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酒好き義姉さん、未来人の仲人になる  作者: 依馬 亜連
本編

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11 明目張胆(めいもくちょうたん)

 週末の、ある駅のロータリーに、市夜と希代の姿があった。

 市夜はコットン生地のキャミソールにロングカーディガン、そしてショートパンツという、部屋着の派生形みたいな出で立ちだ。全体的に、肌触りは良さそうだが。

 対する希代は、かなりめかしこんでおり、ブラウスにもスカートにも皺一つない。化粧も控え目ながら、丁寧に施してある。

 二人の実家の最寄り駅で、待ち合わせをしているのだ。カズサと。

 そして服装からも分かる通り、市夜は付き添いであった。


「カズサさん、まだかな」

 ぽつり、と小声で呟かれた声を、市夜は聞き逃さなかった。

 隣を見れば、妹は緊張で強張っているものの、どこか楽しそうでもあった。初対面ではどうなることかと思ったが、その後は大学で、お互いに上手くやっているらしい。

 知らず、市夜も頬をほころばせる。

「心配しなくても、まだ待ち合わせの時間には十五分あるでしょう。五分前ぐらいには来るんじゃないの?」

 軍隊畑で育ったためか、カズサはだらしなさそうに見えて時間には厳しい。大学でも、必ず講義の五分前には最前列へ着席し、ノートや筆記具の類を準備しているという。

 加えて礼儀正しいため、「絵に描いたような、爽やか真面目イケメン」として、老若男女から好感を獲得しているらしい。やはり顔が良いと、何かと得をするものだ。

 点数で表せば、ギリギリ七十点、下手をすれば六十点台であろう自分の容姿にやさぐれていると、小さな駅に不似合な車が進入してきた。

 蛇みたいに長い、白のリムジンだ。市夜はこの時点で、嫌な予感がした。


 予感は外れず、リムジンはぐるりとローターリーを一周し、危うげなく市夜たちの前に止まる。

 そして蛇の腹部に当たる、中央部分の扉が開いた。

「お待たせしました、希代さん! と、お義姉さん!」

 爽やかに降り立ったのは、もちろんカズサであった。映画か漫画か、はたまたバラエティ番組かは知らないが、また変な知識を仕入れたらしい。

 白いリムジンと、そこから現われた百点満点の美青年は、少なくない通行人の目を引いた。注目を集めていることに気付き、希代は羞恥心で硬直し、また白目をむいている。

 市夜も目をひっくり返して失神したかったが、二人の人となりを知る立場として、逃げるわけにはいかない。

 白い額に手を重ね、彼女はしばしうなった。

「せめて、タクシーを使いなさいよ」

 どこから諭すべきか分からなかったため、とりあえず、ばかに長い車の是非を問う。


 小憎たらしくもタキシードを着こなしているカズサは、リムジンを振り返って目を瞬く。

「駄目ですか? 女の子は、この車でお迎えされることが夢だと──」

「情報源は、何」

 目を細めて問い詰めれば、カズサは少しへどもどする。

「えっと、夜の八時頃に放送されていた、何だかかしましい、情報番組です」

「テレビに踊らされちゃ駄目。四割がヤラセで、五割がねつ造なんだから」

「あとの一割は何でしょう?」

「放送事故。とにかくデートの前に車と、あとあなたの服を何とかしなさい」

 石頭の女教師然として、パンパンと手を打ち鳴らす。その音に、希代も我を取り戻した。

 そしてカズサと改めて目を合わせ、頬をうっすら染める。

 パッと視線をそらし、声だけで彼を非難した。

「どっ……どうしてタキシードなんですか」

「駄目、ですか? 希代さんとの初めてのデートだから、頑張ろうと思って」

「普通の格好で十分です……普通でも、格好いいのに」

 呟きつつ、ちらりとカズサを見る。彼も視線に気づき、嬉しそうに破顔した。

「希代さんも、いつも以上に素敵ですね」

 希代の顔がますます赤くなったが、口元は嬉しそうに緩んでいる。


 何とも甘ったるいやりとりだが、彼らにとっては平常運転なのだろう。

 とりあえず、二人にしてもどうにかなりそうだ。

 市夜はカーディガンをめくって腕時計を見下ろし、やや大仰に声を上げる。

「ああー、しまった。忘れていた」

「どうしました?」

 事前の段取りを思い出し、カズサも深刻そうな顔を作って、それに乗っかる。

「ペットのオオエドアオミドロに餌あげるの、忘れてた」

「ええっ、あの貴重なオオエドアオミドロに? たしか半日絶食しただけで、命の危険があるんですよね?」

 もちろんこれは、市夜宅に居候中の、あの宇宙人のことである。

 なお当のオオエドアオミドロは現在、自分と同名の「しんちゃん」という幼稚園児を応援しているはずだ。


 二人は希代が、オオエドアオミドロ=シン・ク・ロウであると気付かない前提で、茶番を続ける。

「大家さんにも内緒で飼ってるし、治療費かかるしね。倒れられたら大変」

「それもそうですね。一刻も早く、帰ってあげてください」

 真面目くさった表情を作り、大きくうなずき合う。


 だがそれを眺める希代は、青ざめていた。

「……ペット……青緑……もしかして、あの時の……ううん、そんな、でも、やっぱり……飼育という名の……監禁……?」

「希代?」

 ぶつぶつと言葉を羅列させる妹へ、市夜は訝しげに声をかけた。

 ひゅっと喉を鳴らし、続いて希代は、ぶんぶんと高速で首を振った。

「何でもないの! わたしは何も知らないから、うん、大丈夫!」

 姉の家にいた首輪の男が、かなり強烈な印象を残しているらしい。


 二人の初遭遇現場を知らない市夜は、まぁいいか、と妹の挙動を流す。

「それじゃあ私は、ペットの餌やりに帰るから。二人で楽しんでおいで」

 励ますように、希代の肩を力強く叩く。

「うん、わかっ……ううん?」

 うなずきかけ、希代のはかなげな顔が、滑稽に歪む。

 さっさと改札口へ向かう市夜を、慌てて追いかけた。

「お姉ちゃん、行かないの?」

「デートでしょう? 二人で楽しんで来なよ」

「でもっ、わたし、何を話したらいいか、二人じゃ……」

 浅い息で、未だ男性に不慣れな希代は焦る。


 白くなった顔を、市夜は優しく指先で撫でた。

「大丈夫だって。カズサ君はいい人でしょ? 話すことが思い付かなきゃ、天気の話でもすればいいのよ。ねえ?」

 呼びかけに、後方で姿勢よく佇んでいたカズサが、笑顔で応じる。

「はい。僕も天気のお話、大好きです!」

 朗らかなカズサに小さく笑い返し、市夜はそっと希代へ耳打ちする。

「ほら、馬鹿でしょ? だから気負いすることないって」

 姉のあんまりな言い様に、希代は脱力したような笑みをこぼした。


 乗り物がリムジンで、おまけに相手はタキシード姿。

冒頭から色々とハードルが高いものの、希代の人生初デートがどうにか始まった。

明目張胆(めいもくちょうたん)……俺たちにできないことを平然とやってのける、の意

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