16 合縁奇縁(あいえんきえん)
希代の「お姉ちゃんが同棲していた」発言によって、その後の食事会は少々気まずいものとなった。
この世代としては進歩的な父母は、むしろ同棲に賛成だった。
そして「会わせろ」、「連れて来い」、「写真はないのか」とせがまれた。
これが困ったのだ。何せ当人は、約二百年後の未来あるいは、数万年前の過去にいるのだ。
そもそも恋人どころか、下手をすれば、ただの知人でしかない。
そのため久しぶりの実家だというのに、市夜は母手製の料理をかき込んで、早々に退散する羽目となった。
「コスプレイヤーでも、安定したお仕事に就いてるなら、わたしも許します」
などと希代まで言ってくるのだから、尚居たたまれなかった。
瓶ビールでほろ酔いとなったまま、危なげない足取りで自宅まで逃げ帰る。
街灯が照らす、人気のない小路を進む市夜は、ぶつぶつと恨み辛みを吐き出していた。
「カズサ君まで、『割といい人でしたよー』とかほざきやがって。今度、回覧板飛ばしてやる。大家さんに怒られてしまえ」
ささやかだが陰湿な復讐を、薄曇りの夜空に誓う。
そしてアパートの階段を上り、大きくため息。
「シンさんがいれば、楽だったのに」
嘘は下手そうだが、それでもいれば、何かと取り繕えただろう。
DVDの件も含め、出来ればもう一度ぐらい会いたいものだ。
ついでに、可能ならば一度ぶん殴りたい。
過激派の思想のまま扉を開けた途端、市夜は閃光に包まれた。
同時に爆発音と、大量の白煙にも襲われる。
またか、とひっくり返りながら、市夜は脱力した。
毎度毎度、未来の機械は人と環境へ不親切だ。
白煙の中心にいるのは、いつか見た、白銀の鎧。
ただし今回はヘルメットを被っていないため、シン・ク・ロウだとすぐ分かった。
閃光と煙でちらつく視界を細め、彼と目を合わせる。
「何しに来たの、忘れ物? あと、窓開けて、窓」
「む、これは失敬したでござる」
こもった煙にむせこむと、シン・ク・ロウは慌てた様子で居室の窓を開け放つ。
久々──とは言っても一週間程度だが──の武士言葉に、市夜も気の抜けた笑みを浮かべた。
「元気そうね」
「うむ。市夜殿も、息災そうで何よりでござる」
「そうでもないよ。あんたが持って帰っちゃったDVD代、結構したし」
痛いところを突かれ、シン・ク・ロウは暗灰色の瞳を泳がせる。
「ぐっ……面目なし……」
「別にいいんだけどね、終わったことだし。おかげで今月、食費がレッドゾーンに突入しちゃったけど。だけどそれも、過ぎたこと」
「市夜殿、未練がましいでござるぞ……」
たしなめながら正座している辺り、罪悪感はあるらしい。
再会が叶えばグーパンチをお見舞いするつもりだったが、しょぼくれた顔を見ているとそんな気も失せた。
市夜も彼の向かいに座る。
「で、あの映画通り、無事に古代まで飛べたの?」
「左様でござる。正味なところ、DVDを再生させる方がよほど、同胞たちと時空転移するよりも困難でござった」
DVDの発音が「デーブイデー」であったため、市夜はつい吹き出す。
「そりゃまた、ご苦労さん」
笑いながら、ゆっくりと立ち上がる。そして台所へ向かった。
やかんを持ち上げるも、ずいぶんと軽い。
「お茶切らしてるから、ジュースでいい?」
「かたじけない」
「あとそれ、脱いだら?」
振り向きざまに鎧を指さすと、シン・ク・ロウはホッとした顔を浮かべた。
「面目ない」
どうやら暑かったらしい。そそくさと、鎧の上半身を脱いでタンクトップ姿となる。
無理するな、とグラスに注いだオレンジジュースを渡せば、ぐい、と一気に飲み干された。
「タイムスリップって、喉が渇くものなの?」
「否。電気を無尽蔵に食うだけでござる。それゆえ、我らも片道切符でござるがな……それでも、あのまま死を待つよりはずっと良い」
シン・ク・ロウによると、航空船ごと転移したため、往復の燃料は確保できなかったらしい。その中で彼だけ無理をして、二〇一〇年代へ途中下車したという。
「何でまた」
目を丸くした市夜を、シン・ク・ロウは真摯に見つめる。
「貴殿に、礼を申したくて。恩義に報いるは、我らの流儀でござる」
「改まって、恥ずかしい」
プシュリ、と酎ハイの缶を開けて、市夜ははにかむ。
しかし生真面目に渋い顔のまま、シン・ク・ロウはゆっくりと首を振った。
「恥ではござらん。拙者にとって、貴殿は命の恩人……そして我らが同胞全員の、救世主でござる」
「本当にやめて。顔から火が出る」
未来人からやり手ババア扱いされるだけで、十二分である。
照れ隠しに酎ハイをあおり、市夜はお返しに、ニヤリと笑う。
「ひょっとしてあんた、口説いてる?」
「滅相もないでござる!」
「あ、そ」
大きくのけぞり、シン・ク・ロウは全力で首を振る。そこまで精一杯否定するなよ、と市夜は少しふてくされた。
彼女の不機嫌を察知したのか、シン・ク・ロウが脱いだ鎧を蹴り飛ばして立ち上がる。
「あ、いや、その、これは、拙者は邪な思いを抱いておらぬ、という、決意表明であり……」
「無理しないで、かえって辛い」
「無理ではござらん! ただ、拙者は純粋に貴殿へ惚れ込んで……い、否、その、感謝申し上げたい次第で」
「分かった、分かったから──あれ、何か落ちたよ」
困った顔で笑いながら、鎧の中から零れ落ちたものを指さす。
見覚えのある、六角形の物体だ。
ぺしり、とシン・ク・ロウは自分の額を叩いた。
「これはしたり。時空転移機を落としたでござる」
「あーあ。また壊れても知らないよ」
「はっはっは、冗談を」
「だよね、うん」
笑い合いながら六角形をのぞき込み、そしてほぼ同時に固まる。
時空転移機は真っ黒なまま、沈黙していた。
合縁奇縁……不思議なご縁がある、の意




