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酒好き義姉さん、未来人の仲人になる  作者: 依馬 亜連
本編

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16/22

16 合縁奇縁(あいえんきえん)

 希代の「お姉ちゃんが同棲していた」発言によって、その後の食事会は少々気まずいものとなった。

 この世代としては進歩的な父母は、むしろ同棲に賛成だった。

 そして「会わせろ」、「連れて来い」、「写真はないのか」とせがまれた。

 これが困ったのだ。何せ当人は、約二百年後の未来あるいは、数万年前の過去にいるのだ。


 そもそも恋人どころか、下手をすれば、ただの知人でしかない。


 そのため久しぶりの実家だというのに、市夜は母手製の料理をかき込んで、早々に退散する羽目となった。

「コスプレイヤーでも、安定したお仕事に就いてるなら、わたしも許します」

などと希代まで言ってくるのだから、尚居たたまれなかった。

 瓶ビールでほろ酔いとなったまま、危なげない足取りで自宅まで逃げ帰る。

 街灯が照らす、人気のない小路を進む市夜は、ぶつぶつと恨み辛みを吐き出していた。

「カズサ君まで、『割といい人でしたよー』とかほざきやがって。今度、回覧板飛ばしてやる。大家さんに怒られてしまえ」

 ささやかだが陰湿な復讐を、薄曇りの夜空に誓う。


 そしてアパートの階段を上り、大きくため息。

「シンさんがいれば、楽だったのに」

 嘘は下手そうだが、それでもいれば、何かと取り繕えただろう。

 DVDの件も含め、出来ればもう一度ぐらい会いたいものだ。

 ついでに、可能ならば一度ぶん殴りたい。


 過激派の思想のまま扉を開けた途端、市夜は閃光に包まれた。

 同時に爆発音と、大量の白煙にも襲われる。

 またか、とひっくり返りながら、市夜は脱力した。

 毎度毎度、未来の機械は人と環境へ不親切だ。


 白煙の中心にいるのは、いつか見た、白銀の鎧。

 ただし今回はヘルメットを被っていないため、シン・ク・ロウだとすぐ分かった。

 閃光と煙でちらつく視界を細め、彼と目を合わせる。

「何しに来たの、忘れ物? あと、窓開けて、窓」

「む、これは失敬したでござる」

 こもった煙にむせこむと、シン・ク・ロウは慌てた様子で居室の窓を開け放つ。

 久々──とは言っても一週間程度だが──の武士言葉に、市夜も気の抜けた笑みを浮かべた。

「元気そうね」

「うむ。市夜殿も、息災そうで何よりでござる」

「そうでもないよ。あんたが持って帰っちゃったDVD代、結構したし」

 痛いところを突かれ、シン・ク・ロウは暗灰色の瞳を泳がせる。

「ぐっ……面目なし……」

「別にいいんだけどね、終わったことだし。おかげで今月、食費がレッドゾーンに突入しちゃったけど。だけどそれも、過ぎたこと」

「市夜殿、未練がましいでござるぞ……」

 たしなめながら正座している辺り、罪悪感はあるらしい。


 再会が叶えばグーパンチをお見舞いするつもりだったが、しょぼくれた顔を見ているとそんな気も失せた。

 市夜も彼の向かいに座る。

「で、あの映画通り、無事に古代まで飛べたの?」

「左様でござる。正味なところ、DVDを再生させる方がよほど、同胞たちと時空転移するよりも困難でござった」

 DVDの発音が「デーブイデー」であったため、市夜はつい吹き出す。

「そりゃまた、ご苦労さん」

 笑いながら、ゆっくりと立ち上がる。そして台所へ向かった。

 やかんを持ち上げるも、ずいぶんと軽い。

「お茶切らしてるから、ジュースでいい?」

「かたじけない」

「あとそれ、脱いだら?」

 振り向きざまに鎧を指さすと、シン・ク・ロウはホッとした顔を浮かべた。

「面目ない」

 どうやら暑かったらしい。そそくさと、鎧の上半身を脱いでタンクトップ姿となる。

 無理するな、とグラスに注いだオレンジジュースを渡せば、ぐい、と一気に飲み干された。

「タイムスリップって、喉が渇くものなの?」

「否。電気を無尽蔵に食うだけでござる。それゆえ、我らも片道切符でござるがな……それでも、あのまま死を待つよりはずっと良い」


 シン・ク・ロウによると、航空船ごと転移したため、往復の燃料は確保できなかったらしい。その中で彼だけ無理をして、二〇一〇年代へ途中下車したという。

「何でまた」

 目を丸くした市夜を、シン・ク・ロウは真摯に見つめる。

「貴殿に、礼を申したくて。恩義に報いるは、我らの流儀でござる」

「改まって、恥ずかしい」

 プシュリ、と酎ハイの缶を開けて、市夜ははにかむ。

 しかし生真面目に渋い顔のまま、シン・ク・ロウはゆっくりと首を振った。

「恥ではござらん。拙者にとって、貴殿は命の恩人……そして我らが同胞全員の、救世主でござる」

「本当にやめて。顔から火が出る」

 未来人からやり手ババア扱いされるだけで、十二分である。

 照れ隠しに酎ハイをあおり、市夜はお返しに、ニヤリと笑う。

「ひょっとしてあんた、口説いてる?」

「滅相もないでござる!」

「あ、そ」

 大きくのけぞり、シン・ク・ロウは全力で首を振る。そこまで精一杯否定するなよ、と市夜は少しふてくされた。


 彼女の不機嫌を察知したのか、シン・ク・ロウが脱いだ鎧を蹴り飛ばして立ち上がる。

「あ、いや、その、これは、拙者は邪な思いを抱いておらぬ、という、決意表明であり……」

「無理しないで、かえって辛い」

「無理ではござらん! ただ、拙者は純粋に貴殿へ惚れ込んで……い、否、その、感謝申し上げたい次第で」

「分かった、分かったから──あれ、何か落ちたよ」

 困った顔で笑いながら、鎧の中から零れ落ちたものを指さす。

 見覚えのある、六角形の物体だ。

 ぺしり、とシン・ク・ロウは自分の額を叩いた。

「これはしたり。時空転移機を落としたでござる」

「あーあ。また壊れても知らないよ」

「はっはっは、冗談を」

「だよね、うん」

 笑い合いながら六角形をのぞき込み、そしてほぼ同時に固まる。


 時空転移機は真っ黒なまま、沈黙していた。

合縁奇縁(あいえんきえん)……不思議なご縁がある、の意

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