おまけ2 知らない方がいいこと
拍手お礼小話の加筆版でございます。
少々お下品となっております。
「なんでその本も、過去まで持って来たの?」
ファーストフード店にて朝食をおごってやりながら、市夜は顎をしゃくる。
視線が注がれているのは、カズサが後生大事に抱え持っている『近・現代史』。
親の仇と相対するような顔で熱々のコーヒーをすすり、カズサも本へ目を落とした。
「ああ、これですか? 当時──この時代の世相や風俗を学ぶ、あんちょこみたいなものなんです。僕らの時代じゃあ紙の本なんて希少ですし、探すのに苦労しましたよ。お値段も割高ですしね」
とはいえ電子書籍ではかえって目立つため、紙の本を用意したのだという。
照れ笑いを浮かべる繊細な顔へ、市夜も薄い笑みを浮かべる。
「そりゃお疲れさんなことで。ねえ、ちょっと見せてよ」
カズサが来訪した当日に中をのぞいたものの、当時は半信半疑であったため、詳しい内容までは読んでいなかった。
今となっては、俄然興味の沸く文献だ。
この申し出に、睫毛の長い瞳を見開いて、カズサは慌てた。全ての造作が完璧であるため、焦る顔も非常に絵となる。
「だだだ、駄目ですよっ。今の時代の人に見られて、タイムパラドックスが起こったら大変じゃないですか!」
「あんたが来た時点で、すでにパラドッてるんじゃないの? それとも宝くじの当選番号でも、書いてるの?」
「いえ、それは書いてませんけど……ああっ」
ごにょごにょと口を濁らせるカズサの隙を付き、市夜は『近・現代史』へ手を伸ばす。
「ひどい、何するんですか! お義姉さんのいじわるっ」
「何とでも言うがいいさ」
白いテーブルを挟み、二人で本を奪い合う。姉弟のじゃれ合いと受け取ったのか、店内にいる会社員や学生は、微笑ましげに彼らを眺めている。
ついでに女性客は、カズサへとろける眼差しを向けていた。
「おりゃっ」
短い掛け声とともに、市夜が身をよじって本を奪う。
その拍子にぱらり、とページがめくれた。
「駄目ですってば!」
カズサが素早く奪い返したため、全容を読めたわけではなかったが。
──「細菌兵器」、「イボ痔」、「パンデミック」、「肛門科不足」──
瞬間、こんな言葉が視界に入った。
ぽかん、と固まる市夜へ、カズサは『近・現代史』を背に隠して、目を細める。
「これは貴重な、日本の全てが詰まった本なんですから!」
「全て……」
あれも、日本の一部ということか。
「おいそれと見られちゃ、困りますよ」
「……うん、分かった」
思いのほか聞き分けの良い市夜へ、カズサはまた目をまたたく。色付きの良い唇も、綺麗な丸型にすぼめられている。
「あれ? まあ、分かっていただけたなら、何よりなんですが……」
「大丈夫、もう見ない」
目に力を込め、市夜は重々しくうなずく。
イボ痔と細菌兵器の関係性が気になるが、おそらくは知らない方が幸せだろう。
代わりに市夜は、ドーナツ型クッションを買おうと心に決めた。




