔王、勇者が殺してくれなくて困る。
「そもそも体格差がありすぎじゃろ。お主、そこまで小さいとは思わなんだぞ」
「ナメるんじゃない! 勇者とは勇気ある者のことだ。この程度の差、オレの勇気で埋めてみせる!」
「勇気とはそんなに便利なものじゃったかのう。お主は190センチくらいか? 人間にしては大きかろうて。しかし魔王のワシは300メートルじゃ。文字通りに桁が違うのじゃが、それが埋まるものなのかえ」
「数字の大きさなんか関係ない。オレは必ずお前を倒すんだ!」
「やれると思うなら、やってみるが良い」
「言われなくても!」
「……。……、……ほれ、見ろ。十回斬りつけて、ようやく足の親指に切り傷が出来ただけではないか」
「はあっ……はッ! くそう、オレの勇気はこんなもんじゃないッ!」
「なんじゃ、身体を緑色に光らせおって。例の必殺技とやらを出すつもりか?」
「! し、知っているのか!」
「そう不思議がる話でもあるまいて。己を殺しに来る人間の情報、仕入れない方がおかしいというものじゃろう」
「うっ……」
「剣に勇気のエネルギーを込めるんじゃろ? それで全てを破壊するんじゃろ?」
「ぐぬぬ」
「ワシを殺そうとする勇者の技。かつ、ワシの可愛い部下たちを屠った技。それを、魔王たるワシが把握していないとでも思うたか」
「何のつもりだ。その程度の揺さぶりでは、オレは屈しないぞ!」
「揺さぶっとるつもりは、無いんじゃがなあ。そこまで言うなら、繰り出してみるが良い。ワシの目算では、親指にくぼみを作るのがせいぜ……、せっかちな奴め。話の途中で必殺技を使うとは。とはいえ、結果はワシの予想通りじゃったな」
「ぐっ、魔王。なんて強さだ! 今のオレでは、コイツを倒すことは出来ないというのか」
「まあ待て、勇者よ。少し話を聞かんか」
「ここは出直して、修行を……」
「待てと言っておるに」
「何だ、魔王! 貴様と話すことなどないぞ!」
「狭量な奴じゃのう。話くらいよかろうに。ほれ、この通り武器は捨て、あぐらをかいてやろう。これで良いか?」
「悪の帝王と話す義理はない!」
「お主、自分が正義の味方と思って自惚れておらんか? 自惚れは視野を狭めるぞ。そして狭い視野は時機を逃す。願っても無い機会を、失ったりするのじゃ。例えば……目の前の敵が、死にたがっている。とかのう」
「……どういうことだ?」
「ようやく聞く気になったか。よしよし。では、単刀直入に問おう。お主のその聖剣とやらは、斬った相手を回心させるのであろう?」
「確かにその通りだ。聖繕を受けたオレの剣は、斬った者の罪を浄化する。どんな悪魔も、無垢な人間として生まれ変わらせることが可能だ」
「やはり、そうなのだな。これまでお主と戦ったワシの部下たちが、お主と戦ったことで人間に変わったと聞いていたからのう。これで、確信出来た」
「するとなんだ、魔王。お前は早く人間に変わりたいとでも言うのか?」
「まさにその通りじゃ。これまで重ねた罪も、この大きく成りすぎた身体も、有り余る力も全て捨て……生まれ変わりたい。ただの、人間としてなぁ」
「俄かには信じがたい話だな。これまで、その罪と身体と力で好き放題してきた癖に」
「言い訳がましい話じゃが、ワシが自ら人間に手を出したことは、無いはずじゃよ」
「ほう?」
「『虎の威をかる狐』ということわざがあったろう。なぞらえるなら、ワシが虎で部下たちが狐。虎の力を悪用して狐たちが悪さをしてきたが、虎は居丈高になったつもりはない。とはいえ、己の強さに責任を持たず、部下達の面倒を見なかったことは、反省しておる。言い換えるなら、管理不行届がワシの罪じゃ」
「……」
「話が逸れたのう。結局のところ、ワシは人間をいたぶることに興味はないし、経験も無い。だから、罪も身体も力も、特に必要としてはおらんのじゃ」
「事情は判った。身勝手な気がしないでもないが、オレとあんたの目的は同じってことだな」
