眼鏡屋は、バレンタインに夢をみる 5
*******
「指切り拳万、針千本のーます 指切った♪」
甘えた声で、小指を絡める女がある日ふと漏らした。
「なんで・・・指切りなんだろう・・・」
「なんでだろうな?」
シーツに体を沈め、「そんなことより・・・」と細い腰に手を回す。女はその手に答えるようにクスクスと笑いながら身をよじらせた。
「ねぇ、私の事好き?」
「好きだよ」
「愛してる?」
「あぁ、愛してる」
肌を重ね、抱きしめあいながら何度も繰り返された会話
その日だけ、少し違っていた。
「約束守ってね・・・」
「もちろんだよ」
唇を首筋から下へと滑らしていくと、甘い時を漏らしながら体を反らした。
「嘘・・ついたら、針千本じゃすまさないから・・・」
でも、男はどうしても女性が呟いたその後の言葉が思い出せないでいた。
いや、男は聞いていなかったのだ・・・女性の体に溺れていたから
女性が漏らした、想いの重さを聞き逃していた。
「もう・・誰とも指切りが出来ない様にするからね・・・」
***********
松本さんは、顔を青くさせていた。
それもそうだろう、呪いの次は指を切らないといけないと続いたのだから。
「どうすれば・・・切らなくてすみますか?」
「その前に・・・・・」
「金か?お金なら出すから!!!!」
懇願するように、松本さんは机に頭をつけるほど深く下げた。
「お金には困っていませんよ」と保さんは笑みを返す。
確かに、岡田眼鏡店は小さく建物も古く客はめったに来ない。
それでも、保さんはお金に困った様子もなく。
時折来る不思議な客に、お茶を淹れる為だけに俺をバイトで雇う様な余裕を持っていた。
それに、ふらりと2、3日姿を消していたかと思うとどこから買ってきたのか分からない
不思議な眼鏡をフレームを手に入れてたりする。
(こんな風貌で、どこかの金持の御曹司・・とか?)
そんな事を思っていると、保さんは指を治す対価として一つ提案をした。
「指が治ったら、ちゃんと女性に謝りにいってくれますか?」
「そんなこと・・もちろんですよ」
松本さんは、そんな簡単なことっと胸を撫で下ろすのが分かった。
安堵している松本さんに、保さんは「治療を始めましょうか」と手を差し出した。
**
治療といっても、数分で終わる簡単なものだった。
眼鏡をはずし、保さんは松本さんの小指を握り何か唱えると
その小指の下で何かを切るマネをして治療は終了した。
赤黒かった痣は、ゆっくりと色を失い血の通っていない先端は徐々に色を取り戻していった。
(保さん・・・何者なんだろう・・)
祖母の件で、あの後それとなく保さんに聞いてみたけど
「色が分からない代わりに、他の人に見えないものがみえて・・感じることができるんだよ」と保さんは少しはぐらかしながら答えた。
それ以上踏み込まれたくないのかも知れないと、俺から特に何かを聞くことはなかったけど
ある日、「理くんは、僕のこと怖くない?」と聞いてきたことがあった。
「何がですか?」
「ほら。僕って・・少し人と違うでしょ・・」
「あぁ・・それですか。怖くないですよ。俺はあれで救われましたから、保さんには感謝してます」
「え・・あ・・そんな対したことしてないけど・・・そっか。よかった」
ホッと胸を撫で下ろす保さんを見ていると、その事で昔深く傷つく出来事があったんじゃないかと思わせた。
「あ・・ありがとうございました。痛みが嘘のようにひいていく・・・」
松本さんは嬉しそうに、小指を曲げて確認していた。
「では、約束通り彼女にきちんと謝ってくださいね。それが対価ですから」
「分かりました。きちんと彼女には謝っておきます
きっと、俺の事でたくさん悩んで傷ついただろうから・・・」
「そうですね。そうしてあげてください。
そして、守れない約束はもうしないでくださいね。今度は助けてあげれませんから」
「はははは、そうですね。以後気を付けます」
松本さんは、再度お礼を言って店をあとにした。
その背中を見送りながら、保さんは指切りの呪いを唱えていた・・・・
「指切り拳万、嘘ついたら針千本のーます。指切った♪」