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ZAION  作者: 木下グレイ
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第一話 ZAION

 ホームルームが終わった。

 待ちわびた放課後を前に生徒がそれぞれ席をたち、親しい友人のもとへ寄って口々に私語を交わしだす。

 その中で水越卓也(みずこしたくや)は引き出しの中の教科書を黙々とエナメルバッグに詰め込んでいた。

 飛び交う同級生の会話は意識せずとも耳に入ってくる。


「やっと学校終わったよ、今日どこいく?」

「俺金欠だからパスだわ」

「あっはっは! お前またバイトバックれたのかよ、バーカ」

「あのゲジマユ教師うっざすぎ、全然スカート短くねえっつうの」

「昨日のアニメ観た?」


 バッグのジッパーを几帳面に最後まで閉めた折、話題が尽きる日はくるのか、と卓也は思った。

 毎日毎日飽きもせず似たりよったりの話題で盛り上がる。


「あいつまじうざいよね。つか、あいつちょっとクサイって」

「観た観た、あれは今季の覇権だな」

「そういえばさ、例の都市伝説知ってる?」


 そんな同級生達を半ば上の空で眺めていると、昔遊んだRPGの光景が頭をよぎった。勇者であるプレイヤーを前に道案内を延々繰り返す村人だ。


「ああ、知ってる知ってる! あれマジ?」

「やばいよな、近頃の行方不明者全部あれのせいってハナシだぜ」

「また例のしょうもない都市伝説の話かよ」

「いやいや。実際芸能人とかアイドルで失踪した人の部屋にも、あのゲームが置いてあったらしいよ」

「不謹慎だよ、それ。どうせネットの噂でしょ」

「あれでしょ、黒いゲームの都市伝説」


 ただひとつ、最近のクラスメートの話題で何か違った事といえば、彼らがある話題に関しては口を揃えて盛り上がる事。

 まことしやかに囁かれる、例の都市伝説の話題らしい。数日ごとにせわしなく入れ替わる高校生のトピックスの中で、一つだけ毛色の違う噂だ。

 正体不明の黒いゲームをプレイした者は異世界へと引き込まれる。そんな陳腐な話が、音楽やドラマの流行についていけない卓也が唯一興味を引かれる話題でもあった。


「おい、卓也。お前知ってる? 都市伝説の」


 卓也は、教科書を詰め終えたバッグを肩にかけ、珍しく話しかけてきた同級生に「知らない」とだけ答えて、群れた同級生の隙間をすり抜けていく。すると、教室の後ろに、出口を塞いで立ち話をする三人の同級生が見えた。


 誰とも喋った事はないが、高校生活を数ヶ月同じ教室で過ごせばどんな生徒かぐらいは分かる。

 お世辞にもガラの良い生徒とはいえない。


 三人のうちの一人に至っては、金髪に染められた髪を肩まで伸ばし、耳にはピアス、眉毛もほとんどそられて無いようなものだ。

 面倒だと思ったが、あのバリケードをくぐる方がよっぽど面倒だ。とにかく面倒事は避けたい。

 遠回りをしている、という事すら気付かれないように、あたかも何か忘れ物をしたかのようにさりげなく自分の席に戻っては、足早に教壇側の出口から廊下に出た。 

 いつもは急いで下校する理由もないが、今日は早く帰りたい。


 高校生活二ヶ月目にして、学校での水越卓也の立ち位置は決まっていた。

 さっきは俯瞰して、雑多な同級生の姿を無個性のNPCになぞらえていたが、平凡な村人とはまさに自分の事だと思う。同じことの繰り返しの毎日だ。


 陰がうすい。いてもいなくてもいい。いじめられてる訳ではないが、人気者でもない。

 運動部員の活発な輪にも、オタク達のサブカルの輪にも入れず、当然不良グループももってのほかだ。 

 何かに熱中する事のない卓也は、青春を何かしらの形で謳歌する同級生の皆から、完全に孤立していた。

 

 現実というのは退屈で、それこそゲームのように悪の大魔王が攻めてくる事もない。仮に攻めてきたとしてその時立ち向かう自分の勇姿は想像出来ない。

 現実に勇者がいるとすれば、魔王と戦うまでじゃなくとも、少なくともさっきのような不良生徒にはびしっと言えるような奴だろう。


 この人生はきっと死ぬまで退屈に終わっていくのだろうな、と思っていた。


 だが、それもほんの昨日までの話だ。




 卓也は自宅のアパートについた。玄関のドアの前で財布から鍵を取り出す、何度も繰り返してきた動作が今日はもどかしい。 


 下校途中は意味もなく辺りを見回した。


 監視されているのではないか、不審な影につけられているのではないか、と妙な勘ぐりをしてしまった。周囲を確認しながら足早に歩く自分の姿のほうが、よほど不審人物だったに違いない。