「なんじゃ、不満があるのか。言っておくが、ワシが人間になれば、秩序の構築に一役買えるぞ?」
「……どういうことだ」
「ワシくらい力を持つと、全てを知る者と繋がることが可能なのだがな。それによると、今から千と数百年後の未来には、こんなことが起きるらしい」
「言ってみろ」
「鮮やかな手口で、どんなものでも盗み出した大泥棒がいた。そんな彼も逮捕され、長い懲役に服し……牢獄を出た瞬間、何人もの商人が大金片手に、仲間へと引き入れようとしたという」
「なんだ、そりゃ。商人たちが盗みをやりたがったのか?」
「そうではない。その商人たちは、客に家の安全を提供する者どもなのだ。警備会社だか、せくれたりいだかという名称だったな。彼らはいわば、泥棒の知識と技術を買おうとしたのだ」
「判るように説明してくれ」
「泥棒は、あらゆる錠や扉をも開ける術を知っていたのだよ。そんな男の協力があれば、他の泥棒が開けるのに苦労する錠を作るのが楽になる。そうだろう?」
「ああ、成程。……すると」
「そう。ワシは、その泥棒と同じような役割を果たすことが可能じゃ。あらゆる悪魔、使い魔、怪物を理解する、ワシの知識があれば……人類の安全性は、より強固なものになる」
「ふうん、なるほどな……なるほどな。そういうことなら、魔王。全力で、一刀両断にしてやるぜ」
「それが出来そうにないから、困っておるのじゃて」
「えっ、あ……うーん」
「その剣は確かに素晴らしい代物じゃ。だがのう、それは付加効果が凄いのであって、切れ味が特別良いわけではなかろう? さっきも、この程度の傷しか付けられなかったのじゃから」
「そういう言い方を、認めざるを得ないな。確かにこの聖剣は、罪を切れるという点を除けばただの剣だ。このままでは、300メートルあるあんたを切れるとは思えん」
「じゃろ。これはもう、お主の修行とかそういう次元の話でもない。何か違う方法を閃く必要があると思うのじゃよ」
「違う方法だと?」
「例えばそうじゃな。お主の魔法を組み合わせるのじゃ。最後に訪れた町まで瞬間移動する魔法があったろう? ワシに剣を差したまま、それを使うのはどうじゃろう。上手くいけば、そのまま町の方向にワシの身体が剣に割かれはしないだろうか」
「無理だな。あれは線の移動ではなく、点の移動だ。長い距離を超々高速で移動するものではない。空間転移を起こすんだ。だから、あんたの言うような結果にはならない。傷を広げないままでオレが移動するだけだ」
「そうなのか……」
「まあでも、魔法を組み合わせるってのは良さそうだな。色々試してみるとしよう」
「ほうほう」
「まずはそうだな。攻撃系の魔法を刀身に乗せて斬ってみようか。魔王、オレを頭の上に乗せてくれ」
「……。……どうじゃ? 上手くいきそうか」
「炎の剣、雷の剣。他にも色々試したが、結果は同じだ。頭皮は斬れるが、刀身より深いところにはどうやっても届かない。さっき足を切ったのと、ほとんど変わらない状態だ」
「斬れるには斬れる、という程度か」
「そうなるな。掘削の要領で斬り進むことは出来るかもしれない。だがそれだと、どれほど時間を食うか」
「移動速度を強化しながら斬るのはどうじゃ?」
「やってみようか。はあッ……、……! ……。ダメだ。頭皮はスムーズに斬れるようになるが、頭蓋骨が固くて突破できない」
「なに、そこまで斬っていたのか? 聖剣というのは、斬られても痛みを感じないものなのだな」
「ふう。さすがに、ちょっとくたびれてきたぜ。……魔王。そもそもあんた、どうしてこんなに大きくなったんだ?」
「様々な要因が絡み合った結果、というところかのう。血筋的に巨大化しやすかったというのもあれば、両親がワシへのエネルギー供給に躍起になっていたから、というのもある。魔王になってからは、部下達がワシを強化する供物を差し出してくるし……とまあ、理由は様々じゃ」