 テレビのドッキリ番組か、何かの詐欺か、または同級生のいたずらか。 

そういう事も昨晩ひとしきり考えたが、答えは出なかった。

 テレビも詐欺も同級生も、よりによって自分のような人間に目をつけるわけがない、という根拠のない確信がある。


 鍵はいつも通り開き、玄関から伸びていく廊下もまた、いつも通りの静まり返った我が家だ。

 高校に入ってから一人暮らしを始めたが、必要最低限の家具しか揃えなかったため、殺風景である。


 靴を脱ぎ捨て廊下を進み、居間につながるドアを開ける。 

 

 幼い頃からゲームだけは好きだった。今となっては熱中することも忘れ、共通の趣味の友人をつくれるほどの情熱を持っている訳でもない。

 だが、ゲームというのはどれだけ無気力でもプレイできる。


 自殺願望がある訳ではないが、人生に執着もない。

 無個性の自分。平凡な日常。何の刺激もない生活。


 ゲームの世界に行けたら、と考えたことがあるのは自分だけじゃない筈だ、と卓也は思うようになっていた。誰だってこの現実の何もかもを忘れて、異世界で暮らしたい。 

 

 そして今、この惰性で退屈な日常に、転機が訪れているのかもしれない。

 オカルトの類はまるで信じていなかった。正直いって例の都市伝説に熱をあげている同級生や、ネットの住人を見下していた。 


 なのにここまで興奮している自分に、驚きを感じている。



 居間のテーブルの上には、何の装飾もない黒く長方形のゲームが置かれている。昨晩届いたものだ。

 配達員がこれを持ってきた時、何の心当たりもなかった為、突き返そうか迷った。


 長方形の本体から一本だけコードが伸びており、そこにヘッドホンがついている。ハードとしては随分奇妙で、見たこともない形をしている。


 卓也は、ヘッドホンを片手に取って、本体である黒いゲームの表面を指でなぞった。本体下部に小さな文字で『ZAION』と刻まれている。


 間違いない。これが今あちこちで噂をつくっている例の黒いゲームだろう。説明書もない。コンセントもない。コントローラーもなければ、電源ボタンすらない。

 もしイタズラや詐欺ならもう少し説得力のある作りにできただろう、と卓也は思った。少なくとも俺なら電源ボタンくらいはつける。


 昨晩これが家に届いた時は半信半疑のまま、好奇心と疑問と興奮と、この飾り気のないフォルムを眺めながら、そんな様々な感情を抱いたものだ。


 黒いゲームをプレイした者は、ゲームの異世界にひきこまれる。卓也は、頭の中でそのフレーズを復唱した。


「何で俺に届いた」「何故俺の住所を知ってる?」「都市伝説の話をぬきにして、普通に送り間違えじゃないのか」

「それなら下手にさわったらまずい」「相談するべきだ」「誰に?」

「そもそもあんな話をお前は本当に真に受けているのか」

「リアリストを気取って、夢見がちな同級生を内心見下していたくせに」「あんな噂を、信じるのか」


 頭の中に自分の声が反響して、収拾がつかなくなっていく。

 家に届いたのは昨日なのに、そのまま放置して学校に行ったのは、気持ちを整理するためでもあった。一日置いた冷静な頭で、この都市伝説のゲームがどう見えるのか、知りたかったからだ。



 結果は。



 本体から伸びたコードの先にあるヘッドホンを、両手で持つ。

 仕組みは一切理解できないが、何かする必要があるならこのヘッドホンしかめぼしい物がない。ヘッドホンにRやLという文字がない事を何度か確認した。どちらが右耳で左耳でもいいようだ。どうでもいいことで慎重になる。


 ゆっくりと、まるで危険な爆発物を扱うように少しずつ腕を上げ、こめかみのあたりまでヘッドホンを持ってきた時点で、手に汗を書いている事に気付いた。


 壁にかけてある鏡に、自分の姿がうつって見える。ヘッドホンをかけるという動作ひとつに息を飲み、手汗を握って、険しい表情を浮かべる自分がおかしい。


 滑稽だ、と思うと急に肩の力が抜け落ちた。もったいぶることはない。

 

 このゲームが本物で、本当に異世界が存在するなら上等だ。何でもいいから、つれていってみせてくれ。


 卓也は、無気力で退屈な日常への鬱憤を合図に、半ばやけくそのままヘッドホンを両耳にしっかりと装着した。




 次の瞬間、鏡にうつっている自分の姿が、細かいジグソーパズルのように分解され、消えていくのが見えたところで、意識がとんだ。

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