「まったく、余計なことをしてくれる。ここまで強化して、一体どうするつもりだったんだ」
「これこれ。打つ手を失くしたからといって、過ぎたことを非難するでないぞ」
「おっと、その通りだな。勇者らしくもなかった」
「目的から考え直そうかのう。そもそもその剣は、対象をどの程度斬れば罪を消してくれるのだ?」
「考えたこともなかったな。中隊指揮官級以上の悪魔には、この剣で終始戦って勝てば、達成できた。あいつらは、大きくてもせいぜい5メートルが良いトコだったからな……。どの程度ダメージを与えれば良いか、とか、体長の何割斬れば良いか、とかは不明だ」
「そうか。判らないことは、仕方あるまいて」
「では方法の洗い出しじゃ。勇者よ、お主は他にどんな魔法を使えるのじゃ?」
「そうだなあ。敵の注意を引きつけるものや、水中での呼吸が可能になるもの。回転斬り、周辺地域把握、傷の回復、味方の防御力上昇……」
「剣のリーチを伸ばすとか、そういうのはないのか」
「無いな……ん」
「となるとさっきの、移動力を上げながら掘削する方法で行くしかないのかのう……。痛くないからワシは構わんのじゃが、数か月を要する作業になってしまうか。その間、勇者の体力が持つかどうか? それに、上からゆっくりと縦に裂かれながらも生きるというのは画としてどうなのじゃろう」
「いや、待ってくれ魔王。一つ、試してみたいことを思いついた」
「おお、なんじゃ? 言うてみよ」
「まず、オレを掌に乗せてくれ。……オーケイだ。じゃあとは、適当に運動でもしといてくれ」
「ん、それはどういう……おや、消えてしまった。よく判らん勇者じゃな。老体はラヂオ体操でもしておれ、ということか?」
「……。……、……さて、ろうたい体操第一、第二まで終えてしまったわけだが。未だに勇者は現れないのう。どこに消えたやら」
「オレはここだ。手の上だ」
「お、……ん!? なんじゃ勇者よ。血まみれではないか。……ッ!?」
「作戦が上手くいけば、そろそろあんたは生まれ変わるハズだぜ」
「なんじゃ、身体が光り出したぞ!?」
「よしきた……魔王討伐、完了。完了だ!」
「身体が、縮む……おおおおっ」
「……。……、……目、覚めたか? 魔王」
「……! おお、この身体! まさに、人間の子どもではないか!」
「そうだな、12,3歳に見えるぜ。いつも通りの結果だ。……ていうかあんた、女だったのか」
「生まれた時は、女じゃったよ。部下の供物の為に、長い間両性具有となっておったがのう」
「さっきまでのアンタは、性別とか関係ないただのバケモノにしか見えなかったな」
「そんなことよりお主、一体何をしたのじゃ? 消えたり現れたり、やることがさっぱりじゃ」
「流れを作れないから、流れに乗ったのさ」
「どういう……、……! まさか」
「腐っても王か。見当がついたようだな」
「お主は初めに、手首の動脈血管を斬った。そして、自らその中に潜入した」
「その通り。そして、血管に刃を立てながら、魔王自身の脈動に流された。水中でも呼吸が出来る魔法を使いながら、な」
「血の巡りに揺られながら、お主は全身の血管を斬っていった。ワシに運動させたのは、血圧を上げるためだな。それで、スムーズに斬り進んだ」
「心臓行って、五臓六腑、四肢や頭部。大雑把に行脚して、また元の場所に戻った時には――全身の血管を破壊していた、ってことさ」
「得心がいった。よくやってくれたな、勇者よ! それで、これからどうするのじゃ?」
「ひとまず大教会に戻って、魔王討伐の報告をしに行くが」
「よし、連れて行け」
「やだ。……うわっ断ってるのに肩に乗るな!」
「良いではないか。もう重さもなかろう? それに、こんな年端も行かぬ童を一人きりにさせるつもりか」
「わらべて」
「さあいざ行かん、始まりの地へ!」
「あんた、人間になってからの方が偉そうになってないか? ……まあいいか」
こうして勇者は見事魔王を打ち倒し、街へと凱旋しましたとさ。